光の国の恋物語





42









 「次!」
 「はい」
 王宮の入口には10数人の商人らしき男達が並んでいた。
洸莱もその一番後ろに並び、自分の順番を待った。
(近くで見るとさらに・・・・・質素な造りの宮だ・・・・・)
幼い頃に自分が幽閉されていた離宮よりも更に質素な王宮に、洸莱はここに連れ去られた莉洸の身を案じて眉を潜めた。
例えば自分なら、そして兄達ならば、何とか生きていく為に蓁羅の王とも対峙すると思うし、最悪力を振るうことも出来るだろう。
しかし、今まで王宮から滅多に出ず、皆から守られて育ってきた兄莉洸には、この過酷な生活はかなり心身共に衰弱をさせてい
るのではないだろうか。
(莉洸・・・・・)
 「次!」
 「・・・・・はい」
 いよいよ洸莱の番がきた。
出来るだけ顔を見せないように俯いた格好で、洸莱は門番の前にゆっくりと歩み寄った。
 「要京(ようけい)国、蔡(さい)か?」
 「はい」
役人は提出された申請証に目を走らせている。
 「中身は衣料か」
 「それと、珍しい宝飾を」
 「宝飾?これには書かれてないが」
 「手離すかどうか迷っていたのですが、やはりよい薬草を頂きたく」
 「見せてみろ」
洸莱は胸元から一つの指輪を取り出した。
希少な、青く輝く指輪・・・・・これは、父が兄弟の妻となる者にとそれぞれに贈ったもので、洸聖には赤い指輪、洸竣には紫の指
輪、洸莱には碧の指輪がそれぞれ与えられている。
この青い指輪は莉洸のもので、洸莱はとにかく味方となる者がこの地にいるという事を莉洸に伝えたいと思っていた。
それには、この指輪を莉洸が目にするようにしなければならない。
 「どうか、王にお納め頂く様、お願い致します」
深く頭を下げ、洸莱はどうかこの指輪が莉洸にまで届くようにと祈った。



 「・・・・・そなたが出来ること?」
 「はい」
 稀羅が驚いているのが莉洸にも良く分かった。
無理も無い、あれほど拒絶していたと言うのに、いきなり蓁羅の為にと言ってもそれは逃げる手段ではないかと疑われるだろう。
初めて見るような呆然とした表情の稀羅を真っ直ぐに見つめながら、莉洸はなんとか自分の気持ちを分かってもらえるように説明
した。
 「僕1人には力はありません。でも、幸いに僕の故郷である光華には、こちらの国を手助け出来る力があると思うのです。稀羅
王、どうか僕を一度国に帰していただけませんか?そして、どうか光華の王に・・・・・」
 「・・・・・私に頭を下げよと言うのか」
 「いいえっ、頭を下げるとか、そういう事ではなくて!ただ、僕が連れ去られた形では、光華はこの国に援助も出来ないからっ」
 「・・・・・」
 「戦争など、起こしたくないんです。人が血を流すなんて、そんなのは見たくないんです。どうか、稀羅王!」
 自分にできることは、こうして願うことしかない。
ただ、莉洸はもう人の血など見たくないし、貧しい生活をするこの蓁羅の民も救いたかった。



(その考えが・・・・・傲慢というのだ、王子・・・・・)
 手助けをするとか、援助とか・・・・・それは立場が上だからこそ言える言葉だろう。
莉洸が真剣にそう思っているのだろうと言うのは分かるが、根本では大国の王子という意識が抜け切っていない。
 「・・・・・」
 「稀羅王!」
 莉洸の顔をじっと見つめていた稀羅は、不意に思い付いた。
 「・・・・・王子、そなた、何でも出来るのか?血を流さないようにする為に、この蓁羅の国の民を救う為に、そなた、私の申し出を
受けることが出来るか?」
 「え?」
一瞬、その言葉の意味を考えたのだろう、莉洸は途惑ったように視線を揺らした。
しかし、次の瞬間にコクッと躊躇い無く頷く。
 「僕に出来る事ならば」
 「・・・・・」
(その言葉、私の提案を聞いても言えるか?)
 「無血で2カ国が手を結ぶのにはどうすればよいと思う?」
 「・・・・・」
 「婚姻だ」
 「・・・・・婚姻?」
 「婚姻で両国が結び付けば、お互い手を結ばざるをえないだろう」
 「それは・・・・・稀羅王のおっしゃることは分かりますが、光華には王女がおりません・・・・・あ、蓁羅には姫がいらっしゃるのでしょ
うか?」
当たり前の莉洸の反応に、稀羅は唇をつり上げて笑った。
確かに普通に考えれば、どちらかの王子と王女が結婚するのが当たり前だろう。もしも適齢の王族がいなければ、貴族や大臣の
息子や娘が対象になるはずだった。
しかし、稀羅は誰でもいいから欲しいと思う気持ちではない。
 「我が国には王女はおらぬ」
 「では・・・・・」
 「そなたがよい」
 「・・・・・え?」
 「そなたが私の花嫁となって、この蓁羅の国に嫁いでくればよい」
口にすれば、それはとても良い案に思えた。
正式に莉洸をこの国に迎えれば光華は手の出しようが無いし、縁戚という関係上蓁羅を無視することは出来なくなるはずだ。
 「我が妻になれ、王子」
これは提案ではなく、稀羅にとっては実行すべき事柄になってしまった。



(僕が・・・・・蓁羅に嫁ぐ?)
 莉洸は呆気にとられたように稀羅を見つめた。
幾ら男らしい見掛けでなくても、王族としての働きをしてはいなくても、莉洸は立派な光華の王子の1人だ。王子・・・・・男である
自分が、王・・・・・男に嫁ぐなど、莉洸の常識ではとても考えられない。
 「・・・・・稀羅王、僕は、男・・・・・ですよ?」
 「見れば分かる」
 「だ、だったら、男同士で、結婚・・・・・」
 「王子は知らぬのか?諸外国では妾妃に同性を召し上げる例は少なからずある。さすがに、王妃が・・・・・とは、聞いたことはな
いがな」
 「・・・・・」
 「返事は直ぐにはせずとも良い。だが、王子、無血での和解の方法など、ごく限られているぞ」
 「・・・・・」
 そう言うと、稀羅は廊下にいる莉洸の護衛を呼んだ。
 「王子を部屋へ」
 「はい」
 「き、稀羅王!」
 「疲れているだろう、休みなさい」
 「・・・・・」
それ以上は何も言わず、稀羅は黙って莉洸を見下ろしている。
莉洸は何かを言わなければならないと思って口を開きかけた。今ここで反論しなければ、きっと自分は今以上の嵐に巻き込まれ
てしまう気がする。
 「あ・・・・・」
それでも、何をどう言えばいいのか、混乱する頭では考えられなかった。
 「さあ、王子」
護衛に促された莉洸は、もう一度稀羅を見上げて・・・・・やがて諦めたように歩き始める。

 「僕に何が出来るでしょうか」

蓁羅の民を救いたい・・・・・そう思った一心の自分の言葉が、自分の想像以上のことになってしまいそうで、莉洸はどうしようと考
えることさえ怖くなってしまった。