光の国の恋物語
154
「光華国皇太子、洸聖」
「はい」
「奏禿国王女、悠羽」
「・・・・・はい」
式の流れは全て聞いているし、昨日は簡単な予行演習は済ませた。それでも、その時はこれ程の列席者はいなかったし、こん
な荘厳な雰囲気ではなかった。
(声、震えないようにしないと・・・・・)
ここに自分が立ってもいいのだろうかという不安は、今はもう考えないようにしていた。悠羽が選んだのは確かに光華国皇太子だ
が、愛したのは洸聖という個人だ。彼が良い国を作ろうという強い思いを持っているから、悠羽も微力ながら自分も手伝っていき
たいと思った。
この大国を共に支えるのに、今この婚儀で震えていてはこの先何も出来ない。
「誓いの言葉を」
神官長の言葉に、洸聖が力強い声で口を開いた。
「我、光華国皇太子、洸聖は、神の御前で誓う」
洸聖は誓いの言葉を言いながら、悠羽と初めて出会った時のことを思い出していた。
父が勝手に決めてしまった許婚。出会った瞬間に悠羽が男だと分かったが、所詮名目上の関係だと思い、子は別の女に産ませ
ればいいと思っていた。
痩せた、とても容姿がいいとは思えない、それでも目の輝きだけは強い少年。
自分よりも容姿も立場も劣っていると思った相手に、突然投げつけられた強い言葉。
「今のあなたが次代の王となるのならば、光華の未来は暗闇に閉ざされてしまいかねない」
「全て自分だけが正しいとは思わないでくださいませ。世には不思議で常識外のことが山ほどございます。安全で快適な王宮の
中でしかものを考えていないのならば、あなたの世を見る目はきっと生温く腐っていくだけでしょう」
カッとした感情のまま、まだ子供のような身体を陵辱した。
許婚という縛りと、身体を奪ったことによって、完全に自分の支配下におけると思ったが、悠羽は見かけとは正反対に図太く、し
なやかで、何時の間にか洸聖の考えを変えてしまった。
今では、悠羽を許婚としてくれた父に感謝をしている。
人の価値は容姿などではなく、その内面だと、今ならばよく分かるし、今隣にいる悠羽は、誰が見ても可憐な王女だと思えるほど
に愛らしい。
バケタデショウ?
いや、これは化けたのではなく、悠羽の本来の美しさをよく分かるように見せているだけだ。
(あまり美しいと、誰かに取られてしまいかねない)
内面も外見も美しければ、悠羽を欲しいと思う者が現れかねない。
「奏禿国王女、悠羽を我が妃とし、生涯添い遂げることを神に誓う」
きっぱりと言い切った洸聖は、隣に立つ悠羽を真っ直ぐに見つめた。
「我、奏禿国王女、悠羽は、神の御前で誓います」
まさか、本当に洸聖と式を挙げるとは思わなかった。
王女として育てられたが、実際には自分は子を産めない男で、きっと近い将来用済みになって放り出されるだろうと思い、それな
らば愛する祖国のために、最大限光華国を利用しようと、わざと自分を奮い立たせてこの大国に乗り込んだ。
頭が固く、尊大な洸聖に、自分の意見を曲げることなく伝えた直後、まさか強引に身体を奪われるとは思わなかったし、自分が
あんなにも早く立ち直るとは思わなかった。
今思えば、始めから洸聖に惹かれていたのかもしれない。
凝り固まった考えながら、自分の理想を突き詰めようとする、何よりも自国を愛する洸聖の熱い眼差しに、悠羽も何時しか同じ
ものを見つめるようになった。
そして、光華国との国力の差を思い悩んで奏禿に帰ってしまった自分を、わざわざ単身で迎えに来てくれた洸聖。
「私が悠羽を欲しいと思っているのは、御子を産ませる為ではない。私自身が一生の伴侶として悠羽を望んでいるのです」
悠羽の負い目を、負い目とさせない、力強い洸聖の言葉に、自分の未来も託す覚悟が出来た。
国力の差など、始めから分かっている。それでも、1人の人間として、洸聖の隣に立つのに相応しい人間でありたい。
「光華国皇太子、洸聖様を我が夫とし、生涯添い遂げることを神に誓います」
2人の誓いの言葉の後、その前に現光華国王、洸英がゆっくりと進み出た。
「我、光華国王、洸英は、光華国皇太子、洸聖と、奏禿国王女、悠羽の結婚をここに見届け、了承する」
その瞬間、部屋の中には拍手と祝福の声が響いた。
「ありがとうございます、父上」
歓声に包まれながら、洸聖は父に感謝の意を述べた。
その中には悠羽を許婚としてくれたことや、この結婚を正式に許してくれたことも含んでいたが、父は相変わらずの笑みを浮かべた
まま、洸聖にではなく悠羽に向かっておめでとうと言った。
「面白味の無い息子だが、どうか見捨てないでやって欲しい」
「・・・・・父上」
何を言い出すのだと思ったが、悠羽は合わせるように笑みを浮かべて頷く。
「はい。絶対に見捨てませんから」
「悠羽、何を言うのだ」
「洸聖様も、私を見捨てたりなさらないでくださいね?」
「・・・・・」
振り向いた悠羽の目は潤んでいた。
今にも涙が溢れそうな・・・・・しかし、きっとその姿は見せないだろう悠羽に、洸聖は直ぐに当たり前だと言いきった。
「私がお前を手放すはずが無いだろう」
「・・・・・」
「どんなことがあっても、この手は離さない」
悠羽の手を掴んで言えば、悠羽は顔を背ける。流れるその涙はきっと綺麗だと思うが、今は悠羽の気持ちを尊重して、見ない
ふりをしようと思った。
式を挙げ、夫婦になったばかりの2人が、列席者の拍手や祝いの言葉を聞きながら退場していく。
この後は早速盛大な披露宴が始まるのだ。光華国という大国の披露宴だけに、式には列席しなくても披露宴には出るというもの
も多く、この王宮だけではなく、隣接する離宮にも席は準備されていた。
「私は、悠羽様の着替えのお手伝いに参ります」
「サラン」
「僕も行きますっ」
「黎っ」
サランと黎は悠羽の後を追ってその場を辞し、
「僕も、顔を洗ってきます」
式の間中、泣き通しだった莉洸がそう言って、稀羅と共に自分達の部屋へと戻る。
「・・・・・」
「・・・・・」
洸竣は弟を見た。
「私達はどうする?」
「披露宴に出席しなければなりませんよ」
「おいおい、さすがの私も、大切な兄の披露宴を欠席することは無いよ」
日頃のサボリ癖を指摘されたような気がして、洸竣は苦笑しか浮かばない。真面目になったと口で言っても、それを行動に移して
いかなければなかなか信じてもらえないだろう。
「父上」
そんな自分と同じ性格の父を振り返れば、年甲斐もなく和季の腰を抱いたまま、にやけた顔でなんだと言ってきた。
「王であるあなたが、各国の来客の相手をしなければなりませんよ」
「ん?息子が3人もいるんだ、私がしなくても・・・・・」
「駄目ですよ」
「駄目です」
「駄目でしょう」
ほぼ同時に聞こえてきた言葉。
洸竣と、洸莱と、和季。3人いっせいにそう諌められてしまえば、今から祝いの美酒を和季と共にゆっくり・・・・・そう思っていたらし
い父の考えは白紙に戻ったことだろう。
(私達の言葉よりも、きっと和季殿の言葉一つで変わっただろうけど)
「・・・・・行くか」
洸聖と悠羽のめでたい席だが、王族の一員として、各国の客人達と杯や挨拶を交わすのは、やはり気疲れしてしまう。それで
も、きっとそれは心地良い疲れになるはずだ。
(・・・・・そう思いたい)
覚悟をするように一度深呼吸をした洸竣は、いくぞというように洸莱の肩を軽く叩いた。
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