光の国の恋物語
23
莉洸の部屋の前を警護していた衛兵達は、中からドアが開いた瞬間に視線を向けた。
少しだけ開いたドアからは、莉洸が少し青褪めた顔色で立っている。
「莉洸様、いかがされましたか?」
「あ、あの、西の庭の方で明かりが見えたような気がしたんだ。多分、何とも無いとは思うんだけど、ちょっと見てきてくれる?」
「はっ」
3人いたうちの1人が慌てて走っていく。
その背を見送りながら、莉洸は続けて言った。
「の、喉も渇いてるから、何か持ってきてくれる?」
「莉洸様、それは今の者が戻ってからで宜しいでしょうか?」
「お願い」
莉洸のお願いに勝てる者などいなかった。2人は顔を見合わせたが、直ぐに1人が食堂に向かう。
「ごめんね」
「いいえ、お気になさらず」
「・・・・・ごめんなさい」
「莉洸様?」
莉洸の様子がおかしいと衛兵が身を乗り出したのと、ドアが大きく開かれたのはほぼ同時だった。
「!」
衛兵が腰の剣に手をやる前に飛び出した黒装束の男が、衛兵の首に腕を回して一気に締め付けた。
声も無くその場に崩れ落ちる衛兵に莉洸は駈け寄ろうとするが、その身体は軽々ともう1人の男・・・・・稀羅の肩に担がれてしま
う。
「死、死んでいないですよねっ?」
「息はあるはずだ」
見もせずに言う稀羅に莉洸は文句を言おうとしたが、あれほど遠くから見た時は綺麗だと思っていた赤い目が怖くて直ぐに俯いて
しまう。
そんな莉洸の横顔を見つめながら稀羅は言った。
「王子、早く外に出る道を教えろ。遅くなればそれだけ、血を流す人間が出るだけだ」
「・・・・・っ」
「早く」
「み、右です」
蓁羅の人間にとっては容易い壁伝いも、これ程にか細く力の無い莉洸にはとても無理だという事は始めから分かっていた。
背中に担いでということも考えたが万が一という事も考えられ、一番安全な方法は入って来た時と同様、この王宮の中から堂々
と抜けるという事だった。
その為にも協力者が必要で、それには連れ去る人物・・・・・莉洸が適任だった。
「いいな、少しでも不審な動きをすれば兵を斬る」
莉洸ではなく、衛兵を手に掛けると言った言葉はかなり効いたようだった。
莉洸は青褪めた顔で頷き、稀羅が言った通り衛兵を遠ざけて、1人だけ残った衛兵は簡単に衣月が落とした。
細身ながらも武術の達人である衣月は相手の急所を確実に狙い、瞬時に息を止めて気を失わせたのだ。
そのまま莉洸の誘導で王宮の裏庭に出た稀羅達は、既に待機していた部下達と合流した。
「裏門から出るか」
「南門に、出入りの商人達が通る小さな門があります。そこからの方が目立たないでしょう」
「よし」
何度も光華国に潜入している衣月の情報は確かなので、稀羅はその言葉通り南門に急いだ。とにかく一刻も早く王宮を出て、
国境を越えなければならない。
それは自分達の命にも関わるのだ。
「・・・・・」
稀羅は自分のマントにすっぽりと包んだ莉洸を見る。
荷物のように肩に担いだ状態だが、稀羅としては出来る限り大切に扱っているつもりだ。自分とは全く作りの違う小さな身体に負
担は掛けさせたくはないが・・・・・。
「王子、もうしばらく我慢しろ」
15人の蓁羅の一行・・・・・いや、莉洸を加えた16人は、そのまま暗闇に紛れて南門に向かった。
そろそろ莉洸が追い払った衛兵達が部屋の前に戻ってくる頃だ。
気を失わせた衛兵は莉洸の部屋に入れておいたが、鍵も無いのですぐ中を調べられれば異変には気付かれる。
その途端動く王宮内の衛兵を全て相手にするのはやはり厄介なので、その前にこの敷地からは出ておきたかった。
「・・・・・あった」
微かな声が言った。
「何人だ?」
「・・・・・4・・・・・5人ですね。やはり何時もより多い」
「よし」
稀羅が合図をすると、1人が胸元に入れていた石を取り出し、今まで自分達が来た方向とは全く違う方向の繁みに向かってそ
れを投げる。
ガササッ
「!」
「何だっ?」
その音に敏感に反応した衛兵が3人、剣を構えながら音の方向に走った。
その隙に稀羅の部下が残った2人に飛び掛り、声を出す暇も無く倒す。
「・・・・・」
本来は殺す方が簡単だったが、莉洸の目の前で血を流すことはしたくなかった。気を失わせるだけでは直ぐに気付かれて後を
追われてしまうが、足の腱を切らせたので直ぐには追って来れないだろう。
一向は素晴らしい統率力で移動し、既に以前から光華国に潜入させておいた者に用意させていた馬に乗ると、そのまま一気に
走らせた。
足の速い馬を選んだおいたはずで、たちまち王宮の門は遠ざかっていく。
全てが、稀羅の計画通りに進んだ。
「しっかり掴まっていろ」
「・・・・・っ」
きっと、鞍も無い馬に乗ったことは無いのだろう。いや、ほとんど王宮から出ることは無かったというこの王子は、馬に乗るのさえ数
えるほどしかないはずだ。
自分の前で馬の鬣にしがみ付くようにしている莉洸の身体を守るように後ろから抱きしめながら、稀羅は口元を歪ませる。
(もう・・・・・後には引けない)
この大国の王子を強奪したのだ。
どれ程の修羅の道になろうとも、稀羅はそのまま突き進むつもりだった。
「莉洸!!」
莉洸が部屋から消えたという一報を受けた洸聖は直ぐに莉洸の部屋に駆けつけた。
そこにはあの可愛い弟の姿はない。
「莉洸・・・・・っ、蓁羅の一行はっ!部屋にいるのか確かめろ!」
目まぐるしく動き出した王宮内は大騒ぎになっていた。
貴賓室に泊まっているはずの稀羅も、他の部屋に入るはずの部下達も姿はなかった。部屋の外には洸英がそれとなく見張りをつ
けていたのだが、ドアの外には出ていないとの報告を受けた。
「まさか、窓から?」
洸竣は眉を顰めたが、洸聖は有り得るだろうと思った。
武国と名高い蓁羅の兵士の身体能力は高いはずで、彼らならば外壁の僅かな突起を伝って移動することは可能なはずだ。
「洸聖様!南門の衛兵が2人倒されています!」
「殺されたのかっ?」
「足の腱を切られて追われないようにしているようです!」
「王子!街をかなりのスピードで馬を走らせて行った一団を見たと!」
次々に舞い込む報告に、洸聖は声を荒げて叫んだ。
「直ぐに追え!!」
(くそっ、まさか目の前から堂々と攫っていくとは!)
正面から乗り込んできて、王の前で堂々と莉洸を欲しいと言い放ち、歓迎の酒宴を終えたその夜、まさかこんな暴挙に出ると
は思わなかった。
いや、光華国の方が、洸聖が甘かったのだ。
「・・・・・莉洸っ!」
国境を越えられてしまったら、たとえ相手が犯罪者だとしても容易に手を出せなくなってしまう。
この光華国の領土内にいるうちに何とか捕まえなければと、洸聖は自らも馬に乗って王宮を飛び出して行った。
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