光の国の恋物語
25
「見えた!!」
前方に砂埃が見えた。
洸聖は更に馬を急かせ、前を行く略奪者に追いつこうと焦る。
多分、この騒ぎは国境の門を守る衛兵達も感じ取り、簡単には稀羅達を門外には出さないはずだ。いや、そうあって欲しいと願
いながら、洸聖は前方を睨みつけた。
「稀羅様っ、後方から追っ手が!」
「・・・・・っ」
(もう追い付いて来たのか!)
さすがに王宮から抜け出すまでに多少の時間が掛かった上、稀羅の馬には莉洸が乗っていた。
莉洸にとっては十分風のように早いと感じていたが、本来ならばまだ早く走れたのを、莉洸を思って少しだけ鞭を入れる回数を減
らしていた。
その分、必死の思いで追い掛けてきた相手に追いつかれそうになっているのかもしれない。
「我らが相手をするゆえ、王は門を!」
「すまぬっ!」
とにかく、稀羅と莉洸さえ国境を越えれば、後から家臣を助けることは出来るはずだ。
「止まれ〜〜!!!」
「止まれ!!」
尋常ではない馬の速さを確認した門番が、衛兵と数人門の前に立ちふさがって叫んでいる。
「・・・・・ちっ」
稀羅の腕の中にいるものが自分達の大切な王子だと知ったら抵抗もしないかも知れないが、あいにくそんな悠長なことをする時
間は無かったし、涙で濡れている莉洸の顔も見せたくは無かった。
「王子っ、しっかりと掴まっておれ!」
そのまま稀羅は片手で馬の手綱を握り、もう片方は剣を持った。
「歯向かうなら切り捨てる!!」
大声で叫びながら剣を振りかざすと、数人いた衛兵や門番がぎょっとしたように固まっているのが分かる。
間の前に立ちふさがる壁を壊すことに躊躇いは無かった。
国境の門まであと少しという場所で、急激に止まった馬がこちらに向かってくる。
洸聖は止まった馬の向こうへ走っていく2頭の馬に視線を向けた。
(あちらか・・・・・!)
多分、あの2頭の馬のどちらかに稀羅が乗っているのだろう。そして、その腕の中にはきっと怯えているだろう莉洸がいるに違いが無
い。
気持ちとしてはあの馬に早く追い付きたかったが、立ちふさがる稀羅の家臣達は手に剣を持ったまま洸聖達の行方を遮った。
「ここから先に行かせるわけには参らん!!」
「お前達っ、自分が何をしているのか分かっておるのか!他国の王子を攫い、兵士を傷付け、このまま国境を出れば戦になる
のは必死!!」
「先刻承知!我らは稀羅様のお心に従うまで!!」
「・・・・・っ!」
(ここで相手をしていては間に合わぬ!)
「洸竣!頼む!」
「兄上、早く!!」
今この場に追いついてきたのは、稀羅の家臣と同じくらいの人数だ。そう間を置かずにもっと大勢の兵士達が駆けつけるだろうが
それを待ってなどいられない。
とにかくこの場は洸竣に任せ、洸聖は稀羅達の方へ行こうとする。
「行かせぬ!」
「どけ!!」
普段、政務で王宮内にいることが多いが、洸聖も幼い頃から剣の師について腕を磨いている。
その太刀筋も褒められているくらいなので、稀羅の家臣も簡単に足止めをすることは出来なかった。
「莉洸!!」
兄の、振り絞るような声が聞こえた。
莉洸はむずかるように身体を捩ろうとする。
「じっとしていろっ!」
しかし、その動きは稀羅の鋭い声で凍りついたように止まってしまった。
「お、お願・・・・・お願いし・・・・・ます・・・・・っ」
「お前は離さぬ!!」
「止まれ!!」
「どけっ!!」
立ち塞がる衛兵を一刀に斬った。
目の前で飛ぶ鮮血がまるで鮮やかな華のように見え、莉洸は一瞬息が止まった気がする。
今までも耳にしてきた他国の戦の話・・・・・。しかし、莉洸は今までそれをどこか遠くの、現実に感じないただの物語のようにしか
聞いていなかった。
しかし、人は斬られれば赤い血を流す。
そして・・・・・死んでしまう。
「やだあ〜〜!!」
莉洸が叫ぶと同時に、稀羅の操る馬の鼻先が国境の門をくぐった。
「剣を納めよ!洸聖!!」
響く声に、洸聖だけではなく、剣を交えていた者達が瞬時に止まってしまった。
「莉・・・・・洸・・・・・」
国境の門の下、いや、僅かだが国境に出た場所に稀羅が立っていた。
その腕の中には、真っ青な顔で泣き続けている莉洸がいる。
「莉洸!!」
「剣を納めよ、洸聖殿。今我らは光華国ではない地に立っている。この場でそちらが剣を抜けば、どういったことになるか分から
ぬほど子供でもあるまい」
「・・・・・っ」
隣り合う国々の間にある、国境の地。そこはどの国の支配も受けない中立区だ。
そこで何か事件が起こった場合、大国10ヶ国の代表者によってその行いの是非が問われる。言い換えればその真偽が行われ
る前に手を出してしまえは、そちらの方が罪に問われる可能性があるのだ。
それが例え大国の王族だとしても同様だ。
「・・・・・兄上!」
洸竣が叫ぶが、洸聖は唇を噛み締めながら剣を下ろした。
その唇は血が滲むほど強く噛み締められている。
感情のままここで稀羅に斬りかかるほど洸聖は愚かではなかった。洸聖の背には、光華国の民がいるのだ。
たとえ勝つであろう戦だとしても、少しでも傷付き、命を失うかもしれない戦を簡単に起こせるはずもない。
「・・・・・っ」
「話が分かる方で良かった」
そんな洸聖の胸の内を読んだのか、稀羅はその頬に僅かに笑みを浮かべた。
「私の家臣を解放してもらおう」
既に何人か拘束されてしまった者を見ながら言う稀羅に洸聖は固く応じる。
「・・・・・否と言えば」
「否と言えるか?」
「・・・・・解放しろ」
「兄上!」
「あちらは莉洸を手にしている」
「・・・・・っ、くそ!」
ゾロゾロとゆっくりと国境の門をくぐる蓁羅の人間を、洸聖と洸竣はその視線だけで射殺しそうなほどに強く睨みつける。
それでも、稀羅の腕にいる莉洸を見ると動けないのだ。
「協力感謝する、皇太子、洸聖。この後は互いの大臣を通しての交渉になるが・・・・・しばらく弟王子は私がお預かりする。大
切に大切にもてなそうぞ」
そう言い捨てると、今度はこちらが焦れるほどにゆっくりと馬を走らせながら、黒い集団は国境を越えて蓁羅へと向かって行った。
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