光の国の恋物語
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「ん〜っ」
「疲れたか?」
大きく手を広げて深呼吸する悠羽の姿に、洸聖は苦笑してそう聞いた。
「大丈夫です、このくらいは覚悟していましたから」
大広間から抜け出した洸聖と悠羽は、そのまま王宮の上へと向かった。
そこは、緑が好きだったらしい洸聖の生母が、洸英に願い出て緑化した場所で、降り注ぐ陽の光を何にも隔たれることなく咲き誇
る花々や木々で埋め尽くされていた。一見しただけでは、とてもここが屋上とは思わないだろう。
「凄いですね」
今はまだ闇が外を覆っている。いや、そろそろ夜明けかもしれない、遠い空が白々空けてくるさまが見えた。
「ここが、我が国で一番良い眺めの場所かもしれない」
「洸聖様のお母様もよくここに?」
「父上と2人でよく来られていたらしい。その頃は、父上も遊びは控えておられたようだから」
洸聖の言葉に、悠羽は思わず笑ってしまった。今でこそ精力的で、どれ程愛でた花々がいるかも分からない光華国の王、洸英
は、まだ若い頃は洸聖の母1人を慈しんでいたのだろう。
それが愛情か、情愛かは分からないが、その頃はきっと、洸聖を挟んで幸せな家族だったということは間違いが無いはずだ。
今は事情が変わってしまい、洸聖の伴侶が自分のような男になってしまって、彼に、その血を受け継ぐ子供を与えてやることは出
来ないが、きっと幸せな一対になってみせると悠羽は思っている。
(本当は、式の直前まで迷っていたけれど・・・・・)
神の前で結婚を誓った時、悠羽はある意味吹っ切れたのだ。絶対に、洸聖を幸せにしてやる、それを出来るのは自分しかいな
いのだと。
「これからは、私達もここに来ましょう」
「悠羽」
「きっと、洸聖様は政で忙しくなられると思いますが、この景色は2人で見たいです」
どういった思いから悠羽がそう言うのか、洸聖は自分には分かるような気がした。
この光華国という大国の領土を見下ろせるこの場所に立てば、何時でも真摯な気持ちに戻れるだろう。人々の上に立つ人間と
して、一国を統べるものとして、恥ずかしくない気持ちでいられるように・・・・・。
「・・・・・そうだな」
「洸聖様」
「言い争いをしても、ここに来ればお前の機嫌は直りそうだ」
洸聖としては冗談のつもりだったが、悠羽はその言葉にしんなりと眉を顰める。
「それでは、私が子供だと言われているようです」
「そういう意味では・・・・・」
「そもそも、言い争う原因を作るのは洸聖様のような気がします。私はそんなに分からず屋ではないつもりですから」
分からず屋という言葉に引っ掛かった洸聖は、キッと自分を見上げてくる悠羽を見つめた。愛らしい花嫁姿のその顔は見慣れな
いものだが、睨むような真っ直ぐな眼差しは何時もの悠羽だ。
「・・・・・それでは、私が頭が固いというのか?」
「ご自分でも分かっていらっしゃいます?」
「悠羽」
「・・・・・」
「・・・・・」
(・・・・・どちらが頭が固いと思っている。お前も十二分に頑固だぞ)
今までの自分ならば、そう思えば直ぐに口に出しただろう。しかし、これでも悠羽の影響でかなり寛大になったつもりだ。いや、
(こんな言葉も、心地良いと思うとは)
悠羽の言葉を全てそう思ってしまうのは、今が幸せの絶頂だからだろうか?
「悠羽」
機嫌が下降している悠羽を宥めようと手を伸ばしかけた洸聖は、
「主役が抜け出してこられるとは感心しませんよ」
「・・・・・洸竣」
「ね?黎、やっぱりここにいただろう?」
「は、はい」
今しがた自分達が開けて入ってきた同じ扉から現れた洸竣は、笑いながら後ろにいる黎を振り返っている。
「す、すみません、悠羽様」
せっかくの2人きりの時間を邪魔してしまったと恐縮しているらしい黎に、悠羽も怒った顔を向けることは出来なかったらしく、構わ
ないよと慌てたように宥めた。
(全く、せっかくのところを・・・・・)
こんな野外で不埒な行為に及ぼうとは思わなかったが、それでも口付けで悠羽の機嫌を直そうと思っていた洸聖は、堂々と邪
魔してきた弟を大人気なく睨んでしまった。
今日の花婿と花嫁の姿が見当たらなくなったのに気付いた洸竣は、自分にしなだれかかっている他国の姫に丁寧に断って席を
立った。
真面目な兄が自分のように公務を放り出すとは考えられず、新婚初夜の儀式は明日行われるはずだ。
今日は夜が明けるまでは宴席にいるはずだということを考えれば、息抜きに席を立ったのだろうとは想像出来たが・・・・・。
(私だけここにいるのも、なあ)
既に酒が回ったこの場から自分がいなくなっても不都合は無いだろう。今頃悠羽と甘い時間を過ごしているかもしれない兄を邪
魔してやろうと、洸竣は再び働いている(傍にいろと言ったのだが、なかなか落ち着かないらしい)黎の腕を掴んだ。
「こ、洸竣様?」
「兄上を捜しに行こう」
「え?」
兄達がここにいるだろうという確信は不思議にあった。もしも自分が黎と式を挙げたのなら、きっと翌日の朝日を2人、この場所
で見るだろうと思ったからだ。
案の定、屋上の庭園にいた兄は、不機嫌そうに自分を見てきた。無理も無い、自分も同じ立場だとしたら、邪魔をするなと思
うに違いない。
「誰かが呼んでいるのか?」
「いいえ、私も逃げてきましたから」
「洸竣」
「せっかくだし、兄上と・・・・・義姉上と、一緒に朝日を見ようかなと」
笑いながらそう言うと、洸聖は顰めた眉を自然に解いて、深い笑みを口元に浮かべた。
「仕方ない、今日だけだぞ」
(洸竣様ったらっ、せっかくのお2人の時間を・・・・・)
式を挙げたばかりの2人の居場所に入り込んでしまったということに、黎は居心地悪く視線を揺らしてしまう。
「ご自分でも分かっていらっしゃいます?」
「悠羽」
(あ・・・・・)
初めて向かう王宮の屋上。洸竣がその扉に手を掛けた時に聞こえてきた声に、黎はとっさに止めなければと洸竣の腕を掴んで
しまった。
それに洸竣は直ぐに振り向いてくれ、黎は慌てて頭を振ったが、その意図に気付いているはずの洸竣は悪戯っぽく片目を閉じて
扉を開けてしまい・・・・・今、こんな状況になってしまっている。
「・・・・・」
洸竣はともかく、自分はここにいてもいいのだろうか・・・・・そう思ってなかなか足が動かなかった黎は、ゆっくりと近付いてくる悠羽
をじっと見つめていた。
「黎」
「あ、あの、悠羽様、すみません、僕・・・・・」
「ここから見る朝日は素晴らしいそうだ。せっかくだから一緒に見よう」
「・・・・・よろしいのですか?」
「当たり前だろう。黎も私の家族なんだから」
「悠羽様・・・・・」
家族・・・・・なんという優しい響きの言葉だろうか。母も、そして父も、自分という存在を持て余し、父の本妻には疎まれ、義兄
には思い掛けない思いを向けられ・・・・・。黎にとって、家族というものはいないと諦めの思いでいたが、ここには、自分を温かく迎
えてくれる存在がある。
嬉しいと、素直に思い、黎は頷いた。
「はい、悠羽様」
「あ・・・・・じゃあ、サラン達も呼ぼうかな」
サランは、悠羽にとってこの先もこの国で共に暮らす大切な存在だ。黎もそれをよく分かっているつもりなので、直ぐに自分が呼ん
で来ますと言ったが。
「・・・・・このような場所があったのですか」
「サランッ?」
「サランさんっ」
振り向いた黎の目に、洸莱に手を取られたサランの姿が映った。
「悠羽様の姿が見えなくて、洸莱様にお聞きしたらここではないかと・・・・・」
「なんだ、洸莱も来たのか」
「・・・・・お邪魔でしたか」
「馬鹿なことを」
大きな声で笑った洸竣は直ぐに打ち消すと、少し遠慮がちに立つ洸莱の肩を抱き寄せる。そこに洸聖も歩み寄って、2人の弟の
肩を苦笑しながらそれぞれ両手で叩いた。
「全く、お前達は新婚の兄を気遣え」
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