光の国の恋物語





32









 稀羅が光華国から出て行ったのは国境の北門。
悠羽達は別の進路を選択する為に西門から蓁羅に向かうことにしていた。
しかし、もちろん2、3日で着くほどに近いというわけではなく、馬を走らせ続けて8日目、ようやく西門という場所まできた時には、
既に陽は完全に落ちていた。
 「今日はここに泊まりましょう」
 国境近くには宿と店がかたまっている小さな村がある。それまで野宿を続けていた一行は、そこで初めて宿で休むことにした。
 「黎、お尻大丈夫?ずっと馬に乗り続けて腫れたり皮が剥けたりしてない?」
裸馬ではないものの、馬に乗り慣れていない黎の負担はかなり大きいだろう。
そう思って気遣わしげに訊ねた悠羽に、黎は思ったよりも元気に答えた。
 「いいえ、サランさ・・・・・まが、気を遣ってくださってるので」
 「そう」
 「黎は案外運動神経がよろしいのですよ。馬にも気を遣ってくれるので、馬も私達を安全に快適に運んでくれています」
 「・・・・・」
 悠羽は目を細め、自分の馬を振り返った。
サランの言うことはけして気のせいではなく、賢い馬は自分がのせる人間の本質を見抜ける。
乱暴に走らせる相手よりも、気遣ってくれる相手にたいして最善を尽くしてくれるのは嘘ではないのだ。
 「これからも頼むよ」
聡明な馬の目を見て呟くと、まるで返事をするかのように馬が嘶いた。



 部屋は2部屋。
悠羽とサラン、洸莱と黎という組み合わせだ。
当然、悠羽とサランの2人を女として考えた選択らしい。
 「黎、一緒に湯浴みする?」
 「そ、そんなこと出来ません!」
 「え?私とじゃ嫌って事?」
 「だ、だって、洸聖様の大切な方の裸身を見てしまうのは恐れおおいですっ。どうか、サランさんとご一緒に!」
 「だって、別に・・・・・」
 「女性は女性同士がよろしいかと思いますのでっ」
 「・・・・・あ」
 夕食の後、湯浴みに誘った黎の恐縮したような言葉を聞いて、悠羽はようやく自分の性別を黎が誤解したままだという事に気
付いた。
悠羽自身、光華国に乗り込む時は、王女としてやってきていた。
しかし、サランほどの美貌の主ならまだしも、自分程度の容貌ではとても女と見られない・・・・・そうも思っていた。
案の定、悠羽を出迎えた洸聖と洸竣は悠羽が男だと気付いたし、多分、王である洸英も分かっているだろう。
ただ、莉洸や洸莱はそれについて話題にはしなかったし、身の回りの世話は全てサランがしているので、王宮に仕えている者達
も疑っているかもしれないが確信はないのだろう。
 「・・・・・」
 「悠羽様?」
 悠羽は少し考えた。
今ここで自分の性別を言ったとして、現状はどういう風に変わっていくだろうかと。
ただ、悠羽は損や得といった打算だけで物事は決めたくなかった。
(洸莱様は洸聖様の弟君だし、黎だって私に協力するとこんな危険な旅に同行してくれた・・・・・)
結果など、後で考えればいいと、悠羽は黎に向かってにっこりと笑い掛けた。
 「私は黎と一緒に湯浴み出来る立場だよ」
 「そ、そんな、僕はお世話はっ」
 「私は男だ」
 「・・・・・え?」
 黎の大きな目が更に見開かれた。
その瞳に、悠羽の笑顔が綺麗に映る。
 「身分としては奏禿の王女というのには変わりがないが、身体も・・・・・心も、私は男なんだ」



(悠羽様が・・・・・王女でない?)
 黎はこんなにも驚いたのは初めてのような気がした。
 「騙したことを怒る?」
 「あ、え、いえ、怒る、なんて・・・・・」
(悠羽様は王子・・・・・)
しかし、衝撃的な事実を聞かされたはずなのに、不思議とそれは黎の心の中にストンと納まった。
容姿が、というよりも、悠羽のこれまでの言動を見ていればその方がピッタリとくるのだ。
常に堂々と胸を張って意見を述べ、自分というものをしっかりと持っている悠羽は、王女というよりも王子という立場の方が相応
しい感じがした。
多分、黎に複雑な出生の事情があるように、一国の王子が王女として異国に嫁いでくるとはかなりの特別な事情があるのだろ
う。
その秘密を自分に隠すことなく、その口から明らかにしてくれたことが嬉しかった。
 「・・・・・僕にとって、悠羽様は悠羽様で変わりはありません。ただの召使いである僕にこんな大切な事情を話して頂いたこと、
とても嬉しいです」
 「ありがとう。・・・・・洸莱様は・・・・・」
 「俺も、性別ではなくあなたを見ている」
 「・・・・・」
(洸莱様って、僕より年下に思えない・・・・・)
落ち着いた声音で返答をする洸莱が自分よりも二歳も年少であることが信じられず、動揺している自分が恥ずかしくて、黎は
顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そんな黎の肩をポンと叩いて、悠羽は笑みを含んだ声で言った。
 「黎、一緒に湯浴みをしてくれる?」
話が最初に戻っている。
それに、黎は今度は断ることはなかった。



 2人が部屋から出て行くのを見送った洸莱は、ホッと小さな溜め息を付いた。
(男か・・・・・)
気持ちとしてはやはり、と、思った。
以前、洸聖に陵辱された悠羽を運ぶのを手伝った時、その身体はあまりに細く華奢で、とても20歳の女の身体とは思えなかっ
た。
ただ、洸莱にとっては悠羽の性別などは元々それ程問題ではなかった。
あの兄に対してきちんと物が言える存在だという認識は変わらないからだ。
 「・・・・・洸莱様」
 不意に名前を呼ばれて洸莱は顔を上げた。
 「サラン」
いつもならば必ず悠羽の傍に付き添っているサランが、なぜか今は自分とこうして部屋に残っていた。
その表情は何時もの無表情と変わらなかったが、白い肌が益々青白くなっているように見えるのは気のせいだろうか・・・・・。
 「サラン、どこか悪いのか?」
 男である自分達とは違い、サランには過酷な旅路だったかもしれないと眉を顰める洸莱に、サランは一度目を閉じ、再び開い
てじっと洸莱を見つめた。
 「私もお伝えしたいことがあります」
 「・・・・・」
 「悠羽様が本当は男性だったというのと同様に・・・・・私も、女ではありません」
 「・・・・・え?」
洸莱は息を詰めた。
(サランも・・・・・男か?)
これ程に美しくたよやかな姿を持つサランもと思っていると、そんな洸莱の考えていることが分かるのか、サランは少し頬に苦笑を浮
かべた。
 「正式には、女でなく・・・・・男でもないのです」
 「サ・・・・・ラン?」
 「私は・・・・・男の器官を持ちながら子をなす事は出来ず、女の器官を持ちながら子を産むことも出来ない・・・・・両性具有の
人間なのです」
 「・・・・・っ」
突然のサランの告白に洸莱は背筋がゾクッとして、ギュッと両手の拳を握り締めた。