光の国の恋物語
37
国境の門がある町から蓁羅の王宮がある首都へは2日掛かった。
「あれのようですね」
「ああ」
悠羽は少し先に見える石造りの建物を見上げた。
(本当に・・・・・王が暮らしている場所なのか?)
自分の故郷の王宮も自慢するほどに立派なものではないが、目の前の王宮よりは遥かに大きい。
(光華の貴族の屋敷よりもみすぼらしいとは・・・・・)
「どうしますか、悠羽様」
馬上からサランが聞いた。
「そうだな、もう直ぐ夕刻になる頃だし、先に宿を決めておいた方がいいだろう。その後で私と洸莱で町の酒場に行こう」
「酒場に?」
「酒場には兵士も商人も来るだろう?出来れば酔わせて間取りでも聞き出せればいいが、それが無理でも王宮内のことを少し
知っておきたい」
「お待ちくださいっ、なぜその役目が洸莱様なのですか?洸莱様はまだ16。その役目は私の方が・・・・・」
「サラン、どう見たってお前よりは洸莱さ・・・・・洸莱の方が適任だ。大人しく、黎と宿で待っていてくれ」
サランの懸念は良く分かる。
見掛けはともかく実際の年齢はサランが一番上で洸莱は一番下になり、酒を出す店に一番年下の洸莱を出向かせるのは常識
的には頷けないだろう。
しかし、サランの容姿はどう見ても儚げな美女そのもので、そんなサランが酒場に行ったりすればどうなるか・・・・・悠羽はそれを考
えたのだ。
「俺も、悠羽の言う通りだと思う」
「洸莱様・・・・・」
「待っていてくれ」
その言葉に、サランは素直に頷くことは出来なかった。
宿からそう遠くない酒場に出向いた悠羽と洸莱だったが、そこでも悠羽は眉を顰めてしまうのを隠せなかった。
酒場とは名ばかりの水で薄めたような酒と、干した肉しかないような店で、それでも人が良さそうな店主は特別だと言って野菜の
煮込み料理を出してくれた。
「大変だねえ、薬草探しも」
「ええ、道中長かったですよ」
「まあ、ここはそれが売りだからなあ。岩場に生えてる物も多いし、取る時は気をつけなよ」
「ありがとう」
悠羽達が薬草を探しに来たと言うと、店主はそう言いながら薬草がありそうな場所を教えてくれた。
黎が言った通り、蓁羅には珍しい薬草が多く、それを探しに来る旅人も少なくはないらしい。
(本当にそれを売りにすればいいのにな)
悠羽は心の中でそう思った。
他の国にはない特徴を生かせばもっと国は豊かになれるはず・・・・・しかし、そう言った悠羽に店主は苦笑して首を横に振った。
「確かに薬草はいい金になるだろうが、ここにはそれを取りに行く人手も少ないんだよ。若いもんは外に働きに行っている者も多
いし、そのまま戦で命を落とす者もいる。残った年寄りや女には薬草取りはかなり危険なんだよ」
「若い人間はそんなにいないのですか?」
「この国は人が商品だからね」
「・・・・・皆・・・・・王に不満は?」
「あるわけないよ!稀羅様のおかげでわしらは生きてる。いい王だよ」
とても表面上の言葉ではないことは、悠羽と洸莱にもよく分かった。
「王、光華国からの書状です」
衣月が差し出した書状を黙って手に取った稀羅は、その口元を歪めて呟いた。
「さすが大国の王だな」
「・・・・・何と?」
「このまま莉洸王子を無傷で帰せば、今回の事は不問に付すと」
ある程度は予想がついていた答えだった。
今だ稀羅の方から光華国に対しての要求は何も出してはいなかったが、光華国の方は一刻も早く莉洸を取り戻そうとしているの
だろう。
第三王子とはいえ、莉洸は光華国の光の象徴のような王子だ。愛らしく、素直で・・・・・。
(傍に置くだけで心が癒される・・・・・)
「稀羅様、いかがされますか」
「・・・・・」
「大臣達の間では、これを好機と光華国への強い要求を求めています。第三王子をこちらが手にしている今、ある程度の要
求は必ず・・・・・」
「黙れ」
「稀羅様っ」
「莉洸を取引の材料にするつもりはない。臣下達にもそう通達しろ」
「・・・・・」
「我が意に逆らえば、それなりの処罰は覚悟するようにと」
「・・・・・」
「衣月」
「・・・・・はい」
どんなに心の中で異を唱えていたとしても、王である自分に臣下である衣月が逆らえるはずがない。
その予想通りの衣月の返答を聞くと、稀羅はそのまま黙って身を翻した。
ぼんやりと寝台に座っていた莉洸は、不意に鳴ったドアを叩く音に反射的に顔を上げた。
「だ、誰ですか?」
「私だ」
「・・・・・っ!」
ドアの外に立っている相手は、傲慢にも自分の名前を言わなかった。
しかし、その声だけで誰だかが分かると、莉洸は思わず足元にあった掛け布を胸元に抱き寄せた。
「・・・・・」
入っていいという返事をしなくても、鍵の掛かっていない部屋から締め出すことは出来ない。いや、この王宮の中で、例え鍵が掛
けられていたとしても、この人物が入れない場所などあるはずがなかった。
「王子」
ゆっくりとドアが開き、中に稀羅が入ってきた。
輝く赤い目で莉洸をじっと見つめながら寝台の側まで歩いてくると、稀羅は莉洸の目の前で立ち止まった。
「そなたの国から書状が届いた」
「・・・・・!」
「無傷で帰せば不問とすると・・・・・光華の王は我が国を自分の属国と思っておられるのかな」
「父様が・・・・・」
「無傷とは、どこまでのことを言うのであろうか」
「え・・・・・あっ!」
いきなり、莉洸の肩は寝台に押し付けられた。
仰向けに倒された莉洸は、呆然と稀羅を見上げる。
「稀羅王っ?」
「どこまでなら・・・・・良いのかな」
稀羅の言葉が何を指しているのか莉洸は全く分からなかった。
19歳になるとはいえ、ずっと病弱で身体の成長も遅かった莉洸は男と女の営みのこともよくは知らない。教育係がいて形どおり
の教育はしたが、それさえも莉洸にとっては夢物語でしかなかった。
そんな莉洸に、男が男を求めるという事など全く頭の中にはない。
いや。
「・・・・・そなたは王子であるのにな・・・・・」
稀羅にとっても、自分がどういった意味で莉洸を求めているのか、今だ迷っているようだった。
「・・・・・」
「・・・・・」
(きれ・・・・・な目・・・・・)
人々は忌み嫌う赤い瞳。だが、莉洸は初めて見た時から炎のように激しく綺麗な色だと思っていた。
その目が、ゆっくりと自分の方へ近付いてくる・・・・・。
「・・・・・っ」
莉洸が反射的に目を閉じた次の瞬間、莉洸の唇に温かい何かが触れた。
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