光の国の恋物語
18
大好きな兄達と一緒にいて、新しく兄の妃になるという人物も明るくて楽しくて、莉洸は毎日寂しいという思いを感じたことは無
かった。
それでも、大好きな父親が帰ってきてくれると、莉洸の思いは真っ直ぐに父だけに向けられる。
身体が弱い幼い頃から、暇があれば顔を見せてくれた父。母親は4歳の頃に父親と別れて以来顔を見たことはないので、親の
愛情というものは父から向けられたものしかない。
「身体の調子はどうだ、莉洸」
「父上、僕はもう身体の弱い子供じゃありませんよ?」
わざと口を尖らせて言うと、父は目を細めてその頬に自分の頬を触れさせて笑った。
「そうだったな。すまぬ、莉洸、お前がまだまだ可愛いゆえ、何時までたっても子供と思ってしまうのだ」
「もうっ」
面白くない話だが、父だけは許してしまえる。
どんなに不在の時が多くても、女遊びが激しいと言われても、莉洸や兄弟達にはとても真摯で優しい父を、莉洸は心から愛して
いるのだ。
「・・・・・父上、先程の話ですが」
莉洸と洸英の再会の抱擁が一段落ついたと同時に、洸聖が前触れ無く切り出した。
「ああ、蓁羅の王のことか」
「?」
(蓁羅の王?)
頭上で交わされる父と兄の会話に、莉洸は不思議そうに耳を傾けた。
「それはまこと間違いのない話でしょうか?」
「あれほど目立つ赤目を見誤ることなどないであろう」
「・・・・・っ」
(赤・・・・・目・・・・・)
莉洸はビクッと身体を緊張させた。
数日前の市場での出来事が、一瞬の内に頭の中に鮮やかに蘇る。
(赤目・・・・・蓁羅の王って・・・・・あの人、王様だったんだ・・・・・)
一見して旅の商人のような格好だったが、莉洸を抱きしめた腕も胸も逞しく、宮に戻ってからだが外見とのアンバランスさに違和
感を感じたのも事実だった。
一国の王が相手国に何の伝達も無く、供も付かずに現われるなどという事は普通ありえない。
(蓁羅はとても怖い国だっていう噂を聞いたけど・・・・・)
「莉洸?」
「・・・・・」
「莉洸、どうした?気分でも悪いのか?」
「え?」
自分では気が付いていなかったが、莉洸の顔色は真っ青になっていた。
「誰か」
「失礼致します」
洸英がそう言うが早いか、側にいた影人・・・・・和季が軽々と莉洸を抱き上げた。
「部屋に」
「はい」
「俺も一緒に」
洸莱もその後を付いていき、広間はなぜか急に静かになってしまった。
(やはり来ていたのか・・・・・)
洸英の話を聞いた悠羽は、あの時自分が見たものは目の錯覚ではなかったと思って頷いた。
奏禿と蓁羅は直接の国交は無いが、それでも武力国という蓁羅の噂は聞いている。元々が軍人や犯罪者が立ち上げた国だと
いう事で、周りからも疎まれ恐れられているということだが・・・・・。
(いったい何の目的で光華国に潜入していたんだ・・・・・?)
「悠羽様・・・・・」
「うん、なんか意味がありそうだな」
「調べてみますか?」
「私達が動くよりも、洸聖様がこのままにはしておかれないだろう。しばらく様子を見ていた方がいいのかもしれない」
「はい」
サランにそう言いながらも、悠羽は自分がムズムズしてくるのが分かる。
ただじっと結果が上がってくるのを待っているよりも、自ら動く方が性に合っているからだ。
(それでも他国で勝手に動き回れないし・・・・・)
考え込もうとした悠羽は、ふと横顔に視線を感じて振り向いた。
(あ・・・・・反省してる?)
そこには、洸聖がいた。
複雑な表情をして自分の方を見ている洸聖は、きっと今の洸英の言葉を聞いて激しく動揺しているのだろう。
数日前、悠羽を陵辱し、その人格を貶めようとした行動のそもそもの原因は、悠羽が街で赤い目の人物を見たという言葉から
始まっているのだ。
結局、今の洸英の言葉で、悠羽の言葉は立証されたようなものだ。
(どうするのかな・・・・・)
「どうかされました?」
「え?」
「笑ってらっしゃったので・・・・・」
「そうか?そんな気はしてなかったんだが」
(あの堅物がどう動くのか楽しみな気がして・・・・・)
いったい、洸聖がこれからどういった行動を取るのか、悠羽は不謹慎だが楽しみに思っていた。
(本当に蓁羅の王が現われていたのか・・・・・っ)
何の為に身を隠して光華国に現われたのかという事ももちろん気になるが、それと同時に自分が悠羽にしてしまった行為の根
本が崩れてしまったような気がした。
夫となる自分に対して堂々と意見を述べ、自分の意思を曲げない悠羽。
そんな悠羽のプライドを崩してやりたくて、男だと分かっていながらその身体を陵辱した。
いや、本来夫婦になるはずの自分達の間で、身体の関係があってもおかしくないだろうと自分自身に言い聞かせていたが、そん
な自分のやり方が正しかったのかどうか、洸聖はずっと自問自答を繰り返していたのだ。
それが、今の父の言葉で、自分の行動の切っ掛けが間違いだったという事が分かった。悠羽はいったい、どんな気持ちでその
言葉を聞いているのだろうか・・・・・。
「・・・・・」
視線を向けた先の悠羽は、何か考え込んでいるような表情だった。
しかし、洸聖の視線に気が付いたのか、ふと顔を上げてこちらを見つめる。
「・・・・・」
「・・・・・」
(なぜ・・・・・そんな目で私を見ることが出来る・・・・・っ)
悠羽の目には、憎しみも嘲笑も含まれてはおらず、ただ真っ直ぐに洸聖を見つめていた。
そのあまりにも真っ直ぐな視線に、洸聖の胸はさざなみ立つ。
「洸聖?」
「・・・・・」
「洸聖」
「あ、はい。そのことについては至急調べさせたいと思います。私は・・・・・知りませんでしたから」
賢王と慕われながら、何時もフラフラと自由に動き回っている父の代わりを、自分は十分に務めていると思っていた。
政務に関しては皇太子という立場から随分幼い頃から勉強していたし、今では数もかなりこなして十分次期王としての力を見せ
ていると自負していた。
しかし、こんな重要な情報を見逃していたとは・・・・・自分の力の無さが情けない。
「そなたは宮から出ないからな」
「地位のある人間が、やすやすと街を歩くものではありません」
「そのような硬いことを言うから、大切なものを手から零してしまうのだ」
「・・・・・」
「洸聖、賢王というのは自ら思うのではなく、周りがそう思ってくれているかどうかだぞ」
「・・・・・っ」
何を言われても言い返すことは出来ず、洸聖は拳を握り締めるだけだ。
そんな我が子を、洸英は目を細めて見つめていた。
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