光の国の恋物語





26









 「・・・・・」
 「いかがされましたか、悠羽様」
 食欲の無い胃に僅かだけ夕食を押し込み、風呂に入った悠羽はしばらく窓辺に立って何か考え込んでいた。
隣国の王による光華国王子の略奪・・・・・その信じられないほど大きな事件が自分のせいだと悠羽は思っているらしく、サランは
何度も悠羽に責任はないと言い続けた。
 実際に王の洸英も、洸竣も、そして洸聖さえも悠羽を責めることはなかった。
(戦が始まるかもしれない・・・・・)
国境目前で、莉洸に手が届かなかった洸聖と洸竣。
その悔しさがどれ程のものかサランに想像は出来なかったが、これ程の大事を犯した蓁羅が戦を想定していないとはとても思えな
い。
(このまま悠羽様をここに置いてもよいものか・・・・・)
一度、国に帰る算段をした方がいいかもしれない・・・・・そんなことを考えていたサランに、悠羽はくるっと振り返って言った。
 「少し出てくる」
 「どちらに?」
 「洸聖様のところ」
 「・・・・・洸聖様の?悠羽様、もう夜も更けております、明日にされてはいかがでしょうか?」
(また悠羽様をあんな風に傷付けられたりしたら・・・・・!)
 実際に陵辱されてしまった悠羽以上に、その悠羽を送り出したサランの罪悪感は深く重かった。
今の洸聖は莉洸を奪われて自暴自棄になっている可能性もあり、そんな男の元に大切な悠羽を送り出すことはしたくなかった。
しかし、悠羽はそんなサランの気持ちが分かるのか、口元に苦笑を浮かべたまま言った。
 「心配してくれてありがとう、サラン。でも大丈夫」
 「悠羽様」
 「男同士だとはいえ、あの方は私の許婚だ。確かに理不尽なことはされたが・・・・・多分、今日のあの方は大丈夫だと思う」
 「・・・・・」
 「行かせてくれ、サラン」
 「・・・・・私にお止めすることは出来ません」
 この大国に来ると決まった時、2人手を取り合って互いの味方は互いのみだと誓い合った。
大切な兄弟で主人でもある悠羽を守ることこそが自分の使命だと思っていた。
しかし、洸聖と出会った悠羽は、どんどんと変化をしていってしまい、その速度にサランは追いつけなくなってしまっていた。
 「部屋までお送り致します」
 「ここでいいよ、サラン。遅くなるようだったら先に休んでくれ」
 「・・・・・はい」
軽く手を振って部屋を出て行く悠羽の背を見送りながら、サランは深い溜め息を落とした。
(私は悠羽様に必要な人間なのだろうか・・・・・)



 ドアを叩いても、中からの返事は返って来なかった。
悠羽はどうしようかと思ったが、このまま帰るのもと思い、そのままそうっとドアを開いて中に入ってみた。
 「洸聖様」
 「・・・・・」
洸聖は、いた。
莉洸を追い掛けていた時に着ていた服装のまま、多分、食事も風呂も何もしていないのだろう。
日が暮れて王宮に戻ってきた時の洸聖と洸竣の顔は、もう真っ青で言葉も無いようだった。
それで全てを悟った洸英は2人を労い、明日今後の対策を話し合おうと2人に休むように言った。
その時、洸聖と目があったはずなのだが・・・・・いや、もしかしたら洸聖の目には悠羽の姿は映ってないのかもしれなかった。
 「洸聖様」
 「・・・・・何用だ」
 寝台に腰掛け、俯いたままで言う洸聖に、悠羽はその傍まで言って跪いた。
下から洸聖の顔を覗き込んでみると・・・・・泣いてはいないが、暗く固い表情をしている。
 「・・・・・私を笑いに来たのか」
 「まさかっ」
その言葉一つでも、洸聖がかなり参っているのが分かった。
本当なら、こんな風に弱った姿を誰にも見せたくないであろう誇り高い王子の姿は、悠羽にとってはかなり好ましく愛しい姿に映っ
た。
助けたいと、心から思う。
 「・・・・・洸聖様、私はあなたの何でしょうか」
 その思いそのままに、悠羽は洸聖の膝に手を置いた。
 「・・・・・」
 「男の私は妃とは思えないと言われるのでしたら、どうか同志として考えては下さいませんか?」
 「・・・・・同志と?」
訝しげに小さく呟いた洸聖に、悠羽はにっこりと笑って言った。
 「私は確かに男です。ならば、女に出来ないことが私には出来るのではないでしょうか」
 「・・・・・」
 「お許しを下さい」
 「許し?」
 「私が蓁羅へ行くことを」



 「悠羽っ?」
(何を言うのだっ?)
 いきなりの悠羽の提案に、洸聖は頷く前に驚いてしまった。
どの世界に好き好んであの国に行こうという人間がいるのだろうか。
 「許せるはずが無いだろう!」
 「なぜ?」
 「そなたは私の妃だ!妃をむざむざ危険に飛び込ませる夫がどこにいる!!」
 「・・・・・」
悠羽は何を驚いたのか目を丸くして洸聖を見つめていた。
しかし、洸聖は自分の言葉がどれ程悠羽に衝撃を与えているのか分からないまま、自分の膝に置かれた悠羽の手を握り締めな
がら強く言った。
 「蓁羅に対しては、王や私達が考えることだ。そなたが自ら動くことは無い」
 「・・・・・洸聖様は、私を家族だと思ってくださっているのですか?」
 「か・・・・・」
(家族・・・・・とは、違う・・・・・)
 弟達に感じるような温かい感情を悠羽に感じることはない。
何時も何時も悠羽に関しては自分でも思い掛けない感情ばかりが溢れ出てくる。
焦りとか。
途惑いとか。
渇望とか。
自分でも制御出来ない感情が悠羽に向けられていて、洸聖は今も悠羽をどう見ていいのか迷っている最中なのだ。
 しかし、悠羽はそんな洸聖の心を更に掻き乱すように言う。
 「洸聖様、私は既にこの国に骨を埋める覚悟で参りました。あなたの正式な妃になれるとは思っていませんが、既に莉洸様は
私にとって大切な家族といえる存在です。その家族を助けるのに、私が出来ることをしたいのです」
 「悠羽・・・・・」
 「話し合いにせよ、戦にせよ、こちらには蓁羅の情報が無いも同然。同等の立場に立つ為には、少しでもあちらの国の事情を
知っておいた方が宜しいかと」
 それは正論だった。
 「私ならば、言うのもお恥ずかしいですが特に目立つという事は無いでしょう。王の住まわれる場所には入れなくても、その周辺
の情報は集められるはず」
 「・・・・・」
 「同志にならせてくださいませ、洸聖様」
 「・・・・・強いな、そなたは」
体格も、多分知識も、悠羽よりは自分の方がはるかに上だと言い切れる。
しかし、自分にこんな風にきっぱりと言い切れる勇気と度胸があるだろうか。
(このままでは・・・・・私は目の前のこの男に負ける)
そう・・・・・目の前にいるのは自分が組み敷いた哀れな青年ではなく、自分を凌駕できるほどの度量を持つ男だった。
覚悟を・・・・・決めなければならない。
 「・・・・・悠羽、私に力を貸してくれるか」
 「当然です」
力強く笑って頷いた悠羽を見て、洸聖の唇にも強い意志が見える笑みが浮かんだ。