光の国の恋物語





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 目の前に差し出された指輪は、かなり見事なものだと一目で分かった。
青・・・・・一色ではなく、見る角度、光の当たり具合などで、その色合いが鮮やかに変わっていく。
 「・・・・・」
とても一介の商人が持っているものとは思えないほどの素晴らしい宝石。
稀羅は顔を上げた。
 「これを差し出したものは?」
 「何時もの待機部屋に入れておりますが」
 「・・・・・その者には特別高価な薬草を取る許可を与えよ」
 「はっ」
今の蓁羅の国力ではとても手に入らないような素晴らしい宝石。一目見て莉洸の細く白い指にピッタリと似合うものだと思えた。
(・・・・・直ぐ、王子に見せるか)
そうすれば、少しは笑顔を自分に向けてくれるかもしれない。



 他の商人達とは少し離れた場所に行くと、まるで互いの商品の品定めをしているという風を装って書類を見下ろしながら、洸
莱は初めて見ると言ってもいい和季の横顔に視線を走らせた。
(彼が父上の・・・・・影か)
子供である洸莱も、多分3人の兄達も、その素顔は今まで知らなかった。
 王の影は、歴代の王全員についていたわけではない。
優秀な補佐や賢い王妃が付いていた王には影はおらず、現王洸英にしても3代ぶりに付く影だった。
 「・・・・・どうなされた」
 部屋の外で待っている役人に聞こえないような小さな平坦な声で、和季は静かに訊ねてきた。
普段からほとんど感情の起伏というものが無い和季だが(元々顔はマントでほとんど見えないのだが)、今の声には僅かな柔らか
さを感じた。
 「・・・・・いえ」
 「私が珍しい?」
 「・・・・・はい」
 「ご心配は無用。私は光華と王は裏切らない」
 「・・・・・あなたは、男、ですか?」
 「・・・・・どちらに見えますか?」
抑揚の無い声は高くなく、低くなく。
見える顔の造形は女のように美しいが柔らかくない。
 「どちらにも見えます」
 「・・・・・」
 正直な洸莱の言葉に、和季は珍しく楽しいというように笑った。いや、単に唇を上げただけだが、それでも普段の無表情があま
りに人形のようなので十分笑っているように見えた。
 「どちらも」
 「え?」
 「私は男であり、女でもある。両性を兼ね備えているのは案外多いのですよ」
 「両性・・・・・」
(では、サランと同じ、両性具有というのか・・・・・?)
こんなに身近に2人もいた事実に洸莱は驚いて目を見開いた。
 「この王宮の構造はご存知ですか?」
 「あ・・・・・いえ」
 驚いている洸莱を尻目に、和季は手に持っていた紙を少しだけずらして見せた。
そこには簡単ではあるが王宮内の間取りらしきものが書いてある。
 「これは・・・・・」
 「多分、莉洸王子は王の部屋・・・・・ここから南の、王妃の間におられるはず」
 「王妃の・・・・・」
大切な兄が女扱いをされているのかと思うと面白く無く、洸莱の眉が潜まった。
 「今蓁羅には王妃が不在なのです。王の部屋の次に整っているのは王妃の部屋しかないはずですので、莉洸殿は十分手厚く
世話をされているはずですよ」
 「・・・・・」
 「どうやら蓁羅の王はかなり莉洸様を気に入られている様子。見張りは厳しく、容易に近付くことは出来ないと思われます」
 「・・・・・そうか」
 容易には近付けないとは思っていたが、やはりかなり警護は厳しいようだ。
莉洸と会うにはどうすればいいかとさらに考えていた洸莱に、和季は事も無げに言った。
 「正々堂々会いに行きましょう」
 「え?しかし・・・・・」
 「青の指輪をお渡しになったでしょう?それを付けられた麗人のお姿を一目拝見したい・・・・・そう願い出ればよいのです」



 「入るぞ」
 衣月の見舞いから部屋に戻ったらしいと聞いた稀羅は、そのまま莉洸に会いに部屋に向かった。
息が詰まらぬようにと鍵は付けておらず(外には見張りが付けてある)、ドアは軽く開いて稀羅を受け入れた。
 「王子」
 「・・・・・」
 窓辺のイスに座っていたらしい莉洸は、立ち上がったそのままの姿でこちらを見ていた。
その目の中に途惑いと怯えの色が見えるのは、昨日の稀羅の言葉をちゃんと覚えているからだろう。

 「我が妻になれ、王子」

その言葉をただの戯言だとは思っていないのは上出来だが、それでこれだけ怯えられても困ってしまう。率先して好かれる為に動く
という事は無いまでも、嫌われたくは無いと思った。
 「王子」
 「ご、御機嫌よう、稀羅王」
 育ちの良い莉洸は、どんなに嫌っている相手にもきちんと挨拶をするようだ。
律儀な莉洸に内心で笑みを漏らしながら、稀羅はゆっくりと近付いていった。
 「あ、あの」
何を言われるのか・・・・・怯えているのが丸分かりの莉洸を見下ろしながら、稀羅はずっと握り締めていた手を差し出した。
 「・・・・・?」
 「これを、お前に」
 「え?」
ゆっくりと手を開くと、待ちかねたように輝きだす青い指輪がそこにあった。



 「!!」
 莉洸は思わず叫びだしそうになるのを耐えた自分を褒めたくなった。
そして、身長差からも、自分の表情が稀羅に見えなかっただろうということを感謝したかった。
(これは僕の指輪・・・・・だ)
 15歳になった時、父から贈られた青い指輪。
子供心にもきっと高価なものだろうと思い、ずっと部屋の秘密の場所にしまい込んでいた。その場所を知っているのは、一度この
指輪を見せたことがある・・・・・。
(・・・・・洸莱?)
 「王子、気に入らぬのか?」
 ずっと黙ったまま俯いている莉洸に、稀羅が少し固い声で問い掛ける。
莉洸は慌てて首を横に振った。
 「い、いいえ、あまりにも綺麗な指輪だったから驚いて・・・・・あの、これはどうされたのですか?」
 「献上された」
 「献上・・・・・」
 「一介の商人が持っていたものにしてはモノがいいだろう。そなたの白い肌に似合うと思ったのだが・・・・・」
 「・・・・・」
(これは僕じゃなくて、僕の妻となる人が身に付けるものなんだけど・・・・・)
似合うと言われて複雑な思いがしたが、それでももしかしたら光華の人間が、いや、莉洸の知っている誰かがこの王宮内にいるの
かもしれない・・・・・そう思うと、莉洸は勇気が湧いてくるような気がした。
 「あ、あの、稀羅王」
 「なんだ」
 「この指輪を献上してくださった方にお会い出来ますか?」
 「・・・・・なぜに?」
 「あ、あの、一言・・・・・お礼をと」
 「・・・・・」
(怪しまれてしまった?)
声は喜んでいなかったか、それとも顔が笑っていなかったか。
莉洸は緊張で強張りそうになる顔を何とか普通に見せるように、そっと稀羅を見上げた。