光の国の恋物語
35
光華国の王宮を出立してから13日。
大回りをしたせいで少し時間が掛かってしまったが、悠羽達はようやく蓁羅の国境の門の前に立った。
「・・・・・」
「・・・・・」
悠羽と洸莱は目配せをして頷いた。
昨日の夜、国境の門番に対してどう対応するか、疑われないようにする為の問答を何回も練習した。ここまできて蓁羅に入れな
いという最悪の状況だけは避けなければならないのだ。
「国は」
悠羽達を担当した役人はまだ若く、他にも数人いるようだが、それぞれ別の旅人を取り調べている。
(これは・・・・・幸運か)
「慶賀(けいが)でございます」
悠羽は自分の国奏禿の隣国の名前を言った。お互いの王が親友同志だったので、悠羽もよく遊びに行っていて多少の知識が
あるからだ。
「名は」
「姫様のお名前は櫻(さくら)様です。お母上のご病状が思わしくなく、国の薬も効かないようですので、薬草が豊富だというこち
らの国へ姫様自ら参った次第でございます。私とこちらの者は従者、この者は護衛でございます」
「・・・・・」
役人はチラッと馬上のサランを見上げた。
薄い布を頭から被ったサランは、役人の視線に儚い笑顔を浮かべてみせる。元々美しい顔立ちにその笑みは、サランの美しさを
更に際立たせて、役人は一瞬で顔を真っ赤にしてしまった。
「わ、分かった、滞在期間は?」
「薬草が見付かりましたら直ぐにでも国へ戻りたいのですが・・・・・期間としては10日間でお願い致します」
「10日だな」
滞在を許す許可証に期間を記し、判を押すと、人数分差し出しながら役人はサランを見上げて言った。
「早く薬が見付かると良いですね」
「・・・・・ありがとうございます」
サランが頭を下げた時、隣にいた役人が声を上げた。
「光華から来た者は国に入れることは出来ん!」
「・・・・・っ」
光華の名前を聞いた瞬間、悠羽は心臓が凍りつきそうなほど緊張した。
(やはり国境まで手は回っているのか・・・・・)
どういった理由で光華国の人間が締め出されているのかは十分分かっているが、悠羽はためしにと不思議そうな顔をして役人に
尋ねてみた。
「光華の民はなぜに入国を許されないのですか?」
「それは俺達には分からない。ただ、上から光華の者は商人でも旅人でも入れぬようにとのお達しがあった。さあ、そろそろ雨が
降りそうだ。早く宿を決めて姫君を休ませてやった方がいいだろう」
「ありがとうございます」
これ以上聞いてもかえって怪しまれるかも知れないと、悠羽は丁寧に頭を下げてそう言った。
「やはり警戒はしているようだな」
役人が言った通り、国境の門をくぐってしばらく経って雨が降ってきた。
小雨程度ならと思ったが結構降り出したので、悠羽達は手近の食堂のような所で一時雨宿りをすることにした。
「いらっしゃいませ」
注文を取りにきた女に何があるのかと訊ねると、申し訳なさそうな顔をして女は言った。
「すみません、今は野菜の雑煮しかないんです」
「雑煮?」
「ここ1、2年雨が降らなくて、畑が随分枯れてしまったんです。そうすると家畜の餌にも困るどころか、その家畜を食べるしかなく
なって・・・・・」
「・・・・・でも、今雨が・・・・・」
「ええ、少し前から雨が降るようになったんですよ。これも稀羅様がお連れになったお方のおかげかもしれません」
「・・・・・」
(稀羅王の連れた?)
もしかしてそれは莉洸のことなのかと、悠羽は女に更に聞いた。
「稀羅様というのは、この国の王のことだろう?」
「はい、蓁羅の国を立派に治めてくださっている王です」
「その王がお連れになったとは・・・・・どなたか輿入れでもなさったのか?」
「いいえ。確かに稀羅様には今正妃様はいらっしゃいませんが・・・・・でも、もしかしたら正妃様にされるかも・・・・・。先日、見た
者から話を聞いたんですが、稀羅様が小さな花のような方を腕に抱いてらしたと。どんな方か私も見てみたかったです」
笑いながら奥に入っていく女を見送り、悠羽は3人の顔を順番に見ていく。
「莉洸様だ」
「ご無事のようですね」
黎も真剣な顔で頷いた。
「でも、やはり蓁羅は国情が厳しいようですね。下々の者だけに食料が回っていないというよりも、国自体が貧しているような感
じがいたします」
サランの言葉に悠羽も頷いた。
自分の国奏禿もけして裕福な国というわけではなく、王族の自分達も国民と同じような食事をしていた。
それでも国は緑や水が豊富で、森に行けば食料があったし、川で魚も捕れた。
(ここは・・・・・あまり豊穣な土地柄ではないようだしな)
土地自体が痩せて、岩山が多いせいか、田畑も満足に出来ないのだろう。人力を売買して外貨を稼いできたという理由も分か
らないでもなく、悠羽は固い表情で眉を顰めた。
悠羽達の言葉を聞きながら、洸莱は視線を外に向けていた。
祖国光華とはまるで違う町の風景と民の姿。ここに来るまでに擦れ違った子供達は裸足の者が多く、服も着古した感じだった。
ここはまだ国境近く・・・・・しかし、国自体大きくない蓁羅を考えれば、中心部もこことたいして変わりはないだろう。
木で出来た家。
整備されていない道。
今の女の話では、食べる物も少ないという。
(・・・・・だが、民に、王に対する不満は無いようだ)
一見して、恵まれていないような生活なのに、人々の顔に陰険な暗さはない。
今の女だけではなく、擦れ違った大人も子供も、皆しっかりとした目の輝きを持っていた。
「・・・・・賢王なのだろうか・・・・・」
「こうら・・・・・コウ?」
名前を呼びかけて、慌てて言い直した悠羽が聞いた。
「どうした?」
「いや・・・・・諸外国ではどうかは分からないが、蓁羅の民にとってあの男は賢王なのかもしれないと思って・・・・・」
「ん〜、でも、そうかもしれない。人々を見ていると国政に対して不満を抱いているようには見えないし。きっと、色々な国ともっと
国交を活発にすれば更に良くなるのかもしれないな」
「・・・・・」
「・・・・・光華国とも、な」
洸莱は悠羽の顔を見た。
「・・・・・ユウ」
「2つの国の間には深い隔たりがあるのは知っている。ただ、当事者ではない私は客観的にしか言う事は出来ないが、隣国の
光華が手助けをしてやれば、この国はもっと良くなるような気がする」
「・・・・・」
洸莱はその言葉に何も言えなかった。
離宮から王宮に移ってきてから、洸莱も光華の王子としての教育を受けた。その中には、蓁羅との歴史も当然あり、洸莱にとっ
てははるか昔の出来事だとしても、蓁羅にはあまりいい思いを抱いていなかったのは確かだ。
「コウ、過去に生きていた人はもういない」
「・・・・・」
「今この国に生きている人も、もちろん蓁羅の王も、過去に光華に痛手を負わせた人間とは別人だ。そう・・・・・思うことは出来
ないだろうか?」
「・・・・・分からない」
「・・・・・そうか」
それ以上悠羽は何も言わず、丁度食事が運ばれてきたので皆サジを持った。
「・・・・・」
(野菜雑煮・・・・・)
米や野菜の量は少なく、それを出汁を含ませることによって量を増したような雑煮。しかし、これでもこの国では上等な方の食
事なのだろう。
洸莱はゆっくりとそれを口に運ぶ。
僅かな塩味が口の中に微かに広がっていくのを感じ、洸莱は苦く思いながらゆっくりと口の中の物を飲み込んだ。
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