光の国の恋物語
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王宮には簡単に潜り込めない・・・・・そう思っていた悠羽達だったが、宿に泊まっている商人から意外な話を聞いた。
「え?商人は入れるのか?」
「ああ。この国は見たとおりそれほど裕福な国じゃない。だが、見返りの無い施しは裏がありそうで簡単には受け付けられない。
だから、この国の薬草を取って商売をしたい商人に限っては、ある程度の現物支給によって条件が緩和されるんだ。その審査が
王宮内で3日に一度あるんだよ」
「へえ」
「まあ、今の王が賢いってことかなあ」
「あなたはもう行かれたのか?」
「俺は明日だ。衣料品を持ってきたんだがな、この国じゃやっぱり食いもんの方が値打ちがあるからな、あまりいい薬にはありつけ
ないかもしれない」
「・・・・・」
悠羽は頷いた。
珍しい薬草が多いならば、それを商売にすればいい。悠羽でもそう考え付いたことを稀羅はとっくに実行に移しているようだ。
しかし、貧しいからかどうしても目先の現物に目が行きがちで、それはまだ商売の形になっていないように見えた。
「・・・・・」
悠羽は3人を振り返った。
「どうする?」
宿の悠羽とサランの部屋に戻ると、悠羽が先ずはと切り出した。
「このままでは時間の無駄でしかない」
「ここにいても何の進展もないし」
「一端王宮内に入れば、莉洸様がどこにいらっしゃるか分かりますよね?」
「危険だがな」
最後に呟いた洸莱の言葉が一同の胸に深く響く。
しかしと、悠羽は思った。
既に蓁羅の王宮がある首都に入って今日で三日め。何の手掛かりもないまま時間が過ぎている。
許可証の日にちもどんどん期日が迫ってきているのだ、安全策ばかりとってもいられない。
「・・・・・さっきの男から荷を買い取ろう」
「悠羽様っ」
悠羽は決心したようにきっぱりと言い切ると、3人の顔をゆっくり見つめながら続けた。
「私1人で行く」
「駄目です!」
「そんなことっ、悠羽様お1人にそんな危険なことをさせるわけには参りません!」
サランと黎がいっせいに止めたが、悠羽はチラッと洸莱の顔を見た。
「洸莱様のお考えは?」
「・・・・・悪くはないと思う」
「!」
「ただし、行くのは悠羽殿以外がいい」
「洸莱様っ」
「悠羽殿は既に顔を知られている。サランも同様だ。ならば、私か黎・・・・・そう考えると、私が行くのが一番だと思う」
「なりませんっ!あなたは光華の王子なのですよっ?」
「そう言う悠羽殿も奏禿の王女だ。兄を救う為にここまで来たんだ、私が行くのが一番正しいだろう」
普段はほとんど話さない寡黙な洸莱がこれ程長く話すの初めて見た3人は、驚きと共に納得せざるをえなかった。
確かに悠羽の顔は知られているし、サランは商人という風体ではない。
同じ理由で黎も除外するとなると、残るのは洸莱しかいなかった。
「洸莱様・・・・・」
「大丈夫だと、思う。蓁羅の王はそれ程馬鹿ではないはずだ」
翌朝、昨日話を聞いた商人に金を渡して荷物一切を引き取った。
かなり吹っかけられてしまったが何とか払える金額で、洸莱はいよいよ商人として王宮に上がることになった。
服を着替え、荷物を背負い、洸莱は宿の裏手で3人と別れることになった。
「・・・・・無茶はしないように」
自分の行動を棚に上げてきっぱりと釘を刺す悠羽に笑みが誘われるが、彼女・・・・・いや、彼の行動力で自分はここまでくるこ
とが出来たと思う。
卑屈というわけではなく、かといって諦観していたわけでもないが、洸莱は自ら何かをなそうと動いた覚えは無かった。
そんな自分が密偵の真似事をしようとしているのだ、不思議で面白い。
「2人を頼みます」
ここに残る3人の顔ぶれを見れば、頼れるのは悠羽しかいないと思った。
その言葉に、悠羽も力強く頷いてみせた。
「こちらのことは心配なく。とにかく、無事に戻ってこれるように」
「はい。黎、無理はしないように」
「は、はい」
既に半べそ状態の黎は、泣きそうになるのをぐっと我慢して頷く。
まるで弟みたいだなとそれを見つめて微かに笑んだ洸莱は、次に無表情のまま・・・・・それでも顔を青褪めて立っているサランに向
かった。
「サラン、悠羽殿と黎を頼む」
「・・・・・もちろんです」
抑揚の無い声で答えるサランの顔をじっと見つめ・・・・・洸莱は自分でも思ってもみなかったことを口走ってしまった。
「無事に戻ってきたら・・・・・サラン、お前の唇が欲しい」
「・・・・・え?」
「洸莱様?」
その言葉に、サランだけではなく悠羽も黎も驚いたように洸莱を見つめた。
しかし、洸莱の視線はサランから離れない。
「嫌か?」
「・・・・・私の唇に価値などないと思いますが」
「俺が欲しいと思うんだ」
出会った時から綺麗な人間だと思った。
まるで世の穢れを一切知らないような、透明な存在感の人間が、まさか自分と同じ男だとはとても信じられなかった。
そして・・・・・男と知った今でも、変わらずにサランを綺麗だと思う。
自分にとってそれだけ特別な存在の彼に触れてみたい。それは洸莱にとって自然な心の動きだった。
「サラン」
「・・・・・私のようなものでよろしければ」
「では、諾と?」
「洸莱様がこれ程物好きなお方とは知りませんでした」
無表情のサランの顔が、僅かに色付いた。
「無事のお戻りを願っております」
「そなたの唇を生きて味わう為にな」
洸莱はもう一度悠羽に向かって頭を下げると、朝靄の中、1人王宮へと向かっていった。
たちまち靄の中に消えていく洸莱の背を見送りながら、悠羽は溜め息混じりにサランに言った。
「洸莱様はサランのことを好いておいでなのか?」
「まさか・・・・・洸莱様にはお立場があります」
「でも、今の言葉・・・・・」
「理由は何でもいいのです。あの方が無事お戻りになるよう祈りましょう」
「・・・・・そうだな」
サランにとっても、今の洸莱の言葉は意外だった。
今までの会話の中でも、少しも好きとか嫌いとか、感情的な話をした覚えは無かったからだ。
(・・・・・どういうつもりなんだろうか・・・・・)
洸莱が自分の事をどう思っているのか、それ以上に自分が洸莱のことをどう思っているかさえ分からない。だが・・・・・自分の身体
の秘密を自ら洸莱に話したのには、自分の心の中に何らかの洸莱への思いがあったからなのかもしれない。
「・・・・・」
(洸莱様・・・・・ご無事に・・・・・)
「よし、私達もここでじっとしているわけにはいかない。少しでも蓁羅の現状をこの目で見て、光華の王や洸聖様にお伝えしなけ
れば・・・・・出来るな、サラン、黎」
「はい!」
「はい」
待っているだけで何もしない人間ではない主に、サランもようやく苦笑を浮かべながら頷いた。
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