光の国の恋物語
153
大きく、重たい扉が、左右から神官によって開かれた。
「・・・・・っ」
(は、始まる・・・・・っ)
いよいよ、式が始まる。扉を開けた瞬間に自分に向けられる無数の眼差しに、悠羽はその場に足が付いてしまったかのように動
かなくなってしまった。大丈夫、心配ないと、何度も心の中で繰り返したが、この緊張感が薄れることは無かった。
「・・・・・」
「悠羽」
「・・・・・っ」
強く手を握られ、悠羽はようやく隣にいる洸聖に眼差しを向ける。
扉が開くまで目を見交わし、笑いあっていたのに、開いた瞬間それらが全て吹き飛んでしまった自分の目に、真っ直ぐに視線を向
けてくる洸聖の姿がはっきりと映った。
「私がいる」
「洸聖様・・・・・」
「他のものなど見なくていい。お前は、私の姿だけを見、私の声だけを聞いていなさい」
「・・・・・はい」
(そう、だ、洸聖様が・・・・・いる)
悠羽は頷き、洸聖の手を強く握り返した。本来は、洸聖と腕を組みことになっているのだが、なんだか自分達にはこうして手を繋
ぐ方が合っているような気がした。
数百人の列席者の前を、洸聖は真っ直ぐに前を向いて歩き始めた。
しっかりと悠羽の手を握り、時折立ち止まりそうになる悠羽を、そのたびに待ち、共に足を前に進める。自分が悠羽を引っ張るの
は簡単なことだが、洸聖は自分が悠羽を・・・・・と、いうよりも、共に並んで歩きたいと思っている。片方だけの強い思いではなく、
お互い同じほどの思いで歩きたいのだ。
「・・・・・」
人々のざわめきの中には、あれは誰だ、本当に奏禿の姫かと囁く声が聞こえてくる。
式の前に光華国に来国し、素の悠羽を見ている者達は特に、着飾った悠羽の姿に驚きを感じているのだろう。
洸聖からすれば、何時もの悠羽も、今隣にいる悠羽も同一人物だ。豪華で、高価な衣装や装飾品で美しく見えるのではな
く、内面が輝いているからこそ、さらに美しくなるのだ。
洸聖は、自分の幸運に感謝する。
悠羽の真の価値を見出すことが出来て、そして、悠羽が自分を受け入れてくれて・・・・・これ以上の幸運は無いだろう。
早く、正式に誓いの言葉を告げ、内外共に悠羽を自分のものだと、そして、自分も悠羽のものだと知らしめたい。洸聖はただそ
れだけを考えていた。
「・・・・・」
「綺麗だな」
洸莱の言葉に、サランは深い笑みを浮かべた。普段口数が少ない洸莱だからこそ、その言葉の中に深い意味が込められてい
る気がして、サランはまるで自分が褒められたかのように嬉しくなった。
「はい、本当に」
「綺麗な心の持ち主だとは思ったけれど・・・・・」
「・・・・・」
「でも、サランの方が綺麗だな」
何気なく付け足したような洸莱の言葉に、サランは思わず視線を向けてしまう。気になることを言ったはずの洸莱は、じっと2人
に眼差しを向けたままだ。
「早く、私達もこんな風に、皆の前を歩けたらいいな」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
何と答えたらいいのだろうか?もしかしたら本当にただの呟きかもしれないが・・・・・サランは珍しく困惑してしまい、近付く悠羽の
姿に直ぐに気付くことが出来なかった。
「悠羽様、綺麗・・・・・」
「女性は着飾れば変わると聞くが、男も同じなんだな」
「洸竣様っ」
黎は思わず声を上げて、周りの幾つかの視線が向けられたことに慌てて俯いてしまった。
(何てことをおっしゃるんだろうっ)
確かに、悠羽は絶世の美女(本当は男性だが)という容姿ではないものの、黎はとても可愛らしい方だと思っていた。特に洸聖の
ことを話す悠羽は綺麗にさえ見えた。
今目の前を歩く悠羽は綺麗に化粧を施されて、それこそ、普段の彼を知っている者達は気付かないかもしれないが、黎はむし
ろ普段の悠羽のままの方が良かったようにさえ思っているくらいだ。
(・・・・・悠羽様、とても幸せそう・・・・・)
「黎」
「あ、はい」
「黎も、白い衣装がいい?」
「え?」
「今から衣装を考えていても早くは無いからなあ」
何しろ、私達兄弟の婚儀は順番待ちのようだからと言って笑う洸竣に、黎は他の列席者にその言葉が聞こえなかっただろうかと
真っ赤になりながら焦った。
周りにいる何人かの視線を強く感じてしまうのは・・・・・気のせいではないだろう。
(こ、こんなところで・・・・・もうっ)
恥ずかしくて困るのに、嬉しい。
そんな日が本当に来るとはまだ黎自身考えられないが、それでも、絶対に無いとは言い切れなかった。
「兄様・・・・・」
生真面目で、洸竣ほどに笑わせてくれたわけでもなく、洸莱ほどに側にいたわけでもないが、莉洸は長兄が大好きだった。
その大好きな長兄と、大好きな悠羽は式を挙げる。それを自分の目で見届けることが出来て、なんだか胸がいっぱいだ。
「莉洸」
「・・・・・」
「大丈夫か?」
ずっと泣き続けている莉洸を気遣ってくれる稀羅が、肩を抱いてくれている手に力を込めて来た。
嬉しくてたまらないだけで、本当に大丈夫だと伝えたいのに、口から出てくるのは嗚咽だけで、そうすればさらに稀羅が心配してしま
う・・・・・そう思って焦るものの、莉洸はただその服を掴むことしか出来なかった。
「・・・・・兄の挙式でこうでは、私達の時はどうなるだろうな」
「・・・・・」
「花嫁が泣き通しでは、花婿の私は慰めることに精一杯で、誓いの言葉さえ言えぬかもな」
「・・・・・」
(想像、出来ない)
神の前で言葉に詰まる稀羅の姿は想像も出来なくて、莉洸は涙を流しながらふっと笑みで顔を歪める。それを見た稀羅は、ま
あそれも良かろうと呟いた。
「お前が私のものになるのなら、それこそ列席者の前で舞いでも踊ってやりたいほどだ」
それほどに浮かれるだろうと言う稀羅に、私もですと言い返したい。莉洸は言葉を返す代わりに、稀羅の指先を取ってキュッと握
りしめた。
「洸英様、あなたもご用意されなければ」
目の前を通る2人を見送りながら、和季はまだ自分の隣にいる洸英を促した。
「・・・・・和季」
「はい」
「洸聖が花嫁を娶るとは・・・・・私も歳をとったな」
珍しく殊勝なことを言う我が儘な王は、我が子の晴れ姿に感慨深いものがあったのかもしれない。和季はそんな洸英の姿に少し
だけ笑んで、まだまだお若いですよとお世辞ではなく告げた。
「私を、これからも可愛がってくださるのでしょう?」
「和季」
「他の女性に目がいかなくなるのは結構ですけれど」
「それを言われると、な」
「さあ」
「分かった」
2人の神への誓いの場には、王である洸英が立ち会わなければならない。立派に成人し、妻も娶るというこの段になっても、ま
だもう少し王である・・・・・いや、父である自分の力が必要なのだ。
「行ってくる」
「ここで、見ていますから」
「・・・・・ああ」
和季の言葉に頷いた洸英は、親族席からゆっくりと祭壇へと向かい、神妙な顔つきをしている2人の前に歩み寄って・・・・・にや
りと笑って見せた。
「似合いの一対だぞ、洸聖、悠羽」
![]()
![]()
![]()