光の国の恋物語
152
親族側に居並んだ光華国の王族の面々。
何時もは華やかなその容姿に感嘆と賛美の眼差しだけが向けられるのだが、今回に限り、ざわめきの中には困惑と疑念の驚き
の声が漏れ聞こえてきた。
「・・・・・」
(僕を、見てる・・・・・)
莉洸は俯いた。
元々は人見知りで、家族や宮殿に仕えている人々以外にはなかなか笑顔も向けられない莉洸は、体が弱いという名目で表舞
台に立つことも少なかった。
そんな自分が姿を現す・・・・・それも、蓁羅の礼服を着て。
「・・・・・」
深紅を基調とした蓁羅の礼服は、簡素なだけにかなり目立っているだろう。
隣にいる漆黒の礼服を着た赤い瞳の稀羅と一対の存在として、どういう風に見られているのか、莉洸は気になって、ますます萎
縮してしまって・・・・・無数の視線から逃れるように、無意識のうちに縋るように稀羅の腕を掴んでしまった。
莉洸の気配に気付いた稀羅は、無遠慮に自分達を見て噂をたてている者達を赤い瞳で睨みつけた。
魔の赤い瞳といわれるそれを向けられると、列席者達は慌てたように視線を逸らしていく。
(ふんっ、はっきりと口で言えないのならば、陰口も控えておけばいいものを)
胸の飾りや剣の紋章、何よりも自分の赤い瞳で、何者かということは直ぐに分かるだろう。
そんな、忌み嫌われ、恐れられている自分がなぜ光華国の王族と同列に並んでいるのか、いや、莉洸がなぜ蓁羅の礼服を着て
いるのか知りたくてたまらないのだろうが、それを口にすることも出来ない臆病者達にわざわざ説明することも無い。
「莉洸、休むか?」
稀羅が唯一、甘い声を掛ける莉洸は、健気にもいいえと首を横に振った。
「まだ、式も始まっていません」
「緊張しているのだろう?」
「大丈夫ですよ」
少しだけ頬を緩める莉洸に、稀羅は何と声をかけようかと考える。
すると、そんな2人の会話を聞いていたらしい洸竣がどうしたと横から声を掛けてきた。
「疲れたのか、莉洸」
「いいえ、洸竣兄様、大丈夫です」
「・・・・・」
洸竣は莉洸から稀羅へと視線を移す。その洸竣の視線を受け止めた稀羅は、黙って周りに目をやって顎を上げた。
「・・・・・なるほど」
それだけで敏い洸竣は全てを理解出来たらしく、少し考えるように空を見ていたが・・・・・やがてコホンと小さな咳払いをすると、な
あ莉洸と大きな声で話し掛けてきた。
「兄上の式が終われば、次はお前の番だな」
「に、兄様?」
「蓁羅の王宮で式を挙げることになるだろうが、今日の悠羽殿とお前と、どちらが美しい花嫁になるだろうな」
しんと静まり返っていた大広間の中に、おおという歓声が響いた。
このこと、自分と莉洸の結婚のことはまだ内々のことで、今初めて聞いたというものがほとんどだろう。その驚きは稀羅も想像出来
て、知能犯な、この年下の義弟になる男を、稀羅はやってくれると睨んでしまった。
(こんなことでは、莉洸がますます萎縮してしまうだろ)
「父上」
「・・・・・」
「・・・・・もう、お認めになられましたよね」
「洸竣」
息子の言葉に、洸英は苦々しい顔をしながらも頷いた。
愛しい莉洸の(もちろん、どの子も可愛いが)蓁羅への嫁入りを、出来れば阻止したいと今でも思っていることは確かだ。
しかし、こことはかなり差があるだろう蓁羅での辛い生活を莉洸は耐え、今現在も泣き言も言ってこない。稀羅との約束は100
日としていたが、ここまで来ればきっと認めることになるだろうと思えた。
(・・・・・しかたあるまい)
未知の国、蓁羅への畏怖は、まだ広く根付いているのだろう。これから莉洸が暮らしていく国を少しでも住み良い国にするため
に、父親として自分が出来ることは・・・・・。
「確かに、次はお前の番だな、莉洸」
「・・・・・っ」
莉洸の大きな目が驚いたように見開かれている。
その瞳に優しく頷き返すと、ついでにと洸英は自分の周りも固めてしまおうと思った。
「光華国は華やかで嬉しい話ばかりだな。洸竣も、洸莱も、既に相応しい相手がいるし、この私もようやく愛しい妃を手に入れ
ることが出来たしな」
「王」
少し後ろに控えていた和季が諌めるように声を掛けてきたが、洸英は自分達の関係を外へと向けて知らしめることに躊躇いは
全く無かった。いや、こうすることで和季が自分から逃げないように出来るいい機会だ。
「そうであろう、和季」
「・・・・・」
今もって、自分にはまだ見合いの話がやってくる。
繁栄する大国、光華国の王の正妃になりたいという者は、相手が40を過ぎた男だというのにひきりなしに現れる。そんな煩い女
達から逃れるためにも、洸英は自分と和季の関係を公にした。
「今日の花嫁よりも美しいぞ、和季」
「・・・・・」
笑いながらその肩を抱き寄せると、和季は苦笑を浮かべながらもその身を任せている。
驚く周りの視線も全く気にしない洸英は、いい切っ掛けをくれたと、洸竣に向かって見せ付けるような晴れやかな笑みを頬に浮か
べた。
(父上には敵わないな)
利用するつもりが利用され、洸竣は苦笑を浮かべたが、ついでのように自分のことも父が口にしてくれたので、これから見合いの
話はぐんと減るだろうと思った。
長兄である洸聖が正妃を娶れば、順番から言って次が自分で、そうなれば今でも煩いと思う花嫁の売込みが多くなることは目
に見えていた。
だが、今の父の言葉で自分にも相手がいることを対外的にも知られたのは良かった。黎もきっと安心してくれるだろう。
「・・・・・」
「・・・・・」
洸竣の背中に隠れるようにして立っていた黎は、ますます身体を縮こませるようにしているものの、それでも逃げ出さないというのは
彼も成長してくれたと思いたい。
「黎、今の話、聞いた?」
洸竣は声を落として黎に言った。
「次は誰だろうね」
「・・・・・」
「黎?」
「・・・・・私達では、ありません」
「なんだ、残念だなあ」
私達・・・・・その言葉が妙に嬉しく、洸竣は口元が緩むのを止められなかった。
「静粛に」
洸英や洸竣の言葉でざわめいていた大広間の中に、神官の声が朗々と響いた。
中央の扉が開かれ、神官長を先頭に、5人の神官達が中央の空けられた道をゆっくりと歩く。
「・・・・・」
いよいよ式が始まるのだと、サランは真っ直ぐに開けられたままの扉の向こうを見つめた。
仕度を手伝った悠羽は誰の前に出しても恥ずかしくないほど愛らしく、凛々しい洸聖の隣に並べば似合いの一対だ。早く、自慢
の主人を見せたいと逸る心を落ち着かせてくれたのは・・・・・。
「サラン、そんなに身を乗り出してしまうとこけてしまう」
「あ・・・・・」
そこで、サランはようやく自分の周りに視線が行き、直ぐに後ろに下がろうとする。すると、洸莱がその腕を掴み、自分の隣へとサ
ランを押し止めた。
「洸莱様」
「大切な人の晴れの姿だろう?ちゃんと前で見たらいい」
「・・・・・」
「私の隣にいた方がよく見えるだろう」
「・・・・・ありがとうございます」
サランは小さな声で礼を言った。
洸莱の心遣いが嬉しくて、ここで遠慮をしてしまうと申し訳なく、それ以上に、悠羽の晴れの姿を間近に見たいという強い思いも
あって、サランは一度頭を下げた後、そのまま洸莱の隣に立って悠羽が訪れるのを待った。
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