光の国の恋物語





17









 「僕は何をしたら宜しいのでしょうか」
 自分の私室に黎を連れてきた洸竣は、硬い表情でそう言う黎に首を傾げた。
 「そうだな・・・・・何をしてもらおうか」
具体的な目的があって黎を呼んだわけではない洸竣は、改めてそう言われると考え込んでしまった。
市場での出来事が鮮烈で、どうしてもあの男の側にこのまま置いておけないと思ってしまった洸竣は、兄洸聖の力を借りて黎を
王宮に出仕させた。
ただ、その後と言われても、正直に言われれば考えていなかったというのが本当だ。
 「俺の閨の相手でもするか?」
 黎の表情を何とか変えてみたくて、洸竣はわざと怒りそうなことを言ってみた。
しかし。
 「・・・・・閨、ですか?僕はそういった訓練は受けていないので、満足されるかどうか分かりませんが・・・・・」
そう言いながらおもむろにシャツを脱ごうとした黎を、洸竣の方が慌てて止めてしまった。
 「いきなり、びっくりするだろっ」
 「え?」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「黎、俺はお前を性奴として迎えたつもりは無い。今まではどうだったか知らないが、俺に対しては嫌なことは嫌だとはっきり言って
欲しい、いいな」
 「・・・・・」
 「黎、返事」
 「あ、はい」
 思い掛けないことを言われたかのように途惑っている黎の表情はまだ幼いものだった。
しかし、その瞳には生き生きとした生気は見られず、どこかひっそりと影が薄い。
(一体、どんな扱いを受けてきたのか・・・・・)
目に見える場所には傷跡などは無く、折檻を受けていたという様子は無い。
しかし、目に見えない暴力というものは確かに存在するという事を洸竣は知っていた。
 「とにかく、宮の中を案内しよう」
 「お、皇子自らですかっ?」
 「広くて迷子になってもらっても困るからな。ああ、それと、私のことは洸竣と呼んで欲しい。この宮には私以外にも3人の皇子が
いるからな」



 その日の午後、突然1ヶ月ほども離宮に行ったまま帰らなかった光華国の現王、洸英(こうえい)が前触れ無く戻ってきた。
たった1人、何時も常に側に置いている影人(かげびと)以外の供も無く戻ってきた洸英に、宮の中は騒然となってしまった。
 「父上、何時も護衛は付けて下さいと申し上げているはずですが」
 洸英不在の間、代理として様々な案件を処理してきた洸聖が眉を顰めながら言った。
 「我が身も守れず国を守れるか。洸聖、お前は型にはまり過ぎだ」
そう言って大声で笑う洸英は、賢王と民に慕われていた。
ただ豪放磊落な性格で、色事にもかなり精力的で・・・・・。だからこそ、いずれも母親が違う4人の皇子をもうけたという事もある
が。
 「・・・・・8番目の愛人はいかがされた」
 「なかなか良かったぞ。ただ、最近正式な妃にしてくれと煩くなってな、熱が冷めてしまった」
 「まさか5人目の兄弟が出来たとは言わないでしょうね」
 「まあ、大丈夫だろ。なあ、和季(わき)」
 「はい」
 影人である和季は目だけを見せたマント姿で、密やかに洸英の後ろに付いている。
その素顔は洸英しか知らず、歳も性別さえも洸竣達は知らない存在だった・・・・・今の顔は、だ。
 「・・・・・」
 暢気な父に溜め息を付いた洸聖だったが、興味深そうにこちらを見ている悠羽の視線に気付いた。
(そういえば初対面か)
 「父上」
 「ん?」
 「先日、奏禿から参った悠羽殿です。あなたが私の妃にと決めた方ですが・・・・・お分かりか?」
 「奏禿の?」



(うわっ、こちらを向かれたっ)
 悠羽はドキドキと高鳴る心臓の鼓動を必死で抑えた。
洸聖と同じ黒髪の、少し灰色掛かった瞳を持つ光華国王、洸英は、成人した息子がいるとは思えないほど若々しく華やかな雰
囲気を持っていた。
諸外国からは剛と柔を併せ持つ賢王と名高かったが、こうして実際に会うとピリピリと肌にオーラを感じる。
(・・・・・私って分かるだろうか・・・・・)
 悠羽は自分の側に立っているサランを見る。
他の人間のように間違われても仕方がないか・・・・・そう思った悠羽は、ゆったりと歩み寄って来た洸英が自分の目の前で立ち止
まったことに気付いて息をのんだ。
 「悠羽か」
 「は、はい」
 洸英の視線は真っ直ぐに悠羽を見つめている。
慌てたように悠羽が膝を折ろうとすると、それよりも先に洸英は片膝を着いて悠羽の手を取って口付けした。
 「よく来られた、悠羽。歓迎するぞ」
 「あ、ありがとうございます」
 「今私には正妃はおらぬからな、煩い姑は無しという事だ。この王宮ではそなたが女の中では長となる、安心してこの国の人間
になりなさい」
 「王・・・・・」
 「なんだ、それは、色気がないな。義父上(ちちうえ)と呼んでくれ」
 「・・・・・はい、義父上」
立ち上がった洸英は、笑いながら悠羽の頭を撫でてくれる。
子供にするような仕草だったが、悠羽はくすぐったく、嬉しかった。
(噂以上の豪快な方だな。・・・・・洸聖様とは正反対の性格かも)
 悠羽は比べるように洸英の向こうにいる洸聖に視線を向けた。
さすがに今は何時もの無表情ではなく、苦虫を噛み潰したような顰め面になっている。
(まるで子供だな)
なぜだかとても洸聖が可愛く思えて、悠羽はクスクスと笑ってしまった。



 「おお、悠羽の笑顔はまこと可愛らしい。洸聖、父の選眼は確かであろう」
 「・・・・・はい」
(本当にこの人は・・・・・)
 突然の父親の出現には途惑ったが、本来は王が王宮にいることが当たり前なのだ。
ただ、初対面から悠羽に馴れ馴れしく接し、悠羽も自分には向けたことが無いような笑顔を見せていることが面白くない。
 「少し宮を空けている間に、麗しい顔が増えておるな。しばらくは大人しく政務に掛かるか」
サランや黎の顔を見ながら満足そうに言う洸英に、洸聖はもう溜め息をつくしかなかった。
 「・・・・・そうなさってください」
 「怒るな、怒るな。それよりも洸聖、そなた噂を聞いておらぬか?」
 「噂?」
 「蓁羅の武王が我が国に現われたと」
 「蓁羅の・・・・・っ」
洸聖はハッと悠羽を見た。
あの日、悠羽が見た赤い目というのは・・・・・見間違いではなかったというのか。
自分の行動の是非に関係があることだけに、洸聖は強張った顔で洸英に訊ねようとしたが。
 「父上〜!!」
 「おおっ、莉洸!」
 身体の為にと毎日している午後寝のせいで広間に駆けつけるのが遅れた莉洸は、大好きな父の顔を見て満面の笑顔で駆け
寄って抱きつく。
 「お前は何時見ても愛らしい」
4兄弟の中でも一番可愛がっている莉洸の出現に笑み崩れる洸英に、洸聖は先ほど聞いた蓁羅の王の話を切り出すことが出
来なくなってしまった。