光の国の恋物語
21
「初めて御目に掛かる、蓁羅の王、稀羅と申す」
謁見の間は異様な光景に包まれた。
王座に座る光華国王、洸英。
その後ろに、正装した洸聖と洸竣、そしてベールで顔を隠した悠羽が立っている。
左右にはずらりと光華国の主だった重臣や貴族が強張った表情で居並んでいた。
「よくぞ参られた、稀羅殿。私が光華の王、洸英だ」
それに対面して立っているのは総勢十五人の蓁羅の一行。
その正面に立った蓁羅の王は、マスクを取ってその素顔を晒していた。
「・・・・・」
(確かに・・・・・禍々しいほどに輝く赤い目だ・・・・・)
洸聖は初めて見る稀羅を注意深く観察した。
本当にそんな人物がいるのかと疑問に思っていたが、確かに稀羅の目は炎のように赤く、見るものの魂を奪うかのように輝いてい
る。
男らしく整った顔は端正というには少し鋭く、それでも隠しているのが勿体無いと思えるほどのものだ。
身長も高く、身体もしなやかだががっしりとしていて、武国の王というのを体現している感じだった。
その体格の良さは稀羅だけではなく、今は膝を折っている蓁羅の家臣達も同様で、人数ではこちらの方がはるかに勝っているの
に、圧倒的な迫力を感じさせるだけのことはあるようだ。
「突然の謁見を快諾して頂き、まこと光華の王の度量の大きさに感服するだけです」
「いや、貴殿がそう言って来られるだけで、どれ程の覚悟をお持ちかはよく分かっておるつもりだ」
「・・・・・痛み入ります」
同じ一国の王という立場だが、国力は圧倒的に光華の方が大きい。
それに加え年長でもある洸英に、稀羅は今のところ洸英を立てているように見えた。
「ところで此度の来訪の意味を尋ねてもよろしいか」
「・・・・・王、それを話させて頂くには、まずは控えておられる方々の退室を願いたい」
「退室を?」
室内がざわめいた。
「さよう。ああ、王家の方々はそのままで結構」
「何をおっしゃられるかっ!初めてのご訪問でいきなりそうおっしゃられるのは不躾ではあるまいか!」
光華の親衛隊長がそう叫ぶと、あちらこちらから不満や非難の声が上がった。
それは予想通りだったのか稀羅は少しも臆することなく、ゆったりと言葉を続けた。
「我が国と貴国との苦い歴史は私も承知。しかし、このままではお互いがお互いを警戒するだけで何の進展も無いとはお思い
にならないか?私は一歩踏み出したいと思い、ここまでやってきたのです」
「それが過分なお申し入れだと・・・・・っ」
「よい。稀羅殿、貴殿の言葉に従おう」
「王!」
「信じたいのならば先ずは信じなければならない。そうであろう?」
「・・・・・」
(父上・・・・・)
全容が今もって分からない相手国の王と対するのがどんなに危険を伴うことかは洸聖もよく分かっているつもりだ。
もしも自分だったら・・・・・きっと直ぐに頷くことは出来なかったかもしれない。
これが王というものなのかと、父の背中を見つめながら洸聖は拳を握り締めた。
明らかに不本意そうにだが退室していく臣下達を見ながら、稀羅は自分の言葉に即座に反応した洸英をさすがに大国の王だ
と思わずにはいられなかった。
賢王と名高いが、それも嘘ではないらしいと思う。
「お前達も外で待て」
「・・・・・王」
「お前もだ、衣月」
一瞬、稀羅の顔を仰いだ衣月だったが、直ぐに頭を下げると合図をして皆を連れて外に出る。
人数はたった14人だが、選び抜いた先鋭達ばかり・・・・・1人で数十人を相手に出来るほどの腕前の者達ばかりだ。
側にいなくても心強く、稀羅は深く深呼吸をした。
「これで宜しいか」
やがて、謁見の間には稀羅と光華国の王族だけとなった。
これだけの広さに数人だけというのは妙に肌寒く、そして張り詰めた空気を感じる。
「そちらは皇子達でしょうか?」
「第一皇子洸聖と、第二皇子洸竣、そして洸聖の妃、悠羽だ」
「・・・・・」
軽く頭を下げた皇子達はさすがに硬い表情だ。
それでも光の4皇子と名高いのも分かる、それぞれに麗しい容姿の男達だった。
そして、第一皇子の妃と紹介された人物はベールで顔は分からなかったが、唯一見えるその目はなぜか不思議そうに輝いて、と
ても自分を恐れているという様子には見えなかった。
国内はもとより、国外ではその名を口にしただけで・・・・・いや、この赤い目を見ただけで皆恐れるというのに、恐怖を見せない
変わった女だと思う。
「それで、貴殿の望みはなんだ?」
「・・・・・」
稀羅の思惑を知らないはずなのに、洸英ははっきりとそう言った。
随分勘がいいようだと笑みが浮かんだが、まさか今自分が考えていることを同じ様に思っているとは思えない。
どういった反応が返ってくるか分からないが、稀羅はこの一言を言いにここまで来たのだと、真っ直ぐに洸英を見つめながら口を開
いた。
「我が国と光華の国交を回復したい」
「それは・・・・・もちろん私もそう思うが・・・・・」
「他国が我が国をどう思っているかは分かっているつもりです。しかし、私は光華を裏切るつもりは無い・・・・・ただ一つの願いが
聞き届けられたならば」
「・・・・・願い?」
洸英は目を眇める。
「貴殿の願いとは?」
「光華の皇子、第三王子の莉洸殿を頂きたい」
(莉洸殿をっ?)
悠羽は息をつめた。
いや、悠羽だけではなく、隣に立つ洸聖も洸竣も、そして今まで穏やかに稀羅と対峙していた洸英の顔色も一瞬のうちに真っ青
になった。
「・・・・・莉洸を・・・・・所望と?」
「いかにも」
「・・・・・あれは皇子だが」
「承知しています」
「・・・・・その意図は?」
「欲しいと思った・・・・・それだけです」
短い言葉の中に、稀羅の莉洸への執着が強く感じられた。
国外はおろか王宮からもあまり出たことが無い莉洸を、蓁羅の王である稀羅が見初めるのはほとんど不可能なはずだ。
多分、悠羽もいたあの時・・・・・あの街中で莉洸を救った時、稀羅は初めて莉洸を見たと思う。
(あの時、欲しいと・・・・・?)
そんな事があるのかと不思議に思うが、莉洸の父と兄達は悠羽のように疑問を抱くだけではいられなかったようだった。
「断わる!」
直ぐに、洸聖が断じた。
「我が弟を慰み者などにさせられるものか!」
「・・・・・」
「私も反対だ。大事な莉洸を手放せるはずが無いっ」
息子達2人の反応に、洸英も厳しい表情で言った。
「貴殿の意図は分からぬが、大事な子供を未知の国に渡すことなど出来ぬ」
「・・・・・それが、光華国国王としてのお答えか」
「・・・・・莉洸の父としての答えだ」
「・・・・・」
「わざわざここまで来られたのだ。しばらくはごゆるりとされるが良い。我が国の女人もなかなかに良いはずだ」
暗に、男の莉洸ではなく女を選ぶがいいと言っているようなものだが、この洸英の言葉も想像出来たものなのか、稀羅は口元に
冷笑を浮かべたまま答えない。
そんな稀羅に、洸英は念を押すように繰り返した。
「莉洸は我が国から出さない。宜しいか、稀羅殿」
「・・・・・分かりました」
最後にはそう答えた稀羅だったが、悠羽はそれが納得したという意味には聞こえなかった。
(何か・・・・・)
何か、起こるかもしれない・・・・・漠然な不安を感じながら、悠羽は稀羅の赤い目から視線を逸らすことが出来なかった。
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