光の国の恋物語





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 表門から出るのは目立つだろうという事で、一行の出立は裏門からひっそりとという事になった。
 「・・・・・本当に行くんだな」
洸竣は黎の顔を見て深い溜め息をついた。
 「ちゃんと、皆さんの足手まといにならないように頑張ります」
 「・・・・・そういう事を言っているわけではないんだが」
(こんな顔を見たら頭から反対することも出来ないな)
 初めて町で会った時、黎は全てを諦めたような歳に似合わぬ老成をしている少年だった。
王宮に召し上げてからは、自分はいったい何をしたらいいのだろうかと常に不安そうで、新しい主人となった洸竣にもなかなか打ち
解けようとはしなかった。
 それが、今回の旅の同行を申し出てから、黎の表情は途端に生き生きとしたものになった。
どうやら町で自分と同じ目線で話してくれた悠羽の為に動けることが嬉しいらしい。
(基本的に、人の為に動くことを厭わない子なんだな)
 「黎、父上もおっしゃっていたが、悠羽殿や洸莱の立場を考えてくれるのはありがたいが、そなた自身もけして犠牲になどならぬ
ように」
 「はい、ありがとうございます」
 「・・・・・」
 「洸竣様、僕を召し上げてくださってありがとうございます」
 「黎・・・・・」
 「僕はこれまで何事にもただ流されるかのように生きてきました。元の主人に仕えていたのも、母がそう望んだからです。でも、今
回の旅のお供は僕自身が悠羽様の、皆様のお役に立ちたいと、心から思って同行を許して頂きました。重大な役割を頂いたこ
と、心を引き締めて務めさせて頂きます」
 「・・・・・頼む」
 主人の暴言に口答えもせずに、暗い目をして俯いていた黎。
本来洸竣は黎にもっと自由に生きて欲しいと思って半ば強引に王宮に呼び寄せたのだが、黎のまとっていた硬い殻に最初にヒビ
を入れたのが悠羽だと思うと少し面白くない気分だった。
ただ、悠羽は兄である洸聖の伴侶であるので、これ以上の親密な間柄にはならないだろうが・・・・・。
 「気を付けて」
 「はい、行ってまいります」



 自分の乗る馬に荷物を載せた悠羽は、直ぐ傍に立ってじっと視線を向けてくる洸聖を苦笑を零しながら振り返った。
 「それでは、行ってまいります」
 「・・・・・」
 「洸聖様」
 「・・・・・そなたの勇気や思いは尊重するが・・・・・」
(やはり行かせたくないという思いもある・・・・・)
悠羽の真摯な思いを聞き、全てに納得をした上で送り出すことにしたはずだったが、それでも洸聖は心配な思いを簡単に消し去
ることは出来なかった。
確かに蓁羅の内情を知りたいのは山々だが、それは危険と隣り合わせである。
幾ら悠羽に多少の武術の心得があったとしても、それだけで抵抗出来るかどうか・・・・・。
(男だという事を気付かねばな)
 どんなに悠羽が進言しても、王女であったらこんな危険な真似はさせなかった。
しかし、悠羽は男だった。
世間的には王女として通していても、本人の気持ちは立派な男のもので、自分が出来ることは進んでするという固い意思を持っ
ているのだ。
 「ご心配には及びません。危険が目の前にあれば避けて通りますから」
 「・・・・・」
 「この身で光華国にまでやってきたのです。私は案外ずるい人間なのですよ」
 笑っていう悠羽の言葉に、洸聖は真面目に頷いた。
 「ずるくても構わぬ。一番大切なのはそなたの・・・・・そなた達の命だ。もちろん、莉洸の命も大切だが、あれほどの危険を冒し
てでも生きたまま連れ去ったくらいだ、簡単に命を奪うという事はしないはずだろう」
 「そうですね。少しお話をさせて頂いただけですが、私も蓁羅の王がそれ程無教養ではないと感じました。莉洸様を連れ去った
のにも何か意味が・・・・・もちろん、その方法はけして正しくはありませんが」
 「・・・・・あの男を弁護する必要は無い」
自分以外の、それも莉洸を連れ去った男を擁護するような言葉は聞きたくない。
自然と険しい表情になった洸聖に、悠羽は失礼しましたと素直に頭を下げた。
 「とにかく、莉洸様に一刻も早く無事にお戻り頂く為に、私達で出来ることは全てするつもりです。洸聖様はどうかここで、その
対策をお考え下さい」
 「・・・・・分かった」
 「じゃあ」
 「悠羽」
 「はい?」
 「無事の帰りを待っている」
 「・・・・・はい」
悠羽はしっかりと頷くと、軽やかに馬に飛び乗った。



 「行こう!」
 見送りは洸聖と洸竣、そして数人の衛兵だけだった。
こちらの動きを悟らせない為には出来るだけ目立たぬようにとの配慮からなのだが、悠羽は少しも淋しいとは思わなかった。
既にこの光華国は、祖国奏禿と同様、悠羽にとって大切な国となっている。莉洸も、大事な家族だ。その家族を救うためにこう
して自ら動けることが嬉しい。
かえって、容易には動けない洸聖や洸竣、そして洸英を気の毒に思うほどだった。
 「しっかり付いて来る様に!」
 悠羽とサランは馬には慣れていて、見掛けよりもかなり巧みな手綱捌きが出来た。
洸莱も、遠出などはしたことが無いようだが、王宮内でそれなりの訓練を受けていて、馬に乗る姿は危なげがない。
ただ、黎だけはあまり慣れてはいないようで、サランと同じ馬に乗って移動することとなっていた。
パッと見は黎が手綱を捌いているように見えるが、実際に動かすのはサランなのだ。
 「大丈夫か、サラン」
 「ええ。黎、しっかり掴まっていて下さい」
 「は、はい」
 「町を通らない道はこちらだったな」
 国内の地形は頭の中にあるのか、洸莱の言葉には迷いは無かった。
出来るだけ人に見られないように、そして出来るだけ早くと、自然と馬を走らせるのは険しい道になってしまう。
 「・・・・・っ」
 悠羽は馬を走らせながら後ろを振り返った。
綺麗な衣装を着たサランは裾が捲れるのも気にせず、背中に黎をしがみ付かせて馬を走らせている。
(なにか・・・・・似合わない)
見掛けの優美さとは打って変わり、サランはかなり武術の腕がたつ。
姿の優美さの為に様々な危険がその身に及んでしまうであろう事を憂いた悠羽の父、奏禿の王が、護身術といえるような武術
を習得させたのだ。
たおやかで細い腕が、簡単に大男を投げ飛ばすのは痛快なほどだった。
 次に、悠羽は少し前を走っている洸莱に視線を向ける。
先程から洸莱もサラン達の馬を気にする視線を向けていることが分かっていたので、悠羽は埃を防ぐ為にしているマスク越しに少
し大きく叫んだ。
 「サランは心配いりません!」
 「・・・・・」
 「このまま国境まで先導をお願いします!」
 「・・・・・」
 洸莱は頷き、また少し馬の速度を上げた。
自分の目で確かめても、サランは心配が要らないと分かったのだろう。
(無口だけど分かりやすい方だな・・・・・)
言葉数は極端に少ないものの、本来素直らしい洸莱の行動は案外に分かりやすい。どうやらそれは、サランが絡むと顕著にな
るような気がするのは・・・・・気のせいだろうか。
(何日掛かるだろうか・・・・・あまり時間は置かない方がいいのだろうけど・・・・・)
全ては時間との戦いで、問題は長引くほど重大で解決しにくいものになってしまいかねない。
悠羽は唇を噛み締めると、更に勢いを増すように馬を走らせた。