光の国の恋物語





28









 見渡す限りの岩山に、枯れたような痩せた木々。
自分の国の緑豊かな山々と美しく咲き誇る花や木々しか見たことが無い莉洸は、こんな荒れたような土地を目で見て愕然とし
た。
(こんな国が本当にあるんだ・・・・・)
時折強くふく風にのるのは乾いた砂で、莉洸はその砂埃と乾いた空気のせいでコンコンと咳き込んでしまった。
 「・・・・・大丈夫か?」
 そんな莉洸の様子に直ぐ気付いたらしい男は、後ろから更に莉洸の身体を布で深く包みこんだ。
 「宮までもう直ぐだ。もうしばらく我慢してくれ」
 「・・・・・」
(今更そんな風に優しく言っても・・・・・)
大好きな兄達を面前に、今まで出たことも無かった光華国から強引に連れ去られてしまった莉洸は、丸三日、ほとんど休憩を
取ることも無く馬上で揺られて蓁羅の領土に足を踏み入れてしまった。
話だけ聞いた時ははるか遠くの国だという思いがあったが、こうして三日で来れてしまうほどに近い国なのだ。
それもそのはず、元は光華国の領土だったはずの蓁羅は、本当に近くて遠い国という言葉がピッタリだった。
(僕はどうなるんだろう・・・・・)
 あの時、自分を抱くこの男は兄に向かって、この後は大臣を通しての話し合いになると言った。いったいこの男が何を要求しよ
うというのか分からないが、自分が兄達の枷となってしまうのは避けようがないだろう。
莉洸は唇を噛み締め、俯くしかなかった。



 「王子、我が宮に着いたぞ」
 それからしばらくして、一行は王宮に着いた。
稀羅は自分の腕の中で何時までも身体の強張りを解かない莉洸を見下ろした後、先ず自分が馬から下りて続いて莉洸を下
ろした。
 自分を包んでいる布をしっかりと握り締めたまま、莉洸は怖々と周りを見つめている。
 「そなたの国とはまるで違う粗末さであろう」
 「・・・・・っ」
 「これでも、昔よりは良くなった」
最初の頃は、本当に普通の民家に毛が生えたような造りの王宮だった。
それを、国民が皆協力して、自分達で石をきり出して磨き上げ、今の形に造り上げたのだ。
光華国のような美しい装飾などはほとんど無く、華やかな色合いでもない簡素なものだが、稀羅はこの王宮をとても気に入って
いた。
 「ご無事の帰還、お喜び申し上げます、王!」
 「お帰りなさいませ、稀羅様っ」
 「稀羅様、ご無事で!」
 出迎えてくれる家臣達は、大臣や衛兵や召使い、身分も関係なく心から喜んで迎えてくれた。
貧しい国をここまで他国に物が言える国にまで押し上げた稀羅の功績を皆が認め、稀羅を盛り立てていこうという気持ちがある
からだ。
 「稀羅様、その方が?」
 「光華の宝石の一つだ」
 抱きしめた小さな身体が震えるのが分かる。
本当はこのまま過酷な旅の疲れを癒す為に休ませてやりたかったが、一応王宮にいる者達には莉洸の顔を覚えておいてもらわ
なければならなかった。
(本当ならば何者の目にも映したくはなかったが・・・・・)
 「王子」
 「・・・・・やっ」
 すっぽりと莉洸の身体を包んでいた布を取ると、周りからざわめきが聞こえた。
 「光華国の第三王子、莉洸殿だ。丁重にもてなしをするように」
一同が感嘆の眼差しで莉洸を見つめる意味はよく分かる。
蓁羅の民はその気候風土のせいか肌は浅黒く、髪も黒髪が多い。
赤い目をしているのは稀羅だけだが、他の者達は灰色の黒に近い瞳をしている者がほとんどだった。
それに比べ、陽に透けるような薄い茶色の髪と瞳に、真っ白い肌。整った顔も華奢な身体も、莉洸をまるで少女のように見せて
いる。
いや、実際、蓁羅の女達よりもはるかに、莉洸はか弱く美しかった。
 「王子の部屋は」
 「ご用意しておりますが・・・・・とてもかの国のようには」
 「構わぬ」
 「では、直ぐにお休みになりますか?」
 「その前に湯を浴びよう。砂埃だらけの身体で休ませるのは気の毒だ」
 「ではこちらに」
 先を行く家臣に続き、稀羅は莉洸の背を押して続こうとするが、その場に足が張り付いてしまったかのように莉洸は動かなかっ
た。
 「王子」
 「あ、あの、僕・・・・・」
それが嫌がらせなどではなく、本当に恐怖心を感じて動けないのだという事を悟り、稀羅は軽々と莉洸の身体を抱き上げた。
 「!お、下ろしてっ」
 「そなたが歩くよりも早い」
大勢の目がある中で、抱き上げられて運ばれるのは相当な屈辱を感じているのか・・・・・莉洸は稀羅の腕の中で益々身体を
小さく縮めてしまう。
(そうだ、誰にも顔を見せぬ方がいい)
稀羅は更に抱きしめる腕に力を込めた。



 「湯加減はいかがでしょう」
 「だ、大丈夫、構わないで」
 湯殿の外から掛かってくる女の声に慌てて答えた莉洸は、想像以上には広かった湯船に慌てて肩までつかった。
光華国でも世話をしてくれる召使い達はいるが、年頃になってからは湯浴みは自分でするようになった。貧弱な自分の身体を
他人に・・・・・特に女性には見られたくなかったからだ。
(確かに質素な造りだけど・・・・・頑丈には出来てる・・・・・)
 通ってきた廊下も、この湯殿も、装飾はほとんど無いものの造りはしっかりしているようだった。
 「・・・・・1人で良かった」
もしかしたら稀羅も一緒に入るのかと警戒したが、稀羅は王専用の湯殿が別にあるらしい。
部屋の前で別れた時、背中を向けられて一瞬心細いと思ってしまったが、莉洸はそう思ってしまった自分を瞬時に恥じた。
いくら弱々しくとも、政務に携わってこなくても、自分も光華国の王子なのだと改めて思い直したからだ。
 「・・・・・」
 会いたくないからといって何時までも湯につかっていることも出来ず、莉洸は意を決して湯船から立ち上がる。
外には世話をする召使いが控えていて、濡れた莉洸の身体を素早く丁寧に拭った。
 「王子のお肌はまるで赤子のようですわ」
 「本当に真っ白でお美しい」
 「・・・・・」
口々に莉洸を褒め称えてくれるが、それに何と返していいのか分からない。
黙ったままでいる莉洸に対して気分を害した様子も無く、女達は素早く服を着せていく。もちろん、蓁羅の王族の衣装だ。
 「こちらへ、王がお待ちです」
 「・・・・・」
 「王子?」
 「他の・・・・・王妃やお子様達もいらっしゃるのですか?」
だとしたら、莉洸もそれなりの覚悟を決めないといけない。敵国の王族を前に、無様な姿は見せられないからだ。
しかし、返ってきた言葉は思い掛けなかった。
 「王に正妃様はいらっしゃいません。お子様も同様ですわ」
 「・・・・・結婚、されてない?」
 「はい。王の伴侶になりたいものは星の数ほどおりますけれど」
王は私達の憧れのお方ですから・・・・・そう言う女性達の頬は上気し、その言葉が心から言っている言葉というのが分かった。
他国からは武王と恐れられている稀羅も、自国の民からはとても慕われているらしい。
(結婚されていないのか・・・・・)
兄達よりもかなり年上らしい稀羅が今だ独身というのは不思議だったが、他国から姫を娶るのは難しかったのかもしれない。
 「王子」
 莉洸は頭を振って意識を切り替える。
どんな理由があろうとも、卑怯な手段で自分はこの国に連れて来られたのだ。
光華の王子として、顔を上げて対峙しなければならないと思った。