光の国の恋物語
30
「悠羽様、私はまだ納得が出来ておりません」
「え?」
いよいよ今日光華国を出発し、莉洸が攫われてしまった蓁羅へ偵察に向かうという日の朝。
動きやすく簡素な従者の衣装を纏った悠羽は、恨めしげに言うサランを振り返った。
幾重にも薄絹を重ねた衣装に、綺麗に髪を結い上げた姿のサランは、どう見ても身分が高い娘の姿だった。
(やはりこれで間違いはなかったな)
「どうして?その衣装、よく似合っているぞ。どこからどう見ても、立派な姫君だ」
耳飾も首飾りも指輪も、派手ではないが全て価値のあるもので、それらは王である洸英が揃えてくれた。
元々持っているサランの品の良さと、容姿の美しさ、身につけているもの・・・・・全てがサランを身分のある姫に見せている。
「・・・・・私が主人の役とは、やはりっ」
「でも、サランが最適なんだよ」
黎の話では、蓁羅は荒れた土地ながら珍しい薬草が多い土地だということだった。
それならばどんな方法が一行が一番目立たないか・・・・・それは、蓁羅ではままある光景の、薬草探しがいいのではということに
なったのだ。
確かに4人の中で身分が高いのは悠羽と洸莱だが、何も知らない他人はまず見た目で判断するだろう。
それならば自分よりサランの方が最適だと言い出した悠羽の意見が採用され、貴族の娘役がサラン、召使い役が悠羽と黎、護
衛の役が洸莱ということになったのだ。
しかし、サランとしては主人の悠羽よりも良い着物を着て、良い馬に乗るということがなかなか納得いかないことらしく、出発直
前になった今でも異を唱えていた。
「やはり主人役は悠羽様が」
「サラン」
「ならば、洸莱様でもっ」
「サラン、納得してくれたのではないのか?」
「・・・・・」
「どう見たって、この中ではサランが一番綺麗で上品だし、主人役には一番合っている。私も洸莱様も、そのことに納得している
んだ。サランが私の事を思いやってくれるのは嬉しいけど、出来ればこうして従者の方が動きやすいし、サラン、どうか協力してくれ
ないか?」
(悠羽様はずるい方だ・・・・・)
サランが悠羽の願いを無下に出来ないと知ってそう言う悠羽に、サランは諦めの溜め息をつくしかない。
丁度その時、ドアが叩かれ、中に洸莱と黎が入ってきた。
「サランさん・・・・・綺麗」
「・・・・・」
素直な黎の言葉に、サランは苦笑を零した。
「中身が無いゆえ、恥ずかしいのですが・・・・・」
「そんなことないですっ」
一生懸命そう言う黎の服も、従者らしい簡易な旅服だ。
自分もあの格好の方が気楽だったと思いながら見つめていたサランは、ふと横顔に視線を感じて顔を上げて振り返った。
そこには、護衛の騎士の格好をした洸莱が立っている。
(こうして見ると、とても16歳には見えないな)
最年少ながらこの中で一番落ち着いていて、物静かに見える洸莱。いや、現にサラン達が光華国に来て以来、洸莱の声自
体ほとんど聞く事は無かったくらいだ。
今も、これから敵国に乗り込んで行くというのに、洸莱の表情には気負いも恐れも浮かんでいない。
可愛げがないというよりも安心出来るような気がして、サランは小さく微笑んで頭を下げた。
「よろしくお願い致します、洸莱様」
「・・・・・洸莱でいい」
「え?」
「王宮を出た瞬間から、主人はそなたで俺は護衛だ。護衛に敬称を付ける主人はいないだろう」
淡々と言う洸莱に、サランは素直に頷いた。
「・・・・・はい」
(本当に・・・・・少年らしくない方だな)
それが褒め言葉になるのかどうか・・・・・それでも、サランはこの国で一番頼りになる年少の王子に静かに微笑みかける。
それは誰が見ても美しく、しかし儚い笑みだった。
(・・・・・綺麗だな)
自分が黎のように素直な性格ならば直ぐにでも口にしたい言葉だが、自分でも口が重い自覚がある洸莱はただじっとサランを
見つめるしかなかった。
とてもただの召使いには見えないサランの容姿や所作に、憧れの目を向けるものは王宮内にもかなりの人数がいたが、サランの
目に映るのは悠羽だけで、他の人間は近寄りがたい空気を感じていた。
ただ、なぜか洸莱には好意を含んだ視線を向けてきて、時折話し掛けても来る。
特別扱いのようなその感覚は、莉洸から向けられるそれとはまた違った気恥ずかしい嬉しさがあった。もちろん顔には出ないが。
「洸莱様、頼りにしています」
ふと、サランの向こうから声がした。
すっかり召使いになりきった悠羽が、にっこり笑って話し掛けて来たのだ。
「悠羽殿」
「悠羽、ですよ」
「・・・・・」
「さっき、洸莱様もサランに言ったでしょう?王宮を出ればその役になりきらなければならないのだから、今から私のことは悠羽と
呼んでください」
「・・・・・そうですね」
「莉洸様を取り戻す為にも、頑張りましょう」
「・・・・・」
人は見掛けによらないとはよく言うが、この悠羽はまさにその言葉を体現しているように思えた。
誰よりも視野が広く、勇敢で、決断力がある。
初対面ではその容姿のせいかサランを王女と見間違ってしまったが、今ではその魂の輝きが良く見えて、一国を背負う人間なの
だと十分納得がいった。
「・・・・・それでは悠羽、王に挨拶に向かおう」
「はい。じゃあ、サラン様、黎」
主人からの敬称に慣れないサランが途惑った表情をするのを、洸莱は珍しいものを見たような気がして見つめていた。
「・・・・・」
目の前にずらりと並んだ4人を見て、洸英は改めて深い溜め息をついた。
もう決定したこととはいえ、ギリギリの今になっても本当にいいのだろうかという迷いが残っているからだ。
自分の子供、洸莱はもちろん、大切な預かり物である悠羽やサラン、そして自国の民である黎。そして・・・・・攫われてしまった
莉洸。
誰もの命が大切で、出来れば自らが動きたいほどだったが、一国の王となると自由に敵地にも乗り込めない。
「・・・・・悠羽殿、くれぐれも無理はしないように」
「はい」
「サランと黎も、自分が犠牲になることは考えるな」
「はい」
「は、はい」
「洸莱、まだ成人しておらぬそなたにこのような重責を負わすのは忍びないが・・・・・くれぐれもこの3人を守ってくれ。もちろん、そ
なた自身もだ」
「・・・・・はい」
諸事情があってなかなか引き取ることが出来なかった洸莱を、洸英は子供達の誰よりも気に掛けていた。
感情表現が薄いのも自分のせいだと思い、何とかしなければとも思っていたが、その前にこんな事態になるとは思ってもみなかっ
た。
(・・・・・仕方あるまい、この4人に託すしかないからな)
どんなに忍びで偵察を差し向けても、なかなか真実の姿を知ることが出来なかった蓁羅。
元は同じ領土、そして今も一番近い他国というのに、その情報量はあまりにも少ない。
それまでの家臣達を信じていないというわけではないが、王族という一番身近な者の言葉や目は無条件に信じられると思う。
それほどには、洸英は洸莱を愛していた。
「無事の帰還を祈る」
「それでは行ってまいります」
深々と頭を下げた4人の無事を、洸英はただ祈るしか出来なかった。
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