光の国の恋物語
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「とても綺麗でした!ねえ、サランさんっ」
興奮したように言う黎の言葉に、
「ええ。どの国の王女にも負けてはいないくらい、愛らしい花嫁様でした」
サランも、頬に笑みを浮かべたまま答えている。
2人の手放しの賛美に、悠羽はさすがに苦笑してしまった。
「今回は化粧をしてくれた者達の腕が良かっただけだよ。でも、少しでも何時もの私よりも見られる容姿になっていたのなら、洸
聖様に恥をかかせることもなかったかな」
「悠羽様・・・・・」
自分の容姿を、多分正確に把握していると思う悠羽は、着飾った自分は偽物だろうと冷静に見ているつもりだ。
本当の女ではないのだし、常に美しいと言われなくても構わないが、やはり、光華国の皇太子である洸聖が恥ずかしいと思うの
は申し訳ないと感じていた。
サランと黎の評価は多分に身贔屓もあるだろうが、少しは見られる格好だったのかもしれないと思うことにする。
それよりも、これから数日続く披露宴を思えば憂鬱になってしまった。ずっと出なくてもいいとは言われたものの、それでも全く出な
いというわけにはいかないだろう。
主役は洸聖だが、自分も付属で付いているのだ。
「はい、手を上げてください」
「ん」
白い花嫁衣裳から、今度は披露宴用の紫の衣装に衣替えだ。出来るだけ簡素にという悠羽の注文通りの衣装だが、細やかな
金の刺繍や装飾品など、高価なものだということは一目で分かる。
贅沢はしたくないとあれだけ洸聖に伝えたが、どうもそこは洸聖も譲ることは出来なかったようで・・・・・悠羽も受け入れるしかない
と、今の段階では諦めの境地になっていた。
「・・・・・はい、出来ました」
「ありがと」
目の前に映っているのは、自分であって自分でない、綺麗に装った少女だ。
(・・・・・頑張らないとな)
「行こうか」
披露宴が終わるまで気を抜いてはならないと、悠羽はうんっと力を入れて身を翻した。
早速始まった披露宴。
各国の関係から計算されつくした席で、既に酒が酌み交わされていた。
「おめでとうございます、洸聖殿」
「おめでとう」
「ありがとうございます」
光華国ほどの大国の結婚式には、王族が使者として訪れている国も多く、洸聖も言動に十分注意しながら礼を言って歩いて
いく。
挨拶の有無は国同士では大きな問題になるので、かなり気を遣うのだ。
「次は洸竣王子、あなたでしょう」
「もう、婚約者がおられるというのは本当ですか」
「ええ、可愛い婚約者が」
華やかで話し上手な洸竣はどこでも引っ張りだこで、婚約者がいるという話を聞いてもまだ正式に式を挙げていないのならと娘
や姪を売り込んでくる王族や貴族も多い。
そんな彼らを上手くあしらいながら、洸竣は一箇所に留まることなく酒を注ぎ、今回の祝辞への礼を延べていった。
2人の兄達とは反対に、莉洸と洸莱は王族の席で静かに食事をしていた。
明日からの披露宴には出席をしなくてもいいが、今日ばかりは最後までここに座っていなくてはならない。
「・・・・・」
洸莱は自分の隣にいる莉洸に視線を向けた。
莉洸の隣には当然のように稀羅が座っている。黒ずくめの礼服を着て、赤い目の稀羅はそれだけでも目立っていて・・・・・いや、
彼が注目を集めているのは、よく見れば奇異の視線だけではないようだ。
(・・・・・確かに、見惚れるような姿形だからな)
滅多に、もしかしたら今回が初めて、こんなにも大勢の人間の目の前に出てきた稀羅。蓁羅の名前は知っていても、王である
稀羅の顔を知っている者は皆無といってもいいくらいで、初めてみた蓁羅の王に、人々は興味津々なのだろう。
さらにいえば、稀羅はきつい眼差しと赤い目で敬遠されがちだが、その容姿は成熟した男の魅力に溢れているといってもよく、女
達からは別の意味での熱い眼差しを向けられていた。
「どうしたの?洸莱」
じっと自分の方を見ている洸莱に、莉洸が首を傾げて聞いてくる。
見慣れない深紅の礼服は兄を何時もよりもずっと大人びてみせていたが、こうやって垣間見える表情は常と変わらなかった。
洸莱はそれに安堵し、大変だねと呟いた。
「え?」
「今回で稀羅殿の顔が知られてしまって・・・・・違う意味で騒がれそうだ」
「・・・・・」
洸莱の言葉に、莉洸は稀羅を振り返って、また洸莱に視線を戻す。
「洸莱、それは・・・・・」
「稀羅殿はまだ未婚でいらっしゃるから、花嫁候補が沸いて出てくるかも」
「・・・・・っ」
そう言った瞬間に、莉洸の顔がくしゃっと崩れてしまった。自分の言葉は思った以上に莉洸の不安を突いてしまったのだと分かり、
洸莱は直ぐにごめんと謝る。
「言い過ぎた。俺はただ、2人は早く式を挙げた方がいいと思って・・・・・」
「洸莱・・・・・」
「お互いに想い合っているのなら、時間を空けることは無いと思う。父上も本当はそう思っていらっしゃると思うから」
上手く言えない自分がもどかしいが、洸莱は兄弟の中でも一番大切だと思う莉洸に、一刻も早く幸せになって欲しいと思って
いるのだ。
その洸莱の気持ちが分かったのか、莉洸の隣にいる稀羅が洸莱に笑みを向けてきた。
大人の男の深い笑みに、洸莱は本当に、兄は自分の手の届かないところにいくのだなという思いが、今度こそ胸にじんわりと染
み入った。
「お」
披露宴の所々で舞いを踊っている踊り子。
その中に、一時自分が可愛がっていた女の姿を見付けて、洸英は思わず苦笑いを浮かべてしまった。
(あれを選んだのは誰だ?)
実際に身体を重ねたのは2、3度で、後は若い女の明るさを分けてもらいに行っていただけだ。
和季を手に入れた後、それまで王宮にいた数人の妾妃達は皆宿下がりをさせ、手を付けた者達にも相当のものを与えた。金を
渡すだけで自分の身が綺麗になったとは思わないが、それでも一時、自分を慰めてくれた女達には精一杯のことをしてやりたいと
思った。
女達も、洸英には真実愛する存在がいると分かっていた者が多く、目の前にいる踊り子も、
「短い間だったけれど、楽しかったわ、王様」
と、こちらが拍子抜けするほどに呆気なく別れてくれた。
「・・・・・」
じっと見ていると、その視線に気付いたらしい女が自分の方を向いて、笑いながら手を振ってくる。王に向かって不敬な態度だ
が、今夜ばかりは許してやろう。
「・・・・・和季はどこだ?」
今回初めて国外の人間の前で顔を晒した和季。その美しさに目を奪われている様子の男達も大勢いたように思う。
自分の行動を差し置いて言えることではないが、和季が自分以外に目を向けることはどうしても我慢が出来ず、洸英はその姿を
捜して大広間を見渡した。
悠羽を見送り、自分も別の扉から大広間に入って手伝おうと思っていたサランは、
「サラン」
後ろから声を掛けられて足を止めた。
「・・・・・和季殿」
「今日は疲れただろう。もう少し、頑張ってくれ」
「はい」
サランは力強く頷いた。もちろん、言われるまでも無く、悠羽の晴れの舞台に自分は協力するつもりだ。
そして・・・・・。
「ありがとうございました」
思わず深く頭を下げて言うサランに、和季は静かに声を掛けた。
「・・・・・何のことだろう」
「あなたの存在のおかげで、私は救われた」
「サラン」
「悠羽様という大切な主人の存在も、洸莱様という愛しい方も、私にとってはとても大切な方々です。でも、私にとっては、私と
同じ性を持つあなたの存在が・・・・・とても心強かった」
両性という、男でも女でもない、中途半端な存在の自分。この世に生きていても仕方が無く、ただ、自分を家族のように愛おし
んでくれる悠羽のためだけに生きて行こうと誓っていた。
そんな自分が、洸莱の手を取ろうと決心したのは、間違いなく和季のおかげだ。
「この国であなたに出会えて、本当に良かった」
「・・・・・それは、私も同じ思いだよ、サラン」
サランよりももっと無表情な和季の美しい青い目が、本当に嬉しそうに細められた。
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