光の国の恋物語





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 「洸竣様・・・・・」
(どうして京様にそんなことを・・・・・)
 洸竣が自分に向けてくれる愛情は思い掛けなく深く、日々戸惑いと嬉しさを感じている黎だ。いずれは妃にという言葉も何度
も伝えてもらったが、黎にとってそれは夢のような遠い未来の話だった。
 しかし、これを2人の間の話だけではなく、義兄とはいえ外部の者に言ったとしたら、もしかしたら取り返しの付かない事態になっ
てしまうかもしれない。自分のためというよりも洸竣のために、黎は今の話を全て無かったことにしなければと思った。
 「洸竣様、今の話は間違いだと京様におっしゃってください」
 「黎」
 「京様も、今の洸竣様の言葉はお忘れに・・・・・」
 とにかく、今の話を全て忘れて欲しいと思って黎は焦って言うが、洸竣はじっとその顔を見つめていたかと思うと、何時もより声を
落として名前を呼んできた。
 「黎」
 「・・・・・」
 「他の誰に虚言だと言われるのは構わないが、当の本人に言われては私も言いようが無い。黎、お前はまだ私の気持ちを疑っ
ているのか?」
 「・・・・・」
あっと、黎は思わず口の中で叫んでしまった。洸竣の気持ちは自分も受け止めたはずなのに、こうして否定することは、洸竣の立
場は守れるかもしれないが、その心を深く傷付けてしまうことになるのかもしれない。
 「ご、ごめんなさい」
今更謝っても遅いのかもしれないが、黎は洸竣の想いを口先だけでごまかそうとしたことを謝罪した。



 「ご、ごめんなさい」
 黎がそう謝り、縋るように服を掴んできた。
その行動は見捨てないで欲しいと言葉ではなく言っているようで、洸竣は大丈夫だというようにその手を軽く叩いた。
 「・・・・・」
 その時、そんな自分達をじっと見つめる視線・・・・・京の視線に気付き、洸竣は見せ付けるように黎の肩を抱き寄せる。
 「・・・・・っ」
一瞬、京の眉が顰められたことも分かったが、洸竣は自分から声を掛けるつもりは無かった。事実として自分の気持ちを伝えたか
らには、もう二度と黎に触れることは許さないし、もしもこの先黎と会うにしても、それは元の雇い主と召使いという関係だけになる
はずだ。
 肉親ということを伏せたのは、あちら側が先なのだ。
(それでも、黎が望めば・・・・・認めるしかないかもしれないが)
 「行こうか」
 「・・・・・はい」
 「れ・・・・・っ」
 「京殿、今宵はゆっくりと楽しんでくれ。それと、黎のことは心配しないで欲しい」
 「・・・・・」
京に背を向け、洸竣は黎を抱くようにして歩き始める。やっと見つけた最愛の者を二度とこの手から離さないようにと、洸竣は京の
視線を感じなくなってもその身体を離そうとはしなかった。



 悠羽の家族に共に挨拶を済ました洸聖は、その悠羽を誘って祝いの輪から少し離れた一角へと向かった。
そこには様々に装った数人の女達がいる。誰もが美しく、気高い雰囲気で、悠羽は彼女達は誰なのだと洸聖の顔を見上げた。
 「父の妾妃達だった方々だ」
 「え・・・・・」
 「一応、お前も面通しをしていた方がいいだろうと思って招待しておいた。左から、洸竣の母、宮路(みやじ)、莉洸の母、笹芽
(ささめ)、洸莱の母、加都(かづ)だ」
 「は、初めまして」
(び、びっくりした・・・・・そうだ、洸英様は最近まで妾妃方をもっていらしたんだった)
 自身の父が王妃の母一筋(自分の生母の件は別にして)な人だったので、数多くの妾妃を持っていた洸英のことはその部分で
は尊敬は出来なかったが、和季と結ばれた今、既に妾妃や愛人達とは手を切ったらしいということは洸聖から聞いていた。
だからこそ、自分達の結婚式に彼女達が姿を現すとは全く考えていなかったのだが、洸聖にとってはそれはまた別の問題らしい。
 「弟達の母達だ。みなの成長した姿もしばらく見られていないと思ってな。特に、莉洸は蓁羅に滞在しているし、もう直ぐ式を挙
げるので、笹芽殿には会っていただいた方がいいだろうと思った」
 「洸聖様のお心遣い、大変感謝をしております」
 三人の中では一番大人しそうな笹芽が丁寧に頭を下げた。
 「莉洸とは話されたのか?」
 「はい。稀羅殿にも紹介していただきました。母として、何もしてやらなかったのが心残りですが・・・・・あの子の幸せそうな姿を見
て安心いたしました」
 「そうか。宮路殿は、洸竣とは?」
 「あの子は、我が子といえど既に子離れ、母離れをしておりますので。ですが、最近華やかな噂話を聞かないと思いましたら、ど
うやら可愛らしい方を見つけた様子。心配はしておりません」
聡明そうな洸竣の母はそう言って笑っていた。
 さっぱりとした気性らしい彼女とは、何だか気が合いそうだなと悠羽も思ったが、2人とは反対に気難しそうな表情をしている最
後の妾妃、加都のことが気になった。自分の大切な友、サランの、将来の夫になるかもしれない洸莱の母。彼女は洸莱のことを
どう思っているのだろうか。
 「加都殿、洸莱とは会われたか?」
 「・・・・・いいえ」
 「なぜに?しばらくぶりだろう」
 洸聖がそう言うと、加都は神経質そうな眼差しを向けてきた。
 「あの子は生まれた時から、忌み子として離宮に追いやられてしまいました。王子を産んだわたくしも、肩身の狭い思いをして暮
らしてきましたわ。宿下がりをさせていただき、わたくしもようやく縁談がまとまりそうですの。こちらに参りますのは今回が最後だと承
知していただきたいのです」
その言葉に、悠羽は眉を顰めた。
湧き上がってくるのは、怒りよりも寂しさや悲しみ。過去の洸莱のことは分からないが、今の彼を見ればどんなに充実した生活を
送っているのか、母親ならば分からないはずが無いと思う。
 「本当に、洸莱と会わずとも良いのか」
 「はい。洸聖様からあの子にそう伝えておいてくださいませ」
 それぐらい自分で言えばいいと思ったが、洸聖は分かったと短く答えただけだったし、悠羽も黙って頭を下げた。
生まれてから直ぐに子供と引き離されてしまった彼女には、母としての気持ちが育たなかったのかもしれないが・・・・・悠羽は返っ
て強い気持ちを持つ。
(私達が、洸莱様の家族なんだから)
 もしも、サランと洸莱が将来結ばれなくても、自分は、いや、きっとサランも、洸莱の家族になっていると思う。この先彼に寂しい
思いをさせないと、悠羽は強く心の中で誓った。



 「すまなかったな」
 「え?」
 彼女達の席から離れた時、洸聖は直ぐにそう謝った。せっかくの晴れやかな時に、あまり面白くない姿を見せてしまったと感じた
からだ。
宮路や笹芽は心配はしなかったが、加都のことは内心危惧していた。他の弟達とは違い、生まれて直ぐに離宮にやられてしまっ
たために、自分の王宮内での権限がほとんど失われたと、本来は庇護すべき自分の子供に対して、反対に恨みが募ってしまった
のだろう。
 「・・・・・いいえ、会わせていただいて良かったです」
 「そうか?」
 「大切な兄弟達の母上方ですから。少しは驚きましたが・・・・・それでも、更に愛情が増したくらいです」
 悠羽は笑った。普段見ることは無い、綺麗に化粧した顔だが、その笑い方は何時もと全く変わらない。
 「でも、洸英様は妾妃様方だけでなく、町にもお相手がおられたんでしょう?なんだか・・・・・凄いですね」
 「あの方は無節操な子供だ」
 「・・・・・洸聖様は?」
 「ん?」
 「後からどなたかが出てくるなんてこと・・・・・ないですか?」
 「ば・・・・・っ」
馬鹿なと、直ぐに反論しようとした洸聖だったが、自分を見つめる悠羽の顔が笑ったままなのに気がついた。今の発言は、きっと悠
羽が自分をからかったのだろう。
(全く、性質が悪過ぎる)
 自分を不誠実だとは冗談でも思って欲しくない。もちろん、今までにはそれなりに付き合いをしてきた相手はいたが、父のように
無節操に手を出したりはしていない。
 「あるはずがない」
 きっぱりと言い切ると、更に悠羽が何か言ってくるかと思ったが・・・・・そうですねと、直ぐに頷いた。
 「・・・・・信じるのか?」
 「洸聖様が嘘をおっしゃるはずがありません」
 「悠羽・・・・・」
 「それに、もしもそういう方がいらっしゃったとしても、私はこの手を離すつもりはありませんから」
そう言った悠羽が、しっかりと洸聖の手を握り締めてきた。その手の力に、洸聖も負けじと力を入れて握り返す。
 「当たり前だ。神の前で誓い合った私を、そう簡単に見捨ててもらっては困る」
 「洸聖様も、ですよ」

 宴もたけなわ、既に洸聖と悠羽のことを忘れてしまっているかもしれないが、そこかしこで響く楽しげな声は聞いていても悪いもの
ではない。
洸聖はそう感じる自分に苦笑しながらも、悠羽の手を取って大広間からそっと抜け出した。