光の国の恋物語
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「へえ、じゃあ、蓁羅の武力は相当なものなんだな。噂以上ってことか」
「武器はそれ程に揃ってはないがな、体術が凄いんだ。人間を輸出するっていうのもまんざら嘘じゃないってことだな」
「・・・・・あ、飲んで飲んで」
洸竣はもうずっと街の酒場に通い続けていた。
自分に出来ること。
国に居ながらに蓁羅の内情を知る方法・・・・・。兄、洸聖の助言を受けて、洸竣は夜の世界で蓁羅に行った事がある商人や旅
人などを捜していた。
高価な薬草がある蓁羅に行く商人はかなりの数がいて、洸竣は彼らに酒を飲ませながらその内情を聞いた。
貧しく、痩せた土地。
武力や力仕事に秀でた民族性。
王や役人達でさえ、国民とそう変わらぬ生活をしているらしい・・・・・国。
聞けば聞くほど蓁羅の国情は厳しいもので、洸竣の心の中には何時しか少なからず蓁羅への同情心にも似た気持ちが生ま
れていた。
だが、莉洸が捕らわれてしまっている今、同情心だけを感じてはいられないのだ。
「なあ、蓁羅の王には妃はいるのか?」
「王妃?いないよ、あそこには。王は独身だ」
「独身・・・・・」
「そもそも、今の王は王族じゃないからね。軍人上がりの唯人だ」
「元軍人・・・・・か」
洸竣にペラペラと話してくれる商人の男は、派手な服に砕けた口調の美貌の主を、光華の王子ではなく話好きな貴族の息子
とでも思っているらしい。
国の中枢の話をしているというのに、全く頓着していない様子だった。
「いい男だしね、統率力もあるようだが、少々頭が固い」
「どういう意味だ?」
「全て自国で解決しようとしていることがさ。頭の一つでも下げりゃ、この光華の王だって援助ぐらいしてやるだろう?その下げる
頭が無いって言うんならどうしようもない」
「・・・・・なるほど」
的確な言葉に、洸竣は笑った。
「オヤジ、いい事言うな」
「お前さんも、飲んでばっかりじゃなくて働けよ?普通は働かなきゃ食っていけないもんだぜ」
「・・・・・その通り」
(痛いとこつくな)
「蓁羅からの書状が届きました!!」
莉洸が連れ去られてからどれ程の時間が経ったか・・・・・。
何時も明るい笑顔を振りまいていた莉洸と、短期間で王宮内の人々に溶け込んでいった悠羽がいなくなった王宮の中は妙に沈
んでいたが、洸聖も洸竣も、そして光華の王である洸英も、表面上は気を張って平静を保っていた。
しかし。
「なんと・・・・・この国の半分を寄越せと申しているのかっ!」
送られてきた書状に素早く目を走らせた洸聖は、目に怒りを滲ませたまま強く言った。
「父上」
「・・・・・」
「このままただ待っていていいのですか」
【光の国、光華国の領土半分を譲られたし】
堂々と書かれたその文面を、穴の開くほどじっと見つめている洸英も、かなり表情を険しくしていた。
正直に言えば、蓁羅がそこまで大きな要求をしてくるとは思わなかったからだ。
ある程度の金品の要求や食糧援助など、洸英も想像はしていたし、覚悟もしていた。
元々一つの国だった光華と蓁羅。洸英も蓁羅の現状は気にしていたし、蓁羅が受け入れる気があるのならば、自分が出来うる
限りの事をしたいと思っていた。
ただ、その手段が自分の愛息莉洸の誘拐という、かなり乱暴なものだったというのには素直に頷けることは出来なかったが。
(領土の・・・・・半分だと・・・・・?)
1つの国を線引きすることなどほとんど無理な話であるし、今の蓁羅の行政が、半分とはいえ広大な光華の国を治められると
はとても思えない。
幾ら稀羅王が優秀な王だとしても、国は1人では治められないのだ。
「・・・・・」
莉洸の身柄は丁寧に扱っていること。
返答にはある程度の猶予を与えること。
しかし、否という返答は・・・・・受け付けないこと。
自分達の優位を疑わないその乱暴な論法に、洸英が頷けるはずがなかった。
たとえ、莉洸を犠牲にしたとしても・・・・・。
「・・・・・洸聖、兵を招集しなさい」
「父上っ?」
「近隣の国にも報告をしないとな」
「・・・・・莉洸は・・・・・莉洸はどうされるのですかっ」
洸聖は詰め寄った。
何の為に悠羽達が蓁羅にまで乗り込んでいるのか、それは莉洸を無事に救い出す為だ。
「戦は、今直ぐにではない」
「父上!」
「覚悟はしておいた方がいい。あれも・・・・・光華の王子だ」
無情ともいえる言葉に、洸聖は強く拳を握り締めた。
「私は・・・・・納得出来ません」
「兄上っ」
「莉洸を見殺しなど出来ぬ!」
何十万、何百万の民と比べても、莉洸の命は軽いものではないのだ。
「兄上っ、落ち着いてください!」
洸英の執務室から足音も荒く飛び出した兄の姿を追い、洸竣は宥めるように声を掛けながらその隣を歩いた。
「父上は莉洸を見捨てるとは言われていません」
「・・・・・」
「ただ、最悪のことを考えておいでなのでは・・・・・」
「洸竣、お前はどうなんだ」
洸聖は突然足を止めて洸竣を振り返った。
その目はまるで燃えるように強い輝きを帯びている。
「そなたも国民と比べて莉洸を見捨てるか?私達の愛しい弟の命を、民を救う為ならは差し出せると言うのか?私は・・・・・出
来ぬ。どうしても出来ぬのだ!」
生まれた時から身体が弱く、最初は10歳までは生きられないかもとまで言われた莉洸。
父親や兄達、そして周りの臣下達が、それこそ足元の小石さえ取り除くようにして大切に育ててきた弟だ。
「兄上・・・・・」
「だが、私も分かっている。父上がどれ程の思いを押し殺してあのようなことを言われたか・・・・・っ。だからこそ、これほどまでに私
達家族を苦しめる蓁羅が、稀羅王が許せない!」
「・・・・・」
「洸竣」
「・・・・・兄上、もちろん私も兄上と同じです。同じように莉洸が愛しい。しかしこの光華の民も、そして蓁羅の民の命もむざむざ
と見捨てることは出来ません」
「洸竣・・・・・」
ここ数日、蓁羅のことを調べたせいか、洸竣にとって蓁羅は遥か遠くの国ではなくなった気がする。
光華の民と同じように、蓁羅の民も助けてやりたいと思う。
そう考えるならば、絶対にやってはいけないことがある・・・・・戦だ。
「猶予を与えるといっているのです、ギリギリまで時間を使いましょう。あちらには悠羽様や洸莱達も行っているのです、その連絡
も待たねば」
「・・・・・」
「兄上、諦めることだけはやめましょう。私達には出来るはずです、無血の解決が!」
「・・・・・」
兄に意見する日が来るとは思わなかったが、洸竣は今自分が思っている限りの言葉を伝える。
兄ならば分かってくれる・・・・・そう思った。
「兄上・・・・・」
「・・・・・時間は、それ程にないぞ、洸竣」
強く洸竣の肩を掴んだ洸聖は、ただ短くそう言った。
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