光の国の恋物語





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 女のような格好をさせられてしまうことに抵抗が無いわけではない。
しかし、莉洸は今はそれよりも、青の指輪をこの蓁羅まで持って来てくれた人物に会うことが最優先だった。
もしかしたら自分の知っている人間かもしれないし、知らなくても光華国の人間であることには変わりはないはずだ。
その相手に今の自分の現状をどうにか知らせることが出来るように、そして何より戦を起こすことなど考えないように伝えたいと、莉
洸は自分の身を飾っていく召使い達の言葉に素直に従った。
 そして・・・・・。
 「こちらへ」
着替え終わった莉洸は、小さな部屋に通された。
どうやら幕で仕切られた向こう側が、謁見の間になるようだ。
 「リィ」
 「王子」
 どうやら名前も伏せられているらしい。
莉洸は召使いに促され、そのままゆっくりと歩を進める。
幕が開けられた目の前では、稀羅が莉洸に向かって手を伸ばしていた。
 「・・・・・」
(あそこまで歩かないと・・・・・)
顔を見せないようにか、頭からすっぽりと絹の布まで纏っているので視界は多少覚束ない。
それでも何とか稀羅の傍まで近付くと、稀羅はしっかりとその手を握り締めながら言った。
 「リィ、この者達がそなたの身に付ける宝飾を献上してくれた者達だ。そなたからもよく礼を言うが良い」
 「はい」
 いよいよだと思った。
幸い布を被っているので微妙な表情の変化は見せることはないだろうが、それでも自分の驚きが稀羅に悟られないように、声が
震えないように、莉洸は慎重に礼を述べた。
 「このたびはよい品を頂きましてありがとうございます」
頭を下げ、再び顔を上げた莉洸の目が、ベール越しに大きく見開かれた。
 「!」
(洸莱っ?)
 なぜ・・・・・弟がここにいるのか、莉洸は混乱していた。
自分と同様、国から出たことも無い洸莱が、こんな正体の分からない国に乗り込んでくるとは到底思えなかった。
嬉しさと、驚きと、今までの心細さを全て覆いつくすように叫びかけた莉洸だったが・・・・・。
 「お美しい姫君に身に付けて頂いて、こちらこそ光栄でございます」
 突然、横から声が掛かった。
口を開きかけた莉洸の目が、その声の主に向けられた。
(だ・・・・・れ?)
見たことが無い人物だった。
それなりに身長はあるようだったが、全体的にほっそりとしてみえる身体。
顔も十分には見えないものの、造作は整っており、肌は白く、その瞳は美しい青い色だ。
 「御指を、拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」
 抑揚の無い、男か女かも分からないようなその声に、莉洸は慌てて指輪をはめた右手を差し出した。
本来は妃の印として左手につけるのが正式なのだが、莉洸はどうしても抵抗があって右手につけたのだ。
 「・・・・・本当に、良くお似合いでございます」
 「あ、ありがとう」
 「リィ、この者は今お前が身につけている首飾りを献上した者だ。良い品だな」
 「お褒め頂き、ありがとうございます。姫様、その飾りの青い宝石は奏禿から発掘されたもので、一番大きな宝石を囲うように3
つの透明な宝石が飾られています。必ずやこの先、その首飾りは姫様を守って輝くでしょう」
 「・・・・・」
(奏禿からの4つ・・・・・悠羽・・・・・さま?)
 「姫様、どうかお言葉を頂戴くださいませ」
 莉洸はじっとその人物を見つめた。
弟洸莱と一緒に現われた謎の人物。しかし、洸莱の気配に警戒の様子は無く、むしろ男の言葉に微かに頷きながら莉洸を見
つめている。
多分・・・・・この人物は自分達の味方なのだろう。
洸莱と、悠羽と、他にも2人この国に乗り込んで来て、自分を救おうとしてくれている・・・・・莉洸はとっさにそう考えた。
その考えは大きく間違ってはいないだろう。
 「・・・・・ありがとう。美しい飾りを頂き、大変満足しています。朝、眩しい日差しに輝くこの指輪を見つめ、夜、月明かりに輝く
水鏡にかざして見つめましょう。落ちている2枚の葉は気にせずに」
 「リィ」



 稀羅は自分の隣にいる莉洸の腕を掴んでいる手に力を入れて、それ以上口を開くのを行動で止めさせた。
(これ程の返礼を言うほど気に入ったというのか?)
あの指輪を見せた時、確かに莉洸の様子は変わった。
献上した者に会いたいと言い、稀羅が命じた女装にも文句を言わなかった。
 「・・・・・」
 稀羅は目の前にいる2人に鋭い視線を向けた。
確かに少ししゃべり過ぎだし、王と謁見するというのに緊張した風には見えない。
しかし、見ていた限りでは怪しい動きをしたわけではなく、莉洸に必要以上に近付いたという事も無い。
2人が交わした言葉は余りに風雅過ぎて稀羅には分からなかったが、おかしい言葉を言い合っているようには思えなかった。
ただ、これ以上は莉洸をここに置いておきたくない。
 「部屋に戻りなさい」
 「稀羅王」
 「戻りなさい」
 「・・・・・はい」
 莉洸は迎えに来た召使いと共に退席する。
その姿が一同の視線から外れたことに稀羅は内心安堵し、それからゆっくりと2人の商人を振り返って言った。
 「両名、我が国の希少な薬草を摘む許可を与える。それが私からの感謝の気持ちだ」
 「ありがとうございます」
 「ありがとうございました」
深く頭を下げる2人を置いて、稀羅も王座から立ち上がって踵をかえした。



 発行された許可証を受け取った洸莱と和季は、もう日が完全に落ちた頃王宮から出てきた。
 「あんなに傍にいたのに・・・・・」
目の前に愛する兄がいたというのに、何も出来なかった自分が悔しかった。しかし、あの場で叫びだしたり、怪しい行動をすれば
命が無かったという可能性もあったかもしれない。
そのジレンマに、洸莱は唇を噛み締めるしかなかった。
 「洸莱様」
 王宮を出てからずっと無言で歩いている洸莱に、和季が静かに声を掛けた。
 「あなたの勇気ある行動で、かなりの情報を得ました」
 「・・・・・何がだ?分かったのは莉洸が無事だという事だけだ」
 「それも十分貴重な情報ですが・・・・・莉洸様のお言葉を思い出してください」
 「言葉?」
 「そうです。莉洸様はこうおっしゃった。『朝、眩しい日差しに輝くこの指輪を見つめ、夜、月明かりに輝く水鏡にかざして見つめま
しょう。落ちている2枚の葉は気にせずに』」
 「・・・・・ああ、確かに」
 「私の持っていた間取り図は頭の中にありますか?」
 「・・・・・」
洸莱は立ち止まって目を閉じた。
あの王宮の間取り図を頭の中に広げて見る。
 「・・・・・あ」
 「お分かりになりましたか?」
 「莉洸の言っていた、朝眩しい光と言うのは、朝方光が差し込む東側に窓があるという事か」
 「ええ、そうです。そして、月明かりに水鏡にかざすというのは、部屋の真下に噴水か池か井戸・・・・・水に関係するものがあると
いう事」
 「確か、王妃の部屋の真下は、小さな池みたいなものの印が・・・・・」
 「王妃を慰める為の噴水です。今は水が涸れているようですが。洸莱様、これで莉洸様がいらっしゃる部屋がきちんと分かった
ということです」
 「2枚の葉というのは見張りのことかっ」
 「多分、部屋の前にいる衛兵の数でしょうね」
そう言うと、和季はゆっくりと目を細めた。
 「幼い頃、お身体が弱かった莉洸様はたくさんの書物を読んでおられた。だからこそ、とっさだというのにあれほどの文句が言えた
のでしょうね」
 「・・・・・」
(莉洸・・・・・)
何かを伝えようと必死に考えてくれた莉洸に、洸莱はギュッと手を握り締めてその名を呟いた。