光の国の恋物語














(男だったのか・・・・・)
 不思議と、洸聖には騙されたショックや憤りは生まれなかった。
いや、頭の中のどこかで、これは好都合とさえ思った。
形だけでもこの悠羽と婚儀を挙げればしばらくは周りは静かなはずで、その先世継ぎの話が出てくれば子供が出来ない原因を
悠羽に着せ(事実、女と偽ったのは悠羽の方だ)、子を産む妾妃を迎えればいい。男だという負い目のある悠羽に、洸聖に抗
うだけの力は無いだろう。
とにかく後2,3年は自由な時間が欲しかった洸聖は、この分かりやすい茶番劇に乗ってやることにした。
 「悠羽殿」
 「・・・・・っ」
 名前を呼ぶと、一瞬怯えたように肩を竦め、次の瞬間慌ててキッと睨むような視線を向けてくる。
(随分気が強いらしい)
洸聖の口元に僅かに笑みが浮かんだ。
大人しい、言いなりになるだけの姫よりも、少しは退屈凌ぎになるかもしれないと思った。
 「長旅、お疲れでしょう。今日はこの国境の離宮でお休み頂き、明日改めて首都の王宮に御越し頂きたい」
 「・・・・・え・・・・・」
罵倒されなかったことが意外だったのか、悠羽は途惑ったように側にいるサランを振り返る。
サランは深く頭を下げた。
 「お心遣い感謝いたします」
サランの口上に軽く頷き、洸聖は先ほどからずっと面白そうにやり取りを見ていた洸竣を振り返る。
 「その前に弟を紹介しましょう。第二皇子の洸竣です」
 「初めまして、義姉上・・・・・かな?」
 「・・・・・初めまして、悠羽です」
華やかな笑みを浮かべながら手を差し出した洸竣に、悠羽は手を取らないまま頭を下げた。
行き場の無い手を苦笑しながら見つめた洸竣は、次に人形のように美しいサランにその手を向ける。
 「宜しく、サラン」
 「宜しくお願いします」
サランもまた、洸竣の手を取ることはない。
普通の女ならば頬を染め、うっとりと見惚れるような洸竣の色気がある笑みも、この2人には全く通じないようだ。
肩を竦める洸竣にチラッと視線を向けた後、洸聖は悠羽を見ながら言った。
 「離宮にお連れしましょう、私について来て下さい」



 「男だったとはねえ」
 離宮に着いた洸聖は、先ずは湯に入って汚れを落としてから夕食を共にと、一応社交辞令として誘った。
しかし、今日は疲れているからときっぱりと断られ、そのほうが気が楽だった洸聖も湯を浴び、今は寛いだ格好をして、丁度調べ
ておきたかった国境の出入り調査の書類に目を走らせていた。
 「驚かないの?兄上」
 「許婚を決めたのは私じゃない」
 「それにしてもさあ、あのサランっていう侍女ぐらい美人だったら分かるけど、あの容姿じゃあ・・・・・ねえ」
 「顔など、仮面と同じだろう。それに、男相手に手を出す出さないなど関係ないだろう」
 むしろ、美人でない方が好都合かもしれない。
容姿がよければ、なぜあんなに美しいのにと、更に余計な詮索をされかねない。
 「とにかく、婚儀はひと月後だと決まっている。それまで・・・・・」
 そこまで考えて、洸聖はどうしようかと考えた。
初めは勝手に動き回ってもらえばいいと思っていたが、男だとしたらそうはいかない。ばれてしまえば、また新たな花嫁候補を連れ
てこられるだろう。
(面倒なことは一度だけでたくさんだ)
 「兄上、莉洸に頼めば?」
 「莉洸に?」
 「あいつは素直な世間知らずだし、身体が弱い許婚殿の面倒は見てくれるだろう。不特定多数の召使い達を付けるよりも安
全じゃないか?」
 「・・・・・」
確かに、その方が安全かも知れない。
素直な莉洸は新しい義姉を迎えるのを楽しみにしていたくらいだ。きっと付きまとって世話をしたがるだろうし、悠羽としてもあの
莉洸をむげには出来ないだろう。
 「・・・・・それよりも洸竣、もう少しきちんとした格好をしろ」
 だらしなく胸元をはだけさせた格好をしている洸竣を見て、洸聖は眉を顰めながら注意したが、そんな忠告を素直に聞くような
洸竣ではなかった。
 「誰も見ていないのに?」
 「それでも、だ」
 「はいはい」
堅苦しい兄にこれ以上説教を受けない為にも、洸竣は笑いながら素早く襟元を直した。



 「あ〜!さっぱりした!!」
 「悠羽様、髪を乾かさなければっ」
 「こんなもの、少し時間が経てば勝手に乾く」
 濡れてますます赤毛に近い色になった髪は肩よりも少し長く、手入れを気にしないからかボサボサな切り口だ。
 「いい匂いがする泡袋があっただろ?あれ、多分すごく上等なものだろうなあ。さすが大国、光華だ」
風呂上りの悠羽は、上等の泡袋のせいで白い肌も輝くように綺麗になっている。
 「とにかく、男だと知られても洸聖殿のお怒りが無くてよろしかったですね」
 「あの男・・・・・多分、私の存在など意味がないと思っているんだろう」
 「悠羽様・・・・・」
 「それならばそれでいい。私も大国光華の皇太子妃として、表面上だけは取り繕ってやる」
悪戯っぽく笑った悠羽の顔は、子供のようなそばかすも魅力の一つになっていた。
悠羽の家族も、そして奏禿の国民も、悠羽の容姿など関係なく、その強い心と明るい笑顔を深く愛した。
そして、悠羽も、そんな家族や国民を愛し、その為ならと男の身で男の花嫁としてこの国にやってきたのだ。
 「噂以上に冷血感な男かもしれないが、かりそめにも私を妻としてくれるならばそれでいい。私は・・・・・もう国に帰ることは出来
ないのだから・・・・・」
 「そのようなことは・・・・・っ」
 「サラン、この異国の地で頼りになるのはそなただけだ。大変だろうが・・・・・私についてきて欲しい」
 「もちろんです。私は悠羽様をお守りする為に付いて来たのですから」
 「サラン」
 「親にも捨てられた忌み子の私を、ここまで暖かく育ててくださった奏禿の王と王妃の恩に報いる為にも、そして、兄弟のような
愛情を注いでくださった悠羽様の為にも、この命を懸けて守らせてください」
 「・・・・・分かった」
 力強く頷いた悠羽だったが、次の瞬間グウーと腹の音が部屋に鳴り響いた。
 「・・・・・お腹空いたな」
さすがに緊張していたのか、夜が明ける前に出発する時もまるで空腹は感じず、食事も取らないままでいたのだが、多少安堵を
したのかげんきんにも腹が空いてきたらしい。
白い頬を赤く染める悠羽を優しく見つめながら、サランはテーブルの上に目を走らせた。
そこには、先ほど運ばれてきた夕食が用意されている。
 「こちらを頂きましょうか」
 「・・・・・凄いご馳走だな」
 「本当に」
 「私だけ・・・・・皆に悪いな」
どんな時にも民の事を真っ先に考える悠羽が誇らしく、サランはそっとその肩を押してイスに座らせた。
 「・・・・・サランも一緒に」
 「私もですか?」
 「・・・・・1人じゃ淋しい」
温かなあの家族にもなかなか会うことは叶わなくなった。
広くて綺麗な部屋に、色鮮やかなご馳走。
しかし、悠羽の心を占めるのは、泣きたくなるほどの淋しさだった。