光の国の恋物語
33
サランは目の前にいるまだ大人の男になりきっていない・・・・・しかし、十分知性の煌きをその瞳に持つ少年に向かって小さく微
笑んだ。
サランがこれ程に重要な身体の秘密をなぜ洸莱に告げたのか、それは今回の旅では絶対に洸莱に協力してもらわなければなら
ないからだ。
サランにとって自分の命の価値はほとんどないと言っていい。
黎のことも、素直で大人しくいい青年だと思うが、今の段階でサランの中ではその存在は大きくない。
洸莱は洸聖の弟で、光華国に来て以来、口数は少ないながらも自分達に気を配ってくれているいい少年だが、それでもサランに
とって悠羽より上となる存在ではない。
サランにとって唯一無二の存在なのは悠羽だけだ。
今回の旅でも、自分が犠牲になることで悠羽が助かることがあるのならば迷わず命を差し出せるし、それが洸莱や黎の命だとし
ても多分・・・・・迷わないと思う。
ただ、洸莱や黎がいい人間だというのは分かっているので、出来れば皆が無事に帰国出来るといいとは思っていた。
「・・・・・それは、本当なのか?」
珍しく、洸莱の声が震えているような気がする。
自分の見た目というものを自覚しているサランは、それに対して笑うようなことはなかった。
「はい。私は半陰半陽の、人間としたならば欠けた存在です」
「サラン」
「ですから、もしも敵が襲ってきたとしても、女だからというつまらない理由で私を助けないで下さい。あなた様に守って頂きたいの
は悠羽様ただお1人。もちろん、あなた様や黎の命も大切ですが、私にとって尊いのは悠羽様だけなのです」
「・・・・・」
「お願い致します、洸莱様。何があったとしても、先ずは悠羽様のことをお守り下さい」
硬派な見掛けと同じ、洸莱は当然のように自分よりも弱い存在、男よりも女を先に助けようとするだろう。
しかし、こんな中途半端な身体を持つ自分などよりも、先ずは悠羽を助けてもらいたい。
女ではないという重要な身体の秘密を告白したのも、洸莱にそのことをはっきりと分かってもらう為だった。
「・・・・・サラン」
「はい」
しばらくして、洸莱は静かに口を開いた。
「そなたの思いは分かった」
「洸莱様」
サランの顔に安堵の笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます。これで私も安心して・・・・・」
「違う」
「・・・・・え?」
「俺にとっては悠羽殿だけでなく、サランや黎も大切な存在だ」
「洸莱様っ?何をおっしゃっておられるのですかっ?私などよりも悠羽様のお命は・・・・・っ」
「人の命に差はないと思う」
「・・・・・っ」
自分よりも年上のサランに、洸莱はまるで言い聞かせるように静かに続けた。
「そなたの願いは叶えてやりたいとは思うが、それがそなたを見捨てよというものならば断るしか出来ない」
「洸莱様・・・・・」
「それと、自分で欠けた存在と言うのは止めてほしい。俺はそなたの容姿も心根も、美しいものだと思ってるから」
「・・・・・」
(私などに・・・・・)
勿体無い言葉だと思った。
長い年月、ずっと一緒に暮らしてきた奏禿の人間以外に、出会って間もない洸莱にこんな思い遣り深い言葉を貰うとは思わな
かった。
「サラン・・・・・」
ゆっくりと伸びてきた洸莱の手が、少し躊躇った後、サランの銀の髪をゆっくりと撫でる。
思った以上に骨太の大きな手が、サランの視界に色鮮やかに入ってきた。
「は~、やっぱり湯は気持ちいいな」
「は、はい」
悠羽は隣で身体を小さくして湯船に入っている黎を見て笑った。
「何緊張しているんだ?今の私は黎と同じ従者だろ?」
「そ、それはそうですが・・・・・」
国境の地の宿という事でそれ程に期待していなかったが、疲れを落とす風呂は結構重要視されているのか、悠羽が想像してい
たよりも広く小奇麗だった。
「まるで貸切だ」
丁度時間帯が良かったのか、風呂には2人しかいなかった。
悠羽は一応腰に布を巻いていたが、広い湯船の中で思い切り手足を伸ばす。
「・・・・・」
「・・・・・」
「なに?」
「え、あ、いえ、すみませんっ」
チラチラと視線を向けてくる黎が、本当に悠羽が男なのだろうかと今だ疑っているという事が手に取るように分かって笑みを誘われ
てしまった。
(堂々と胸も隠していないのにな)
幾ら貧弱な身体とはいえ、女ならば確かに膨らんでいるはずの胸元は平らで、腰も骨ばって肉は付いていない。
これでもまだ疑うのかと、悠羽はふと思いついて腰の布を湯の中で外してしまった。
「見ろ、黎。お前と同じものが付いているだろう?」
「ゆ、悠羽様っ」
言葉につられて悠羽の股間を見てしまったらしい黎はたちまち顔を真っ赤にして、急いで悠羽の手に握られている布を腰元に掛
けた。
「か、軽々しくお身体を人目に晒さぬように!」
「そう?まあ、自慢出来るほどのものでもないがな」
洸聖に知られているとはいえ、王宮の中では一応王女のように振舞っている悠羽。
故郷奏禿では自由に木に登り、馬で駆け、川でびしょ濡れになって魚を捕っていた悠羽にすれば、それはかなり窮屈な生活だっ
たのだ。
(私には贅沢は似合わないと改めて思い知った)
だからか、こんな時なのに妙に気持ちが高揚して、少し羽目を外してしまった。
「明日からはまた野宿だな」
「そ、そうですね。宿は無いと思った方がいいでしょう」
「・・・・・大丈夫か?」
「え?」
「今なら王宮に戻れるだろう。黎、ここまで付いてきてくれたことが十分嬉しい」
本音を言えば、悠羽は自分1人で蓁羅へ向かいたかった。
洸莱は洸聖の大切な兄弟でまだ16歳の少年だし、黎は訓練などを受けたこともない普通の青年だ。
何時も一緒に行動するサランさえ、その命を思うのならばこの国に置いていきたいくらいだった。
(蓁羅へ行くというのは私が言い出したことだし、何かあっても私1人ならば・・・・・)
命を捨てようなどとは思っていないし、必ず生きて帰るつもりだ。それでも、危険な目に遭うのは1人でも少ない方がいい。
「黎」
悠羽は、ここまで付いてきてくれた黎に感謝しているし、一度でも蓁羅へ足を踏み入れたことがある人間が一緒ならば心強いこ
とは間違いない。
それでも、せめて黎はここで・・・・・そう思ったのだが。
「悠羽様、僕も嬉しいんです」
「黎?」
「誰かの為に動けるというのはもちろんですが、それが僕自身の意思で・・・・・それがとても嬉しいのです。ご迷惑掛けないように
頑張りますので、どうかお連れ下さい」
「・・・・・そうか」
「悠羽様」
「そうだな。今更黎だけ置いてきぼりは出来ないか。・・・・・一緒に頑張ろう」
「はい」
「皆で、莉洸様も一緒に、皆で光華国に戻って来よう」
「はい!」
嬉しそうに頷く黎を見ながら、悠羽は使命というものの背負う重さと与えられる喜びを考えた。
確かに、今回の旅は危険を伴い、莉洸奪還の下見という使命もあるので責任重大だ。それでも、ただ漫然と生きているよりも何
か目的を与えられる方が遥かに生きている実感と喜びを感じる。
(無事に使命を果たそう・・・・・皆の為に・・・・・!)
悠羽は心の中で改めて強く誓った。
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