光の国の恋物語





38









 いったい、自分は莉洸をどうしたいのか・・・・・稀羅は口付けをした後も迷っていた。
このまま、莉洸がどんなに泣き叫ぼうともその身体を征服したいという欲望と、あの兄達に向けていたような深い信頼と愛情を込
めた目で見つめてもらいたいのと、自分はどちらをより強く思っているのだろうか。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
稀羅自身が分からない思いを莉洸が知るはずもなく、大きく見開かれた目が莉洸の驚きの大きさを教えてくれる。
稀羅自身驚いているのだ、無理もないだろう。
 「稀・・・・・羅王・・・・・?」
 「・・・・・」
 莉洸が体調を崩したこの数日、稀羅は何度も部屋を訪ねはしたがその身体に触れることはなかった。
早く体調を戻してやりたかったし、この国に、自分に慣れて欲しかった。
しかし、そんな自分の思いも、今この瞬間に崩れてしまった気がした。
 「あ、あ・・・・・の?」
 「・・・・・」
 「・・・・・王?」
怖々名前を呼ぶ莉洸に眉を潜めた時、いきなり荒々しくドアが叩かれた。
 「王!王っ、衣月ですっ、お開け下さい!」
 「・・・・・」
(衣月?)
 稀羅のことを一番分かっているはずの衣月の無礼な行いに、かえって何か重大な出来事があったのかと意識を切り替えた。
稀羅は莉洸の身体の上から身を起こすと、乱れた髪も整えないままにドアを開けると同時に言う。
 「何用だ!」
 一瞬、衣月は寝台に横たわっている莉洸に視線をやったが、直ぐに稀羅に向き直ると硬い表情で言った。
 「先走った大臣が光華に使いを出したようですっ!」
 「使い?」
 「莉洸王子の御身と引き換えに、光華の領土の半分を望むと!」
 「何っ?」
 「・・・・・!」
稀羅の背後で莉洸が息をのむ気配がする。
 「・・・・・召集を掛けろ!」
莉洸を宥めたいのは山々だったが、先ずは全容を把握しなければならない。
王である自分を差し置いて他国と交渉をしようとした者を、蓁羅の王として一刻も早く罰せねばならなかった。



 「僕と・・・・・引き換えに?」
(光華を・・・・・国を半分にするって・・・・・?)
 慌しく去った稀羅と衣月。
残された莉洸は寝台に仰向けになったまま呟いた。
初めは全く実感を伴わなかったことが、何度も頭の中で反芻し・・・・・やがて莉洸は真っ青になってばっと起き上がった。
 「僕のせいで光華が!」
海も山もあり、緑に恵まれ、商工盛んな国。
光の国という別称も持つほどの豊かで華やかな国。
莉洸が愛し、莉洸の家族も愛している祖国を二つに分かつというのだろうか。
 「・・・・・っ」
 莉洸はそのまま部屋から飛び出した。
今しがた稀羅が訪れていたせいか、何時もはいるはずの見張りはおらず、莉洸はそのまま長い廊下を走り始めた。
王宮に来てから間もなく体調を崩してしまった為に、王宮の構造はいまだによく分からない。それでも、食堂や湯殿、そして広間
など、分かる範囲の場所を巡って外に出ようと思った。
(絶対に、国を分けるなんてさせない・・・・・っ)
そんな悲しいことを莉洸は望んでいない。
 「止めないと・・・・・っ!」
どんなことをしても、阻止しなければならないと思った。



 目の前には真っ青になって震えている中年の男が3人跪いている。
いずれも大臣や軍隊長など地位のある者達ばかりだが、今は罰せられる側としてこの広間に召集されていた。
広いとはいえない広間の中には、問題の3人の他にも、残りの大臣やそれぞれの役の長もいる。
 「・・・・・」
稀羅は無言のまま彼らを睨め付ける。
その迫力にはその場にいる者誰もが声を発することが出来ないほどの殺気があった。
 「申し開きはあるか」
 やがて、稀羅は淡々とした口調で言った。
 「・・・・・っ」
 「・・・・・」
しかし、誰もが口を開かない。
稀羅がこの言葉を言った時は、もう何を言ってもその罪は消えないという証だからだ。
それでもと、一際体格の良い軍隊長が膝を前に進めた。
 「恐れながら、王のなさっていることは我らには理解出来かねますっ。命の危険を犯してまで王自ら敵国に侵入し、王族の1人
をその手にして戻られたというのに、なぜに動き出そうとなさらないのか!」
 「・・・・・」
 「今が我が蓁羅にとっては千載一遇の好機!長年我ら蓁羅を虐げてきた光華に、一矢を報いる時ではございませんか!」
 「・・・・・」
 「王!」
 「言いたい事はそれだけか」
 「・・・・・!」
 稀羅はゆっくりと腰の剣を抜くと、そのまま跪く者達に歩み寄った。
 「お前達が何を考えようとも、それが我が蓁羅の為を思ってのことだとしても、王である私の意志をも聞かず、勝手に他国に使
者を出すとは・・・・・それも、我が意に反したことを・・・・・覚悟は出来ているだろうな」
 「王!」
 「稀、稀羅様!」
 「・・・・・」
稀羅は臣下達の気持ちが良く分かっていた。
元は同じ領土のはずが、光華国と蓁羅ではあまりにも国情は違う。元々の建国の時の事情が事情だが、今蓁羅で生きている
者達には関係がないことだった。
その妬みが恨みに代わり、それが憎悪に膨らんでいくのも分からないではないが、その妬みを何時までも抱いていては蓁羅は光
華に勝てない。だからこそ、今まで稀羅は必死で国力を蓄えようと努力してきたのだ。
(私に一言言えば・・・・・っ)
 王である稀羅の意見を仰がず、勝手に動いた者達にはそれなりの罰を与えなければならない。
このまま見逃せば、今度は稀羅の王としての資質が問われてしまうのだ。
 「覚悟は」
 「・・・・・出来ております」
 軍隊長が頭を下げた。
 「よし」
稀羅は剣を振り上げる。
しかし、
 「待って!」
今にもその剣が振り下ろされようとした時、広間に悲痛な叫びが響いた。
 「・・・・・王子?」
 「待ってくださいっ、稀羅王!」
重い扉をやっとの思いで開いたらしい莉洸は、寝巻き姿のまま稀羅が立つ場所まで駈け寄ってきた。
そして、跪く臣下達の前に立ちはだかり、小さな身体で精一杯腕を広げた。
 「剣をお納めください!」
 「どけ、これは我が国の問題だ。光華の王子に口を出す権利はない」
 「そ、それでもっ、目の前で人が斬られようとしているのを黙って見てはいられません!」
 小さな、まだ幼いといえるような容姿の莉洸が真正面から稀羅に対するのを、蓁羅の臣下達は固唾を呑んで見つめていた。
こんな風に臣下が居並ぶ中で稀羅に反抗するなど、どんな罰を受けても文句は言えないのだ。
 「・・・・・王子、もう一度言う。どけ」
 「い、嫌です」
 「王子」
 「いや!」
子供のように莉洸は首を横に振る。
稀羅は無表情のまま莉洸に剣の切っ先を向けた。
 「それならば・・・・・そなたがこやつ等の罰を受けるか?」