光の国の恋物語





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 翌日、悠羽を連れて現われた洸聖に、洸英は何事かと不思議そうな顔をした。
しかし、洸聖の口から今回の悠羽の蓁羅行きを聞いた途端、それは賛成出来かねるという厳しい顔になった。
 「悠羽はそなたの許婚であるが、婚儀を挙げていない今はまだ奏禿の王女だ。他国の姫を我が国の事情で情勢も分からぬ国
へやることは出来ぬ」
 「・・・・・」
(確かに、父上の言う通りだが・・・・・)
洸英の意見は真っ当なもので、本来なら洸聖もそう考えただろう。
しかし、昨夜悠羽の真摯な思いと硬い決意を知った洸聖は、父の形通りの反対は受け入れることが出来なかった。
 「父上、ここにいる悠羽は既に許婚というだけではありません」
 意をけっして、洸聖は真っ直ぐに洸英を見つめた。
 「悠羽は既に我が妻となっています」
 「・・・・・っ」
何を言い出すのだと、隣にいた悠羽は瞬時に真っ赤になって洸聖を振り返った。
しかし、洸聖はそんな悠羽の細い腰を抱くようにして、暗に洸英に自分達の関係を見せ付けた。
 「そなた・・・・・まさか・・・・・」
真面目で、自分と違い女関係はあっさりしている洸聖が、まだ式も挙げていない悠羽に手を出すとは全く考えていなかったのだろ
う。
洸英はしばらく厳しい表情で洸聖を見つめた後・・・・・はあ〜と深い溜め息をついた。
 「お前は・・・・・」
 「悠羽は既に我々の身内も同然。莉洸を救いたいという思いは同様です」
 「しかし・・・・・」
 「もちろん、悠羽を1人で行かすことは致しません。私も同行致します」
 「だ、駄目ですっ」
 それまで黙って2人の会話を聞いていた悠羽は慌てたように口を挟んできた。
 「あなたはこの国の皇太子ですよっ?王の次に国を統べる者です!そんな方が容易く他国に潜入するなどとおっしゃってはなり
ません!」
 「そなた1人で行かせるわけにはいかぬ」
自分が同行するつもりで悠羽の申し入れを受け入れた洸聖は、駄目だという悠羽の言葉も無視するつもりだった。
しかし、やはり悠羽は一筋縄な相手ではなかった。
洸聖への説得は無理と早々に判断したのか、その矛先を王である洸英に向けた。
 「王、洸聖様のお言葉は確かに心強く、嬉しいものです。でも、私はいずれこの光華国の王になられる洸聖様に、自ら動くこと
をさせたくはありません」
 「悠羽っ」
 「上に立つ者とは、広く世を見なければならないと思います。そんな者が自ら動けば私的な感情も生まれてしまうかもと思われま
せんか?」
 「・・・・・そうだな」
 「父上!」
 「洸聖様は既に光華国の顔として広く知られておりますゆえ、どちらにしても簡単には動くことは出来ないでしょう。でも、私の容
姿は平凡で目立たず、動くことも容易いかと。動くのは私が、指示は王や洸聖様が。これが万策だと思いますが・・・・・いかがで
しょう?」
有無を言わせない悠羽の理論に、しばらく考え込んでいた洸英は洸聖を見て・・・・・苦笑した。
 「どうやらお前はまたとない策士を手に入れたらしいな」
 「・・・・・」
 「奏禿がなかなか手離したがらなかったのが良く分かる。そなたは本当に得難い姫だ」
 「・・・・・」
(私だとて・・・・・とうに気付いていた)
 悠羽がただの何も知らないような王女ではないと、洸聖も既に認めていた。
それが分かるまでに少し時間が掛かってしまった自分に対し、会って数日でその能力を素直に認めた父親とは、やはりまだ格の
違いというものがあるのか・・・・・洸聖はギュッと拳を握り締める。
 「既に尻に敷かれておるな、洸聖」
 「国の母が強いというのは古(いにしえ)からですから」
辛うじて言い返すと、洸聖は自分を仰ぎ見て笑みを見せる悠羽に苦笑を向けた。



 「悠羽様お1人でなんて反対です!私もお連れ下さい!」
 洸英への報告を終えた悠羽は、洸聖と共に他の兄弟やサラン、黎の前でその話を報告した。
もちろんサランは即座に反対したが、既に洸英が認めたという事と、悠羽自身の決意が固いことを知ると、絶対に自分も同行す
ると言い張った。
 「同行を認めてくださらないのならば、私は命を張ってでも悠羽様をこの王宮から出しません!」
 「サラン」
 「お願いです、悠羽様、私も一緒にっ!」
 「・・・・・どういった国かも分からない所だ。いいのか?」
 「はい!」
 「・・・・・そうだな、サラン。私とそなたは一心同体、共に手を取り合う相手だった」
悠羽がそう言うと、サランの顔が嬉しそうに輝いた。
白い頬が気持ちの昂ぶりで赤く染まっていくのも艶かしいが、兄弟同然で育ってきた悠羽にはサランの美しさは当然のものと思う
だけだ。
 「あの・・・・・僕もお供します」
 そして、思い掛けない方向からも手が上がった。
 「黎っ?」
洸竣の後ろから少しだけ顔を出して言った黎に、主人であるはずの洸竣が驚いたように声を上げた。
 「そなたっ、何を言ったか分かっているのかっ?」
 「ぼ、僕、2年ほど前、蓁羅に行った事があるんです」
 「!」
 「母が身体を弱くして、蓁羅には良い薬草があると聞いたので・・・・・。山の中を分け入ったので、国を知っているとは言えませ
んが、多少は通った町や、王宮も見た覚えがあるので・・・・・お役に立つかどうかは分からないんですけど」
 「黎・・・・・」
(こんな子供が、あの蓁羅に1人で?)
 黎がどんな育ちなのかを、悠羽も詳しくは聞いていない。
しかし、たった数日しか一緒に過ごしていなくても、黎が大人し過ぎるほど大人しく、人に気を遣う性質だという事は分かった。
常に洸竣の後ろに従うように行動する黎を見ていると、そうしなければ生きてこられなかったのかと、18歳にしては子供のように華
奢な身体の黎を思う。
その黎が、自ら声を上げたのが莉洸のことだという事に、悠羽は人を思うことが当たり前のように考えているらしい黎を尊敬の眼差
しで見つめてしまった。
 ただ、洸竣はやはり反対のようで、黎の肩を掴んで言い聞かせるように話している。
 「黎、最悪向こうの人間に正体を見破られてしまったら、王族である悠羽殿は助かるかもしれないが、召使いまで命を助けてく
れるとは限らないんだぞ?」
 「はい」
 「怖くはないのか?」
 「怖い・・・・・ですけど、僕がお役に立てるならば」
 「黎」
 「家族が心配なのは、僕も分かるし・・・・・悠羽様のお手伝いが出来るなら・・・・・」
 「私?」
 「はい。お手伝いさせてください」
どうやら黎は、洸竣の為というよりは悠羽に協力したいと思ってくれていたらしい。
悠羽は思わず照れ臭そうに笑うが、対照的に洸竣は憮然とした表情になった。
 「お前達のような3人で、何かあったらどうするんだ」
(3人か)
 それでも、多分この3人で行くことになるようだと思った時。
 「4人」
新しい声が上がった。
 「洸莱?」
さすがに驚いた洸聖が何か言おうとするのを遮り、洸莱は16歳とはとても思えないような落ち着いた声で言った。
 「俺達の兄弟のことです。代表として俺も同行します」
 「洸莱!お前が行くのなら私が・・・・・っ」
 「洸竣兄上は顔が知られ過ぎています。私はまだ世間に出ていないので、光華の王子とは気付かれないでしょう」
 「洸莱」
 「4人でいいですね、悠羽殿」
洸聖に似た・・・・・しかし、まだ幾分若い洸莱の声に、悠羽は押し切られるように頷いてしまった。