光の国の恋物語
20
3週間後、光の国光華国の王宮には、不気味にも思える黒ずくめの一団が現われた。
その顔は目以外は黒いマスクで覆われて分からないが、背が高く、大柄な身体は、見る者に威圧感を与えた。
「・・・・・」
(あれが、蓁羅の国の人・・・・・)
莉洸は小さく呟いた。
大国の余裕を見せ付ける為に王である稀羅の剣の携えは許可したが、他の人間は皆王宮の入口で剣を置いていくことを要
求した。
それに異を唱えることも無く従うのは、武国として剣術だけでなく体術にも優れている蓁羅の余裕なのか・・・・・ともかく、その十数
人の黒い一団を見る光華の人間は皆怯えたような、それでいて忌むような目だった。
その中で、莉洸は柱の影から先頭に立つ背に高い男をじっと見つめていた。
面影は遠くからでよく分からないが、マスクから見えている目は確かに赤い。
(やっぱり、あの人だ・・・・・)
「莉洸、父上から顔を出さないように言われているだろう」
「洸莱・・・・・」
後ろから洸莱に肩を抱かれた莉洸は、少し困ったように目を伏せた。
今日は部屋から出ないようにと言いつけられているのに、こうして出てきてしまったのがどういった理由か・・・・・洸莱だけには分かっ
てしまったのだろう。
「洸莱、僕は・・・・・」
「今は止めておいた方がいい」
「どうして?」
「相手の目的が分からない。莉洸、せめて父上達があいつから話を聞くまで大人しくしていた方がいい」
「・・・・・」
(だって・・・・・その前に・・・・・)
「莉洸、洸莱、こんなところで何をしている」
「竣兄様っ」
先ずは洸竣が一団を迎えに出る役を買って出たのか、鮮やかな青い正装姿の洸竣は眩しいほどに凛々しい。
普段は常に浮かべている口元の笑みも今は影を潜め、少し怒ったような目で莉洸と洸莱を交互に見つめた。
「お前達は部屋にいるようにと言われなかったか?」
「竣兄様、僕もあの人達に会ったら駄目かな?」
「莉洸、今回の来訪は相手の真意が分からぬものだ。そんな場に可愛いお前を置いておきたくはない父上のお気持ちが分から
ないか?」
「・・・・」
「洸莱、莉洸を部屋に。そのままお前も一緒にいろ」
「はい」
「分かったな?大人しく言う通りにしろ」
最後は何時ものように優しい笑みを浮かべた洸竣は、まだ俯いている莉洸の顔を上げさせてその頬に唇を寄せた。
そのまま一団に向かって歩いていく洸竣の背中を見送っていると・・・・・。
「あ・・・・・」
その先頭に立っている背の高い男・・・・・あの深い赤い瞳がこちらを見た気がした。
「王」
「分かっている」
すぐ側に付いている衣月の言葉に、稀羅は浅く頷いて顔を真っ直ぐに上げた。
蓁羅の王が正面からこの光華国を訪問するのは、多分この稀羅が初めてだろう。
元は同じ光華国とはいえ、その独立の仕方があまりにも暴力的だった為、今現在も2つの国の国交はほぼ断絶状態といっても
いい。
そんな中、王である稀羅自らの訪問はどんな裏があるのかと、光華国側は戦々恐々としているだろう。
小国とはいえ武国と名高い蓁羅は、戦をするにはかなりまずい相手のはずだった。
その反面、自分達に向けられる視線の中には蔑みの色も濃い。元は犯罪者や脱走兵の末裔だろうという思いが彼らの中にあ
るからだろう。
それは間違いではない。
ただ、今の自分達は彼らよりもはるかに努力して、あの貧国を世界が一目置く国にまでしてきたのだ。
なんら恥じる必要はないと稀羅が言い聞かせたせいか、付いてきた部下達も堂々と胸を張ってこの華やかな光華国の王宮の真
ん中を歩いている。
「・・・・・」
(・・・・・いた)
歩いていると、ふと横顔に視線を感じた。
視線だけを動かすと、そこにいるのがあの莉洸だというのが分かった。
(変わらぬな・・・・・)
ほぼひと月ぶりに会ったが、莉洸を欲しいと思う自分の気持ちは少しも薄れていないことを自覚する。光華国の光の皇子を手に
入れること・・・・・それが今の稀羅の最大の目的になっているのだ。
「・・・・・」
「・・・・・」
確かに、視線は交わった。やっとここまで来たのだ。
(我らを軽く見てはおられぬように、一歩も引き下がるつもりは無い)
奥歯を噛み締めると、ゆっくり近付いてくる足音がする。
「王」
「・・・・・」
衣月の気配が鋭くなった。
「ようこそ、光華へ」
「・・・・・」
ゆったりとした笑みを浮かべているのは、あの時街で見かけた優男・・・・・光華国自慢の第二皇子、洸竣だ。
身長は僅かに自分より低く、その身体の厚みはかなり細い気がする。しかし、少しも隙の無いその気配は、ただの暢気な皇子と
思わない方がいいようだ。
「初めてお目に掛かる」
「・・・・・初めて?」
意味深に繰り返した洸竣の目がきつくなる。
「・・・・・そうですね、初めまして、第二皇子、洸竣です」
「蓁羅の王、稀羅だ」
2人共自己紹介はするが手を差し出すことはしない。
互いにそれが失礼なことだとは言わずに、しばらくの間睨むように視線を交わしていた。
王宮内がざわめいているのを感じ、悠羽が落ち着き無く部屋の中を歩き回っていた。
「悠羽様、少しは落ち着いてください」
「だって、あの蓁羅の王が来ているんだぞっ?私も対面の場にいたいくらいなのにっ」
稀羅との対面には、王と洸聖、そして洸竣が立ち会うことが決まっていた。
悠羽としても自分が部外者だとは十分分かっているが、噂だけでなかなか真実の姿を語られない蓁羅の王を自分の目で見たい
という欲求は収まらないのだ。
「影から覗くだけというのは駄目かな?」
「直ぐに分かってしまいますよ」
「じゃあ・・・・・衛兵になりすますっていうのは?」
「悠羽様、それでは・・・・・」
「体格が違い過ぎるだろう」
「!!」
悠羽とサランはビクッと身体を震わせて振り向いた。
そこには既に正装している洸聖が、腕を組んで呆れたように溜め息を付いて立っていた。
「洸聖様っ」
「女というものは、むやみに人前に顔を晒すものではないだろう」
「・・・・・はい」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・ただ、悠羽、私はそなたの人を見る目というものを貴重なものだとも思っている。ベールで顔を隠し、一言も口を開かな
いと約束するなら同席を許そう」
「本当にっ?」
信じられない言葉に悠羽の顔は輝いた。
「私は嘘は言わない。どうする?」
「もちろん同席させてください!」
これまでの洸聖ならばとても言いそうにない言葉だった。しかし、それをわざわざ指摘することもない。
素直に頭を下げる悠羽に、洸聖は視線だけを動かして後を付いてくるように促した。
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