光の国の恋物語














 「それじゃあ、行ってきま〜す!」
 それから3日も経たない日の午後、ニコニコ笑う莉洸の隣には悠羽が立っていた。
初対面で悠羽を召使いと勘違いするという大失態をして恐縮した莉洸だったが、悠羽は全く気にすることもなく義弟になる莉
洸に接していた。
光華とは違い、あまり裕福ではない奏禿での暮らしを卑下することもなく話し、その中でも悠羽は様々な節約の術をまるで楽
しい御伽噺を語るように話してくれた。
平凡な容姿ながら、その頭の良さと気遣いに莉洸は直ぐに悠羽に懐き、たった数日で自分が立候補までして都の案内をする
という話にまでなった。
 「・・・・・駄目だ」
 「兄様!」
 「莉洸、お前自身ほとんど王宮から出ない身で、案内などさせられるわけがないだろう。悠羽殿には改めて時間を作って誰か
に案内を・・・・・」
 「ご自分の花嫁でしょうっ!兄様が忙しい忙しいと言われるから、僕が代わりに案内して差し上げるんだよ!どうして始めから
駄目だって言うのっ?」
 兄洸聖の余りの無関心ぶりに焦れた莉洸は思わず叫んだが、当の悠羽は全く気にしていないようだった。
 「莉洸様、お気持ち感謝致しますが、兄上である洸聖様はあなたの御身をご心配されて言われているのですよ。残念では
ありますが、今回は諦めましょう」
 「悠羽様・・・・・」
言葉は丁寧ながらも、それは暗に、全ては洸聖のせいであると言っているようなもので、洸聖は眉を顰めて悠羽に視線を向け
る。
その視線に気付いた悠羽は、莉洸に分からないように口元に笑みを浮かべた。
(こやつ・・・・・)
 洸聖が莉洸を大切に可愛がっていることを知っている上でのこの言葉に、どう反応すればいいのかと洸聖が考えていると、不意
に横から口を挟むものが出てきた。
 「兄上、私がお供しましょう」
 「洸竣?」
 「私なら街にも詳しいし、それなりの訓練も受けております。悠羽殿と莉洸の2人くらい、無事案内して差し上げますよ」
 「ホントっ?それなら兄様も反対されないよねっ?」
洸竣の言葉に直ぐに飛びついた莉洸は、お願いという風に洸聖を見つめた。



 「なかなか言うねえ、君も」
 3人きりではやはり駄目だという洸聖の言葉を聞き入れ、数人の護衛を後ろに付けたまま歩き始めた一行。
莉洸にとっても久し振りの外出という事で、しばらくは歩きたいという希望を聞いて馬は護衛が引いている。
弾んだ足取りで前を歩く莉洸を笑いながら見つめていた悠羽は、感心したように呟く洸竣に視線を向けて笑い掛けた。
 「さあ、何のことでしょうか?」
 「莉洸はもうすっかり君に懐いている」
 「・・・・・素直で可愛らしくて、皆に愛されている方ですよね」
 「ああ。兄上も莉洸だけには弱い。その莉洸を早々に手懐けた君の手腕に感心するよ」
 「何をおっしゃられているのか。私はただ、莉洸様のお気持ちが嬉しかっただけです」
 莉洸を見ていると、国に残してきた弟のことを思い出した。
もちろん、弟は悠羽よりも立派に成長していて、可憐な莉洸とはまるで外見は違うものの、弟らしい気質にはどこか共通点があ
る気がするのだ。
 「まあいい。ただ言いなりになるだけの姫やプライドが高いだけの姫よりはよほどましだ」
 「・・・・・まるで経験がお有りになるかのような言葉ですね」
 「ふふ、内緒だよ」
 「・・・・・」
(おかしな男だな)
まだ政以外は興味がないと言っている洸聖の方が分かりやすいと、悠羽ははあ〜と溜め息を付いた。
(・・・・・サランは大丈夫かな)
 唯一悠羽に付いて来てくれたサランは、光華国特有の様々なしきたりを覚える為に、今日は王宮に残っている。
くれぐれも危ないことはしないようにと言われたが、悠羽の方も別々に行動するサランの身を心配していた。



(わ〜、結構変わってる!)
 莉洸がこうして街に下りてきたのは何年ぶりだろうか。
以前よりも人通りは多く、家も店も増えている。
身体が弱かったのはもう随分と幼い頃で、今では普通の生活ならばほとんど支障はないというのに、過保護な兄弟達は莉洸を
心配してなかなか自由に行動させてくれなかった。
それ程思われているのは嬉しいことだが、莉洸はもう19歳にもなる自分のことをもっと信用して欲しいと思っていた。
 「莉洸!あまり先に行くなよ!」
 「は〜い!」
 案の定、洸竣が直ぐに注意してきたが、莉洸の弾んだ足は止まらなかった。
 「あ」
不意に香ってきた甘い匂い。
振り向くとそこには莉洸の好物の果物があった。
 「あ!リゴだ!」
 思わず駆け出した莉洸の目には果物しか映っておらず、前方から走ってくる馬には全く目がいっていなかった。
 「暴れ馬だ!!」
口々に人々は叫び、あれ程混んでいた人並みが綺麗に左右に割れる。
 「莉洸!」
 「莉洸様!」
焦ったような洸竣の声に顔を上げた時、既に馬は目の前だった。
 「!!!」
 心臓が、止まると思った瞬間、
 「・・・・・っ」
駆け寄ろうとした洸竣よりも早く、誰かが棒立ちになってしまった莉洸の身体を荷物のように攫った。
(な・・・・・誰?)
莉洸にとってはそれは時が止まるかのようにゆっくりとした動作に映っていたが、実際はかなり俊敏な動きで、馬を避けた人物は
次に莉洸を胸に抱いたまま短く叫んだ。
 「衣月(いつき)!」
 「はっ」
 「・・・・・っ」
(わ・・・・・っ)
 そこからはまるで現実ではないような出来事が目に映った。
どこからともなく現われた男が一瞬の内に暴れ馬の背に飛び乗り、手綱を巧みに操って気を静めていく。
その光景をじっと見つめながら、莉洸は自分が今だ誰かの腕に抱かれていることに気付いた。
 「あ・・・・・」
 自分の腰に回っている手は兄達のものよりも太く、押し付けられている胸は厚く広かった。
莉洸は恐る恐る顔を上げて見る。
頭からすっぽりと旅装束の黒いマスクを被った主の顔自体は分からないが、その目だけはじっと莉洸の顔を見つめていた。
鋭い視線のその目は・・・・・。
(あか・・・・・い?)
 見たこともない、燃えるような火の色の瞳に、莉洸は怯えたように身体を強張らせた。
 「莉洸!」
それと同時に、洸竣の声が耳に入って、莉洸はまるで助けを求めるように兄の名を呼んだ。
 「竣兄様っ」
 「・・・・・」
莉洸が洸竣の名を叫んだ瞬間、痛みを感じるほどの拘束が突然緩んで身体を解放される。
そのまま洸竣の元に駈け寄ろうとした莉洸は、なぜか・・・・・振り返ってしまった。
 「あ・・・・・」
 一瞬だけだが、赤い瞳と視線が交わる。
何もかもを見透かすように鋭く、視線だけで身体を焼かれるほど熱く、その視線は真っ直ぐ莉洸に向けられていた。
怖いのに目が逸らせなくて、莉洸はそのまま男と見詰め合う形になってしまったが、
 「莉洸っ、大丈夫かっ?」
大好きな兄の手が莉洸の肩を掴んだ瞬間鋭い視線は逸らされていき、莉洸自身も気が抜けて、その場に尻餅を着く様にしゃ
がみ込んでしまった。