光の国の恋物語
156
同じ両性の性を持つ存在として、和季はサランが気になった。
どんなに類まれな美貌を誇っても、その物腰までも匂うように美しくても、人間として認められていないような孤独感。
この世に自分の血を受け継ぐ者を作り出すことも産み出すことも出来ない存在は、ひっそりと生き、死ぬことが定めだと思ってい
た。
思い掛けなく洸英という愛しい男を手に出来た今、和季はサランの幸せも心から祈っている。いや、既にサランにも、愛しい者
が側にいるのだろうが・・・・・。
「あの、和季殿」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
少しして、サランが珍しく言いよどんだ。それ程言い難いこととはなんだろうと思いながらじっと見つめていると、サランは決意した
ように顔を上げて口を開いた。
「和季殿は、医師に診ていただいたのですか?」
「医師に?」
「私は、確実ではないものの、懐妊する可能性があると言っていただきました。洸莱様は、私を子を産むだけに欲しているわけ
ではないと言われましたが、私は・・・・・洸莱様の子を産みたいと思っています」
たとえ、その結果が残念なことになろうとも、サランは自分が未来を貰ったのだと思っている。
そして・・・・・サランは、和季はどうなのだろうかと思ってしまった。和季も、自分のようにどちらかの性が強いという可能性はあるの
ではないか。
サランはそう話しながら、じっと和季の顔を見つめていた。無表情の顔に、自然と浮かぶ苦笑のようなものが・・・・・見えた。
「和季殿」
「・・・・・両性は、年頃になるとどちらかの性が強くなる・・・・・か」
「・・・・・っ!」
(その言葉っ、それを知っているのならっ?)
サランが強い眼差しを向けると、和季はもっと顔を綻ばせて、人差し指を自分の唇に当てる。
「洸英様には内密に」
「で、では?」
「このことが分かってしまうと、あの方は私を昼夜離してくださらなくなる。いくら女の性が強くなるといっても、私達のそこはとても幼
いから・・・・・サラン、お前も洸莱様に、優しく愛してもらうように言いなさい」
「・・・・・」
「・・・・・いや、洸莱様は父君と違って、優しい方だから問題は無いのかもしれないな」
そう言いながらも、和季の顔は見たことも無いほど楽しそうだ。そんな和季を見ていると自分も嬉しくなってしまい、サランは自然
と頬を緩めてしまった。
「父上、母上、遠路、ありがとうございます」
「お前の晴れの姿だ。私達が来なくては話しにならないだろう?なあ、叶」
「ええ。とても可愛らしい花嫁だったわ。おめでとう、悠羽」
着替えが済んだ悠羽は、直ぐに奏禿の両親の元へと足を運んだ。衣装替えをした悠羽の晴れ姿に両親は目を見張り、直ぐ
に笑みを浮かべて祝福の言葉をくれた。
本来は奏禿の第一王子という立場ながら、複雑な出生の事情で王女として育てられた悠羽。
その悠羽が本当の花嫁、それも、光華国という大国の皇太子妃となることに戸惑いを覚えないでもなかったが、悠羽の幸せを一
番に願う両親は、わざわざ自国まで悠羽を迎えに来た洸聖の誠実さと愛情を信じ、心からの祝福の言葉を与えた。
「・・・・・小夏」
「洸聖様に愛されるよう、懸命に尽くして差し上げるのですよ」
それは、実の産みの母である小夏も同様の気持ちで、最後まで親としての甘い言葉を掛けないものの、その目は涙でしっとり
と濡れていた。
「悠羽・・・・・」
「悠仙・・・・・お前が泣いてどうするんだ」
「本当に、花嫁になったんだ・・・・・」
「お前と兄弟であることには変わりないのだから、そんな風に寂しがることは無いんだけどな」
悠仙の自分への気持ちを純粋な兄弟愛だと信じている悠羽に、悠仙もこの場で何も言うことは出来なかった。それでも、愛し
い悠羽の花嫁姿はあまりにも可愛らしくて、どうしても洸聖に妬きもちをやいてしまう。
(悠羽を泣かしたりしたら・・・・・絶対に許さないっ)
その時は無理矢理でも奏禿に連れ帰ってしまおうと、心の中で決意しているということは、悠羽も、そして両親もきっと想像もし
ていないことだろう。
「あ」
洸竣からは、今日は花嫁の身内として振舞えばいいと手伝いからは外された黎だったが、それでも酒の瓶が無くなってしまえば
気になって、率先して動くことになってしまう。
そんな時、来賓の中に貴族である父と義兄の姿を見付けてしまい、黎は一瞬身体を強張らせてしまった。
「・・・・・黎?」
その黎に始めに気付いたのは義兄の京で、父はその声に顔を上げ、初めて黎に気付いたようだった。
「黎、か?」
「・・・・・ご無沙汰をしております」
妾の子である黎にとって、2人は元の主人という存在だ。丁寧に頭を下げると、なぜか少し落ち着いた気がした。
「よく・・・・・して、いただいているようだな」
父は、黎の着ている服に目をやって呟く。確かに、普通の召使いならば着ることも無いような上等な礼服を身にまとっていれば、
深い寵愛が分かるだろう。
後ろめたそうに目を逸らす父は、邪魔な自分を王宮に差し出したという負い目があるのかもしれないが、黎自身、自分の今の
立場を・・・・・洸竣に大切にされているという自分が信じられるので、その眼差しに心を痛めることは無かった。
「・・・・・黎」
そして、最初の驚きが過ぎると、黎は義兄に対しても静かな心境で対峙出来た。
「お変わりなさそうで、京様」
「・・・・・」
「今日は、洸聖様と悠羽様のご成婚の日です。心から喜んでくださっていることを・・・・・信じています」
そう言って頭を下げた黎は、そのままその場から立ち去ろうとした。これ以上義兄に言うことは何も無い。
しかし、それは黎だけの気持ちだったらしい。
「待ちなさいっ」
少し離れた場所で、後を追い掛けてきたらしい義兄に腕を掴まれて、黎は足を止めてしまった。義兄が何を言うのかが怖かった
が、それでも逃げてはならないと思った。
「・・・・・」
「お前は、王子と・・・・・洸竣王子と・・・・・」
「京様っ」
大勢の目がある場所で何を言うのだと慌てた黎の目の前に、大きな背中が忽然と現れた。
次々と酒を注ぎ、会話をしていた洸竣は、黎の姿を眼差しで探していた。今日くらいは接待される側として楽しんでいればい
いと言ったが、働き者の彼が率先して動き回っていないのか気になったからだ。
案の定、見つけた華奢な後ろ姿は忙しそうに動いていた。洸竣はそれを止めさせようと、動くたびに掛かる誘いの言葉に一々
言葉を返しながら近づいていき・・・・・そして、
「・・・・・っ」
黎が誰と対峙しているか分かった瞬間、ゆっくりだった歩みが早まった。
「黎に何か?」
いきなり現れた洸竣の姿に京は一瞬目を見張ったが、直ぐに目の力を強くしてこちらを睨みつけてきた。
(前よりも、目に力が戻ってきたようだが・・・・・)
以前、黎を力任せに押し倒した時は、何か思いつめたような病的な雰囲気がしたが、今目の前にいる男は随分と顔付きがしっ
かりしているように思える。
「・・・・・兄弟の、久し振りの対面ですから」
「兄弟?」
「・・・・・っ」
背中にいる黎が、不意に自分の服にしがみ付いてきた。今の男の言葉が、黎にとっても意外なものだったということがそれだけで
分かった。
「・・・・・なるほど」
「分かっていただけたのなら・・・・・」
「黎の身内ならば丁度いい。いずれ私の花嫁となる黎の身内には挨拶をしておきたかったからな」
「こ、洸竣様っ」
「は、花嫁?」
驚いたのは京だけではなく、黎も、だったらしい。
(・・・・・驚いた顔は、どことなく似ているな)
唯一、兄弟らしいとのんびり考えていた洸竣は、今度は意識的に強く背中の服を引かれて振り向いた。驚いて、焦っていると
思っていた黎の顔は、なぜか怒っているように顰められている。
「こんなところで、変なことをおっしゃらないで下さいっ」
「私にとっては、変なことではないんだが」
事実を述べただけだと堂々と言い放つと、黎はますます眉間の皺を深くしてしまった。
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