光の国の恋物語





22









 その夜、光華国で行われた歓迎の祝宴は盛大なものだった。
蓁羅ほどの国力の一行を迎えるにしてはかなり過分な接待だったが、それだけ光華が蓁羅の存在を重視しているという証拠だろ
う。
 「・・・・・」
 「稀羅殿、お気に召す者がいれば何人でも言うが良いぞ」
客の前で舞を踊る踊り子も、酒を注ぐ侍女達も、選りすぐりの人間が揃えてあった。
普通の男ならば誰もが目を惹くであろう美女揃いだが、接待を受けているはずの蓁羅の男達に笑みは無い。
いや、今もってマスクをしている為にその表情までは分からないが・・・・・。
 「どうぞ」
 「・・・・・」
 悠羽が稀羅の前に座って酒を注ぐ。
その姿をじっと見つめていた稀羅は、にこりともせずに悠羽に言った。
 「そなた、私が恐ろしくないのか?」
 「恐ろしい?何がです?」
 「他には無いであろう、この赤い目は」
 「あ・・・・・確かに珍しいとは思いますが、何だか不思議な感じがしますけど・・・・・怖くは無いです」
それは悠羽の正直な考えだった。
確かに噂ばかり先行していた時は何も分からずに得体の知らない怖さだけを感じていたが、実際に会ってみると彼も人間なのだと
分かる。
赤い目も、見慣れればとても綺麗なものだ。
 「・・・・・変わっておるな」
悠羽の言葉に、稀羅は僅かに唇の端を上げた。
 「悠羽」
 そんな2人の間に割って入る声がして、悠羽の華奢な腕がグイッと引っ張られる。
 「なっ?」
パッと振り向いた悠羽は、ムッと眉を顰めた。



 「何をするんですか、洸聖様!」
 「何をと?」
(そなたが勝手にこの男に近付くからだろう!)
 目の前のこの男は、はっきりと莉洸が欲しいとその口で言ったのだ。妖艶な美女達にも少しも目が行かないこの男は、きっと男
を性愛の対象にするのだろう。
そうであれば、悠羽だとて狙われないとは限らない。
莉洸と悠羽では容姿の差はあるものの、悠羽には魅力があると・・・・・洸聖は思っている。
悠羽は自分の妃、自分のものなのだ。そう思った洸聖は、見詰め合う2人が許せなかった。
 「悠羽、そなたはもう部屋に戻るように」
 「え?だって、まだ・・・・・」
 「戻りなさい」
 「・・・・・」
 重ねて言うと、悠羽は渋々だが広間から出て行く。きっと明日には文句を言われるだろうが、とりあえず今は稀羅の前から姿を
消してくれてホッとした。
 「・・・・・そんなに可愛いものか?」
 去っていく悠羽の後ろ姿を見送っていた洸聖は、まるで嘲笑するように言った稀羅を振り向いた。
思わず睨んでしまうが、その口調は抑えて冷静だ。
 「まだ娶ったばかりですので」
 「変わった女だ」
 「・・・・・」
 「しかし、なかなか面白い。莉洸殿がいなければ、欲しかったところだ」
 「・・・・・っ」
(こ奴っ、莉洸だけではなく悠羽までも欲しいと言うのかっ)
腰に剣があれば、斬りかかったかもしれない。しかし・・・・・惜しいが今は何も持っていない。
せめて目線だけでも稀羅を射殺せるようにと睨む洸聖に、稀羅はふっと笑んで言った。
 「光華国の皇太子は冷静沈着な人物だと聞いていた。どんなことにも動じず、冷たいほど冷静な目で物事を見ていると思って
おったが・・・・・そのような感情も見せることがあるのだな」



 それから数時間後、表面上は滞りなく酒宴は終わった。
洸英が期待していたように、蓁羅の面々は稀羅以下誰も女を寝所に連れ帰るということはなかったが、無理矢理に押し付けるこ
とも出来なかったようだ。
 「・・・・・」
 案内された宿泊用の貴賓室は、信じられないほど立派なものだ。
豪奢というわけではなく、落ち着いたその雰囲気は、初めて泊まるはずの稀羅にとっても心地良いもののはずだった。
しかし、今夜稀羅はここに泊まるつもりは無い。
 「稀羅様」
 「場所は?」
 「南です。見張りが数人ついていますが」
 「私の言葉に反応したのだろう。その方がやり易い」
 酒宴で出された上品な酒は、蓁羅の国の人間からすればまるで水と同じだ。
全く酔いもしていない稀羅は、そのまま窓際に向かった。
 「奴らは」
 「既に退路は確保しています。後は獲物を手にするだけ」
 「・・・・・ああ」
稀羅が断わられるのが分かってまでわざわざここまで来たのは、その手に力ずくでも莉洸を手に入れる為だ。
この王宮内にこっそり忍び込むのは至難の業で、そもそも莉洸がどこにいるかさえも分からない。危険を犯して忍び込むよりもはる
かに、正面きって乗り込む方が得策だと思った。
仮にも一国の王をむざむざと追い返しはしないだろうという思惑通り、光華国は稀羅を受け入れた。いや、稀羅だけでなく14人
もの部下さえも受け入れたのだ。
 「・・・・・」
 窓を開け放つと、そこは2階ほどもある高さだが、僅かな外壁の突起を伝えばこのまま移動出来る。
(廊下には見張りはいるだろうが、こちらは手薄なようだしな)
蓁羅の人間の能力を、他の国の人間は僅かに表に出たことしか知らないはずだ。
 「よし、合図を」
 命ずると、頷いた衣月はそのまま鳥の様な鳴き声を放つ。
この月も無いような夜、今が動く時だった。



 「おやすみ」
 随分遅くまで部屋にいてくれた洸莱が出て行くと、莉洸ははあ〜と溜め息をついた。
結局酒宴にも出席することは許されず、莉洸は蓁羅の王を間近に見れないままだった。
(助けてもらったお礼も言いたかったのに・・・・・)
1人で会うのは怖いが、父や兄達と一緒ならば平気・・・・・そう思っていたのに、対面さえも許されない状態では何をすることも出
来ない。
 「何だか、様子だって変だし・・・・・」
 何時もは部屋の外にいない衛兵が2人立っているのも気に掛かる。自分が知らない間に、自分の事で何かあったのかもしれな
い・・・・・莉洸は漠然だがそう思っていた。
 「明日、悠羽様にお会いしようかな・・・・・」
悠羽ならば自分の複雑な思いを分かってくれるような気がして、莉洸はそう呟くと夜着に着替えようと寝室に向かおうとした。
その時。

  
ガタッ

(風?)
 今夜は月は出ていないが風も無かったはずなのに、窓がかなり煩く揺れているようだ。
 「鍵を閉めた方がいいかな」
そう思いながら、莉洸は片方だけしか閉めていなかった窓に手を伸ばした。
 「!!」
 「騒ぐな」
 窓の外・・・・・空中からいきなり伸びてきた手が莉洸の手首を掴んだ。
あまりの驚きに悲鳴も上げることが出来なかった莉洸は、そのまま窓から中に入ってくる人物を呆然と見つめるしかない。
 「・・・・・」
黒装束に黒いマスクをした、悠羽よりも二回り近くも大きなその人物は、マスクの隙間から覗く赤い目を真っ直ぐに莉洸に向けて
言った。
 「お前を貰いに来たぞ、光華の皇子、莉洸」