光の国の恋物語





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 「・・・・・この方は?」
 洸莱の帰りを今か今かと待っていた悠羽達は、洸莱と共に現われた見たことのない人物に途惑いを隠せなかった。
部屋の中に入ってくるまでは深くフードを被っていたその人物は、今は素顔を隠すことなく見せている。
透けるような白い肌に、青い瞳。硬質で中性的なその美貌は、どこかサランにも共通している感じだった。
 「・・・・・」
 現に、幼い頃からサランと共に過ごしていた悠羽も血縁かと思ってしまったし、黎も2人の顔を、目を丸くして交互に見つめてい
る。
そしてサランも、自分の面立ちに似たその人物を食い入るように見つめていた。
 「洸莱様」
 「和季だ」
 「わ・・・・・き?」
 「父上の影人だ。王宮でも会ったと思うが」
 「あ・・・・・ああ、あの時の!」
 洸聖の父親である光華国の王と対面するのに緊張していた悠羽だが、その王、洸英の後ろにひっそりと控えていた人物のこと
は覚えていた。
顔ははっきりと見えたわけではないが、纏っている雰囲気はあの時の人物と酷似している。
 「で、でも、王の影人がどうして・・・・・」
 「私を助けてくれた。和季のおかげで、莉洸の安否が分かったんだ」
そう前置きすると、洸莱は王宮での出来事を話した。



 莉洸が怪我も無く無事だったという事に、一同は一様にホッとしている様子だった。
まさか大きな怪我などを負わすことはないとは思ったが、蓁羅というあまり知られていない謎の国の王が何をするかは、はっきりいっ
て誰も予想がつかなかったのだ。
 「良かった!莉洸様が無事で!」
 ソバカスのある悠羽の顔が綻ぶと、こちらもほっと温かな気持ちになった。
洸莱は深く頷くと、和季から預かった王宮の間取り図を小さな机の上に広げる。
一同はいっせいにそれを覗き込んだ。
 「これは・・・・・王宮の?」
 「和季が調べてくれた」
 「和季さん凄い!」
素直に喚声を上げる黎とは対照的に、サランはどうしても和季のことが気になるのか視線を向けていた。
何時もは悠羽のことしか目に入らないサランのこんな様子は珍しく、洸莱もそんなサランが気になって視線を向けた。
 「じゃあ、ここ、この王妃の部屋に?」
 「はい。どうやら見張りは扉の向こうに2人」
 「でも、中の警備は厳しいのだろう?」
 「それが、想像していたよりは。多分国境で外からの侵入者をある程度止めているという事もあるでしょうし、蓁羅の国情からし
ても無理なのでしょう」
 「国情?」
 「人材が輸出の主なものである為に、世界各国に蓁羅の人間は出向いています。戦が出来るほどの人間を国に呼び戻すの
は至難のワザですし、それを他国の人間に知られないようにするとなるとほとんど不可能といってもよいでしょう」
 「そうか・・・・・」
 悠羽は和季の言葉に深く頷いている。
余計なことは言わないだけに和季の言葉はすんなりと頭の中に入ってくることを、洸莱も自身が経験して分かっていた。
 「では、案外王宮に潜り込むのは簡単かもしれないか」
 「あくまでも、危険であることには変わりがありませんが」
 「でも、せっかく莉洸様の無事も確認したし、居場所も分かったんだ。このままここにいても何も進まないだろう?」
前向きな悠羽の心は、既に蓁羅の王宮への侵入に向けられているようだ。洸莱もこの機会を逃さない方がいいと思うので、悠羽
の意見には賛成だ。
確かに莉洸には怪我は無かった。しかし、その顔色はけして良いと言えるものではなく、早くあの石で出来た冷たい牢獄のような
王宮から救い出してやりたいと思う。
 「では、どうする?」
 「私と洸莱様と・・・・・和季殿、あなたも手を貸して下さいますか?」
 「私はその為にここにおりますので」
当然だというように頷く和季に、悠羽は丁寧に頭を下げた。
 「ありがとう」
素直に頭を下げる悠羽は、王族だからというヘタな矜持は持ち合わせていないようだ。
してもらったことにちゃんと感謝出来る人間こそ、本来のあるべき王族の姿なのかもしれない。
 「じゃあ、早速今夜」
 相手が警戒をして警護を厳しくする前に動いた方がいいとの意見に、進入するのは今夜という事にした。
もしも、稀羅王が洸莱と和季の正体を怪しんでいたとしても、まさかその当日に何らかの動きをするとは思わないだろう。
 「サランと黎はここで待っていてくれ」
 そこまで意見がまとまると、当然のように悠羽はサランと黎に残るように言った。
それも、洸莱にとっては当然だと思ったが・・・・・。
 「悠羽様!」
 「僕も連れて行って下さい!」
 「・・・・・」
 無理も無いと思った。
ここまできて、自分達だけが留守番をすることは納得出来ないのは分かる。
しかし、明らかに足手まといになるであろう2人を連れて行くことは出来無いだろう。
 「サラン・・・・・」
困ったようにその名を呼ぶ悠羽に代わり、今まで黙っていた洸莱がきっぱりと言い切った。
 「一度に3人は守れない」
 「え?」
珍しく感情を露わにしたサランの目が、真っ直ぐに洸莱に向けられていた。
挑むように輝くその目が綺麗だと、洸莱は場違いながら思う。
 「洸莱様、私は剣も嗜んでいますし、多少の武術の心得もあります。けして足手まといになるとは思いませんが」
 「言葉では幾らでも言える。サラン、大人しくここで待っていてくれ」



 反論しようとすれば出来たかもしれない。
サランには甘い主人の悠羽になら、縋れば何とか同行を許してくれたかもしれない。
しかし、サランは真っ直ぐに自分を見つめながらそう言い切った洸莱の言葉に対して、どうしても否と言う事が出来なかった。
(私は・・・・・っ)
 「サラン」
 「・・・・・分かりました」
 「サランさん!」
気遣わしそうに声を掛けてくる悠羽に強張った笑みを向けると、サランは必死な表情で自分に訴えかけてくる黎に向かって静かに
言った。
 「私達はここで莉洸王子が戻られるのを待ちましょう」
 「で、でもっ」
 「それが、一番良いのです」
そう言うだけで、サランは精一杯だった。



(随分・・・・・我慢している)
 和季は、自分と同じ空気を纏っているサランをじっと見つめた。
自分が洸英という主を見付けた様に、サランも悠羽という主がいる。多分、とても良い関係なのだろう。
それでも、サランはどこか犠牲的な精神を持っていた。どこか自分に似ているそんなところは、自分達がこんな性別をしている者同
士だからなのか・・・・・。
 だが、悠羽には洸聖がいる。あの2人は、多分、惹き合っている。
洸聖の手を取った悠羽が傍からいなくなったとしたら・・・・・この、自分とよく似た境遇のサランは、いったいどうするのだろうか。
このまま、悠羽に付いているか。
それとも、また別の道を歩むようになるのか。
 「・・・・・」
 俯くサランを見つめているのは、自分だけではなかった。
(ああ・・・・・彼がいる)
まだ気付いていないかもしれないが、その目にしっかりと浮かんでいる恋慕の色。
何よりあの言葉は、サランの身を案じたからこそ出てきたもののはずだ。
(早く気付きなさい、サラン)
自分の傍に誰がいるのか、ゆっくりと周りを見て欲しい。
ただ、それは誰かに言われて気付くことではなく、自分が見付け、考え、そして、ちゃんとした答えを出さなくてはならない事なのだ。
(洸英様の血を引く方は・・・・・皆、幸せになって欲しい・・・・・)