光の国の恋物語





19









 洸聖が調べる間もなく、蓁羅の方から正式な使いがやってきた。
それには、直接王に対面したいという旨しか書かれておらず、当然蓁羅にはよい印象を持っていない家臣達は会う必要などない
と強硬に反対をした。
 「お前達はどう思う」
 家臣の意見を聞いた洸英は、息子達に聞いた。
 「・・・・・私は、先方の意図が分からない会見は出来るならば避けた方がいいと思います。先ずは大臣同士の交渉からでもい
いのではないでしょうか」
生真面目な洸聖の意見に頷き、今度は洸竣を促す。
 「私も兄上と同じです。元々国交がない相手に、始めから王自ら会うことはないと。それに、身分を隠してまで我が国に潜入し
たという経緯もありますし、慎重に対処した方がいいかと思います」
 普段暢気な洸竣も、真面目にそう答えた。
実際に洸竣は蓁羅の王と遭遇していて、たとえその時は相手が身分を隠していて分からなかったにせよ、何も気付かなかった自
分が悔しくて仕方がなかったのだ。
 「分かった」
 既に成人して、政務にも関わっている上2人の意見を聞いた洸英は、今度は下2人の皇子に視線を向けた。
 「お前達はどう思う?」
 「・・・・・ぼ、僕は、父上さえ宜しければ・・・・・会って頂きたいと思っています」
 「莉洸っ?」
鋭い声で自分の名前を呼ぶ洸聖から視線をそらしながら、莉洸は震える声で続けた。
 「あ、相手がどのような気持ちなのかは分かりませんが、こうして使者を寄越したからには何か・・・・・重要なお話ではないかと思
います。僕は、その話を聞かれた方が宜しいと思います」
 「・・・・・そうか。洸莱はどうだ?」
 「私は・・・・・会った方がいいと思います」
 上2人が否、下2人が是。
真っ二つに分かれてしまった意見に、洸英は苦笑を漏らすしかなかった。
しかし、対応は迅速にしなければならない。
もう一度口を開きかけた洸英はふと視線を感じて顔を上げた。執務室の入口が僅かに開かれ、そこから洸聖の許婚である悠羽
が顔を覗かせている。
 「・・・・・悠羽、中にお入り」
 「!」
 まるで悪戯がばれてしまったかのようにバツの悪い顔をした悠羽だったが、洸英の言葉に素直に部屋の中に入ってきた。
 「話は聞いていたな?そなたはどう思う?」
 「・・・・・」
悠羽はチラッと顔を上げて洸聖を見たが、直ぐに洸英に顔を向けて言った。
 「私も、お会いした方がいいと思います」
 「なぜ?」
 「蓁羅の現王は、それまでの王とは違ってかなり自国の為に尽力されていると聞いたことがあります。自分からは戦を仕掛けな
いようですし、元々蓁羅は光華国の一部であったと聞きますし、お会いするぐらいは構わないのではないかと・・・・・」
 「悠羽、そなたが政に口を出す必要は無い」
 「洸聖様」
 「父上、蓁羅の王に会うか会わぬかは父上のご判断に任せます。しかし、もしも会われると決めた時は私の同席もお許し願い
たい。次期光華の王として、蓁羅の王には会っておきたいのです」
これだけは譲れないと厳しい表情で自分を見つめる洸聖に頷くと、洸英は居並んだ息子達に向かって穏やかに言った。
 「分かった。早急にどうするか決めよう。みな、下がってよいぞ」



(・・・・・多分、会われるな)
 父の性格からすれば、見えないものに恐れを抱くような人間ではない。
 「・・・・・」
自分だったらどうしただろうか・・・・・洸聖は考えた。
父が不在の間、王の名代として色々な政務をこなしていたが、そんな時に今回の事があったら自分はどうしただろうかと思う。
父のように他の人間の意見を聞くことは無く、直ぐに拒否の意向を伝えたのではないだろうか。
(新しいことに怯えていると・・・・・?まさかっ)
 「洸聖様」
 「・・・・・っ」
 洸聖は今自分が浮かべているだろう不安の色を払拭し、少し眼光に力を込めて振り返った。
 「悠羽殿、覗き見とは王女がすることではない」
 「悠羽で結構です」
サランを後ろに従えた悠羽は、洸聖に向かって頭を下げた。
 「申し訳ありません」
 「・・・・・」
 「私はまだ奏禿の人間なのに、光華の内情について意見を言ってしまいました。洸聖様が気分を害されたとしても仕方がありま
せん」
 「・・・・・」
 「言ってしまったことはもう取り消すことは出来ませんが・・・・・本当にごめんなさい」
パラパラはねている赤毛を見下ろした洸聖は、しばらくしてゆっくりと言った。
 「・・・・・頭を下げることは無い」
 「洸聖様」
 「それに、そなたはもう光華の人間だ。自国のことを考えるのに遠慮は要らぬ」
 「・・・・・っ」
パッと、嬉しそうに顔を輝かせた悠羽から顔を逸らし、洸聖は足早に自分の執務室に向かう。
(私はなぜあんなことを・・・・・)
今までの自分ならば、女の身で(実際は悠羽は男だが)政に口を出した悠羽を簡単に許すことなどしなかっただろう。
他国の人間なので目に見えた制裁は出来ないが、それでもその行動に制限を付けていたと思う。
(・・・・・いや、光華の人間と・・・・・思っているのだ・・・・・)
洸聖の頭の中では、悠羽はもう他国の人間ではない。
光華の、この皇太子である自分の妃として、洸聖は悠羽を既に受け入れている自分に気付いた。それは、身体の関係を持った
からという事実からだけではない気がする。
(私は・・・・・悠羽をどうしたいのだ・・・・・)



 蓁羅の王、稀羅の来訪が決まったのはそれから2日後だった。
洸英にしては決断が遅れたのは、強硬に反対する家臣を説得するのに時間が掛かったからだろう。
(あの人が来る・・・・・)
 莉洸は胸がドキドキしていた。それは嬉しい時に感じるものとは違う、何か変化を感じる時の不安と緊張に近いものだ。
あの日、自分を助けてくれた綺麗な赤い瞳。あの目を遮るものなく真っ直ぐに見たいと思う反面、あの目に見つめられたら心臓が
止まってしまうほどの衝撃を受けそうな気もする。
 「莉洸」
 「あ、洸莱」
 ぼんやりと中庭の東屋に座っていた莉洸は、ゆっくりと近付いてきた自分よりも大きな弟を見上げた。
 「何?」
 「・・・・・莉洸は、蓁羅の王を知ってるんだな?」
 「!」
 「どういった経緯かは分からないけど、父上に聞かれた時、会った方がいいと言った莉洸の言葉でそう思った」
 「・・・・・」
 「大丈夫なのか?」
 「え?」
 「蓁羅の王に会っても大丈夫なのか?」
普段無口な弟は、莉洸に対しては言葉少なくとも声を掛けてくれる。それは、幼い頃に一番側にいたのが莉洸で、不遇な育ち
の弟は誰よりも莉洸に懐いてくれているからだ。
短い言葉の中にも自分を心配してくれていることが分かった莉洸は、小さく笑って手を伸ばした。
その手は、直ぐに洸莱がしっかりと握り締める。
 「僕にはみんながいるから」
 「・・・・・」
 「出来るなら、平和な話で来て頂けるといいのだけど・・・・・もしも、あまり良くない話でも、元は光華の人間だった人を受け入
れて頂きたいと思ってる」
 光華と蓁羅の経緯は、皇子である莉洸も勉強した。しかし、それはあくまでも光華から見た話で、実際のことは良く分からない
と思う。
だからというわけではないが、父とは蓁羅の王とよく話し合って欲しい。その上で新たな国交が結べればとてもいいことだ。
 「心配しないで、洸莱。きっと父上はどちらの国にとってもいいようにしてくださるよ」
 自分自身に言い聞かせるように莉洸は呟く。
しかし、蓁羅の王の来訪は、幸せに満ちた光華国にとっては嵐の訪れとなってしまった。