光の国の恋物語
46
「いいのかなあ、私達ここでのんびりしていて」
「遊んでいるわけではないのですから、悠羽様」
「そうですよ、悠羽様。後は洸莱様の連絡を待つしか出来ません」
「それはそうなんだけど・・・・・」
悠羽は溜め息を付いた。
明け方に洸莱が王宮に向かってまだ数時間。どんな結果もまだ出ないという事は分かっている。
それでもじっとしていることに慣れない悠羽は、宿にいるよりはと3人で町に出てあてもなく歩いていた。
それに付き合うサランや黎も、内心では洸莱のことが気になって仕方ないのだろうが、今自分達が出来ることは何も無いという事
も知っていて、苛立つ悠羽の傍に黙って付いていてくれていた。
「・・・・・難しいな、サラン、黎」
「何がでしょうか?」
「どの国も、滅んでいい国は無い・・・・・そういう事だ」
このままでは間違いなく光華と蓁羅は戦を起こすだろう。
そうなれば、国力の差だけではなく、近隣の国々もどちらを支援するかは・・・・・目に見えるように分かっている。
(1つの戦は、何千、何万・・・・・いや、それ以上の犠牲者を作る。それは蓁羅の民だけではなく、光華の人間もだ)
なまじ戦慣れしている蓁羅の民は、直ぐに屈服することなく対抗してくるだろう。それがさらに犠牲者を生んでしまうことは想像に難
くない。
「どうにかならないかな・・・・・」
「・・・・・蓁羅の王が、莉洸様を無傷でお返しになればあるいは」
「蓁羅の王がすると思うか?」
「・・・・・いいえ、どうやら王の莉洸様への執着はかなりのご様子なので・・・・・」
「そこなんだよな」
(稀羅王は莉洸様をどうなさりたいのだろう?)
唯の人質か、それとももっと別の意味なのか・・・・・一度しか(街中では一瞬だったので)きちんと対面していないので分からない
のが悔しい。
「悠羽様、焦ってはなりません。夕刻を過ぎれば洸莱様がお戻りになるはず。その結果をお聞きになってから考えましょう」
「・・・・・そうだな」
(今はそれしか出来ないか・・・・・)
悠羽は顔を上げて辺りを見る。
王宮がある町だというのに、華やかさがほとんど無い。
(洸聖様がご覧になられたら、何とおっしゃるだろう・・・・・)
「おい、要京国、蔡!」
「・・・・・はい」
昼をかなり過ぎた頃、洸莱は名乗っていた偽名を呼ばれた。
「お前が献上した指輪を、王がいたく気に入れらた。直接礼が言いたいそうだ、名誉なことだぞ」
「はい」
「それと、成宮国(なるみやこく)和季、お前の首飾りも見事なものらしい。そなた、彫刻も出来ると申してたな?ぜひ彫ってもら
いたいものがあるそうだ、一緒に御前へ」
「はい」
洸莱は和季を振り返りたいのを堪えた。
「では、2人共、俺の後について来い」
「はい」
「はい」
和季は僅かに洸莱に微笑みかけると、自分が先に立って役人の後を歩き始めた。
(いったい何時の間に手筈を整えたんだ・・・・・?)
洸莱はその後ろを歩きながら考えた。
自分達が光華を出た後に和季も国を出たのだろうが、この華奢な身体で自分達とほぼ同時に蓁羅に辿り着き、その上王宮内
にもぐりこむ手筈を整える・・・・・。
時間はかなり限られていたはずだが、それをやってしまうのは彼が影だからだろうか?
「焦りは禁物です」
小声で、和季が言った。
「どんな事態になろうとも、焦って行動は取らないように」
「・・・・・分かった」
この先にいる稀羅。そこに莉洸がいるとは限らないが、稀羅の何らかの意図は分かるかもしれない。
早く悠羽に、そして国で待っている父や兄達に何らかの報告がしたいと、洸莱はきゅっと唇を噛み締めた。
「王!商人2人をご面前に!」
王座に座ったまま、稀羅は扉から入ってくる男達をじっと見つめた。
(若いな・・・・・・それに、あれは男か?)
商人としてはかなり若いだろう男と、一見して性別不詳の人物。稀羅の眉は潜まった。
「要京国、蔡はどちらだ」
「・・・・・私でございます」
若い男の方が少しだけ前に出て、きちんとした礼の形をとった。若い男にしては正式な礼儀を知っているなと思ってその顔を見る
と、商人にしては日に焼けた肌をしているわけではなく、顔立ちもどことなく気品がある。
(・・・・・本当に商人か?)
何かが引っ掛かる気がするが、それが何かと明確な形にはならず、稀羅はその視線を横に向けた。
「そちらが、成宮国の和季」
「さようでございます」
こちらの人物も優雅に礼を取った。
男とも女とも思えない声に、不思議な身体付き。
明らかにこの2人は今までの商人達とは違うと思った。
「・・・・・」
しかし、ここでイスから立ち上がれば、まるで自分がこの2人を怖がっているのだと周りにも知られてしまうかもしれないと思った稀
羅は、緊張する自分の心を落ち着けるようにそのまま肘掛けをギュッと掴んで言った。
「献上品、しかと受け取った。どちらも見事なものだった」
「お言葉、光栄に存じます」
「ありがとうございます」
「この宝飾を身につける者がぜひ礼を言いたいと申してな・・・・・リィ」
奥に向かって呼ぶと、静かに扉代わりの幕が開いた。
「・・・・・」
(これは・・・・・蓁羅の王も酔狂なことをなさる)
和季は口元に皮肉げな笑みを浮かべて出てきた人物を見た。
それは・・・・・確かに莉洸だったが、着ているものはまるでどこかの姫のようだった。
ふんわりと長い袖に、引きずるような衣を何重も纏い、頭から薄い絹を被っているその姿は、元々の可憐な容姿をさらに際立た
せるものだった。
莉洸の顔を知らなければ、そのまま姫だといわれても気付かないだろうが、和季も、そして隣にいる洸莱も直ぐにその正体に気付
いた。
「・・・・・っ!」
歳のわりには冷静沈着な洸莱も、さすがに莉洸がそんな格好をさせられて出てきたことに絶句し、思わず足を立てようとしてい
たが、和季はここは我慢と洸莱の足に僅かに指を掛けた。
「・・・・・」
その気配に気付いた洸莱はたちまち怒気を隠し、先程までと同じ礼の形をとっている。
この歳でここまで感情を律するのは立派だと、和季は自分の忠告にきちんと従ってくれた洸莱を優しく見つめ、次に目の前の莉
洸をゆっくりと見つめた。
「・・・・・」
自分の格好が恥ずかしいのか、莉洸は俯いたままこちらをまだ見ていない。
そんな莉洸に、稀羅が手を差し出した。
「こちらへ来い」
「・・・・・」
莉洸は素直に・・・・・しかし、ゆっくりとした足取りで稀羅の傍に歩み寄る。
「リィ、この者達がそなたの身に付ける宝飾を献上してくれた者達だ。そなたからもよく礼を言うが良い」
「はい」
その言葉に頭を下げた莉洸は、素直に和季と洸莱の方へ向いた。
「このたびはよい品を頂きましてありがとうございます」
頭を下げ、再び顔を上げた莉洸の目が、ベール越しに大きく見開かれたのが分かる。
和季は莉洸が叫びだすよりも先に口を開いた。
「お美しい姫君に身に付けて頂いて、こちらこそ光栄でございます」
じっと洸莱を見ていた莉洸は、その声に初めて和季の方を振り返った。
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