光の国の恋物語
4
次の日、もう日も暮れた頃に一行は首都に辿り着いた。
「お疲れでしょう」
「・・・・・いえ、思ったよりも早く着いたので」
これはほとんど首都に面していると言ってもいい北の門ならではの移動時間で、首都に一番遠い国境の南の門だったら軽く数
週間は掛かるだろう。
馬での移動はきついかと思い、洸聖は時間は掛かるが2人に輿(上に人を乗せて、数人の担ぎ手によって運ぶ乗り物)を用
意すると申し出たが、馬で十分だと2人はその申し出を断った。
ならばと、洸聖はほとんど手綱を緩めることは無しに、僅かな休憩だけで首都まで馬を走らせてきたが、口で言っていたことは
偽りではなく2人は遅れることもなく付いてきた。
(男である悠羽はともかく、侍女まで男勝りとはな)
王宮の門前には多くの召使いや兵士達と共に、留守番をしていた莉洸と洸莱も待っていた。
「兄様!」
洸聖は飛びつくように抱きついてきた莉洸を抱きしめ、その口元に僅かながら優しい笑みを浮かべて言った。
「出迎え、ご苦労」
「だって、早く義姉上に会いたかったから!」
莉洸は洸聖の背中越しに、所在無げに立っている2人の人物を見た。
「綺麗・・・・・」
「え?」
「すっごく、綺麗な人だね!」
「莉・・・・・」
莉洸がどちらを見てそう言ったか直ぐに見当がついた洸聖が止めるより先に、莉洸は2人に駈け寄ると・・・・・サランの前に立って
膝を折った。
「お初にお目に掛かります、光華の第三皇子、莉洸と申します」
「莉洸様・・・・・」
莉洸が自分と悠羽を間違えていることに直ぐ気付いたサランは、莉洸に失礼がないようにその場に跪いて最敬礼を取りながら
静かに言った。
「わたくしは悠羽様の侍女、サランと申します。以後、お見知りおきを」
「え?」
莉洸は目を丸くしてサランを見下ろし、直ぐに慌てたように悠羽を振り返って頭を下げた。
「もっ、申し訳ありません!!僕、僕、なんて間違いを・・・・・」
「構いません、莉洸様。私とサランを見れば、どちらが一国の姫に見えるか私も分かります」
「悠羽様っ」
「洸聖様の婚約者として、今日からお世話になる奏禿王女、悠羽と申します。これからよろしくお願いしますね、莉洸様」
「は、はい、こちらこそっ」
「・・・・・」
(・・・・・大人の対応だな)
女ではないとはいえ、侍女と間違えられるなど本当ならば相当の屈辱のはずなのに、悠羽の表情からは虚勢も拒絶も見取
ることが出来ない。
頬に浮かんでいる笑みはとても柔らかで、こんな笑顔を見るとなぜかこちらまで笑みが浮かんできそうになった。
(・・・・・私は何を・・・・・)
そこまで考えた時、洸聖は直ぐに今の自分の考えを振り払った。
悠羽の笑顔がどんなに温かいものでも、話す言葉に知性を感じても、所詮は男であることには変わりがない。
形だけの妻にするしかないのだ。
(綺麗な子だなあ〜。光華って、ホント美形揃いの兄弟なんだな)
悠羽は目の前に立つ莉洸を見つめながらしみじみ思っていた。
大国、光華の4兄弟の話は、この世界のかなりの人間が知っていると言ってもいい。
智(ち)の第一皇子と。
艶(えん)の第二皇子。
楽(らく)の第三皇子に。
剛(ごう)の第四皇子。
どの皇子も国を誇る存在だとしてその名をとどろかせており、各国の王女達や貴族の娘達の中には我こそはと自身を売り込ん
でくる者も多いらしい。
(それなのに、どうして私なんかを選ぶのか・・・・・)
望んでもいなかった婚約。代われるものならば代わってやりたいほどだ。
「悠羽様、弟の洸莱です」
悠羽の笑顔に安心したのか、莉洸は少し離れて立っている洸莱を呼んだ。
兄の莉洸よりも縦も横も大きい洸莱は、無表情のまま歩み寄って形ばかりの礼をとった。
「洸莱です」
「悠羽です。サラン共々、よろしく」
悠羽の隣でサランは頭を下げ、洸莱もそれに軽く会釈を返す。
「続きは中で」
ひとまずの挨拶が終わったのを見て取ると、洸聖は短くそう言ってさっさと王宮の中に入っていく。
「・・・・・」
(なんだ、この態度は・・・・・)
幾ら悠羽を男だと知っていても、これほど臣下達が居並ぶ場所で手の一つも差し出さないとはかなりの無作法だ。
もちろん、悠羽自身手を差し出されたらやんわりと断る気だったが、その気配もないと少しムッとしてしまう。
「悠羽様?」
傍にいた莉洸が、可愛らしく首を傾げながら自分を見つめている。
同じ男でも、莉洸ほど可愛らしい顔をしていれば洸聖の態度も変わっただろうか・・・・・そこまで考えた悠羽は口の中で舌打ち
をした。
(私は何を考えてるんだ・・・・・っ)
花嫁とは名目ばかり、悠羽はこの光華には人質としてやってきたと思っている。そこに愛情など存在するはずがないのだ。
「何でもありませんよ。サラン」
「はい」
馬に括りつけていた荷物は召使いが運んでくれるだろうが、その中でも大切なものが入っている袋はサランが持つことになって
いた。
すると・・・・・。
「俺が」
横から、洸莱がその荷物を取った。
細いサランの手にはかなりの大きさと重さに見えた袋も、洸莱が手にすれば小さく見える。
「皇子のお手を煩わせることは・・・・・」
「女が荷物を持つことはない」
16歳という歳のわりには落ち着いた洸莱が短く言うと、振り返った悠羽も苦笑を浮かべながら言った。
「サラン、お言葉に甘えなさい」
「・・・・・はい」
複雑な表情になったサランは、一瞬洸莱を見上げた後に深々と頭を下げた。
この国では見たこともない、輝くような銀髪に美しく整った白い顔。
普段、莉洸以外のどんなことにも関心がない洸莱は、突然現われた美しい異国の民に視線を奪われていた。
兄達や、まだ16の自分にまで纏わり付いてくる女達とは全く違う、生々しさが全くない・・・・・言葉を変えれば作り物のような
無性の存在感。
(生きてるんだろうか・・・・・)
その手から荷物を取る時、僅かに触れた指先はひんやりと冷たかった。
サランは空の色の瞳を洸莱に向け、丁寧に頭を下げる。
「サラン」
「はい」
悠羽が呼ぶと、人形のようなサランに表情が生まれた。
小さく綻んだ綺麗な唇。
(・・・・・笑えるのか)
自分に似ているかもしれない・・・・・洸莱はそう思った。
莉洸の前では自分が笑えるように、このサランも悠羽の前でだけ笑えるのかもしれない。
「お願い致します、洸莱様」
「・・・・・ああ」
サランが自分の名前を呼んだ時、洸莱は身体の中のどこかがドクンと波打ったのを感じた。
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