光の国の恋物語





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 深夜、サランと黎を置いて宿を出た悠羽達3人は、ある程度の装備を手にしてそのまま王宮へと向かって行った。
夜遅くまで開いている酒屋や食堂などは無く、歩く道は月明かりが無ければきっと真っ暗で歩くことも困難だと感じるほどに暗くて
足下も悪い。
当然ながら、人影も全く無かった。
 「進入は裏門から?」
囁くような小さな声で悠羽が問うと、いいえとこちらも声を落とした和季が答えた。
 「正門からです」
 「・・・・・でも、門番がいるんじゃないのか?」
 「深夜の門番は3人。そのうち2人は金を渡してありますので」
 「金・・・・・大丈夫なのか?蓁羅の民の結束は固いようだが・・・・・」
 「その固い結束も、金で売ってしまえるほどに貧しいのです」
 「・・・・・」
確かに、和季の言う事は正論だろう。どんなに国を愛していても、自分が、家族が、死んでしまっては、そこで全ては終わってしま
うのだ。
(そうだけど・・・・・裏切られるのは悲しいな)



 3人が王宮前に着くと、本来立っているべき門番の姿は1人もいなかった。
和季が迷うことなく大きな木造の正門の横にある小さな通用口に手を掛けると、本来は鍵が掛かっているはずの扉は何の抵抗
も無く開いた。
 「・・・・・」
そのまま先に中に入る和季の後に悠羽が、そして最後に洸莱が続く。
そこにも人影はなかった。どうやら和季が手筈を整えた通り、金を渡した相手は他の見張りもどうしてだかその場から離れさせてい
るようだ。
 3人の頭の中にはしっかりと間取りは入っていたものの、それでも薄暗い月明かりだけで迷うことなく歩を進める和季の背を、洸
莱はじっと見つめていた。
(いったい、何者なんだ・・・・・)
名前以外、全ての素性は父である洸英しか知らない和季。だが、あまりにもその雰囲気はサランに似ていて、洸莱はその身元が
気になって仕方がなかった。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 しかし、今は莉洸の救出に全神経を傾けなければならない。
3人は無言のまま足を急がせ、やがて目印にした枯れた噴水を見付けた。
その側には、こちらも枯れて葉がほとんど付いていない大木が数本、まるで王妃の部屋を目隠ししているように立っていた。
 「・・・・・これでは、噴水が見えなかったんじゃないか?」
素直な悠羽の感想に、和季が静かに答えた。
 「おそらく、この王宮を建てた初代王は、自分の妻を他人の目に晒したくはなかったのでしょう。木の葉で目隠しをしながらも、王
妃にはそなたの為に噴水を作ったと慰める。元々私欲で国を起ちあげた相手ですので、その真意は案外笑えるほどに単純なの
かもしれませんが」
真上に視線を向けると、窓から続いた手摺付きのバルコニーが見える。灯りも・・・・・まだついているようだ。
 「あそこか」
 2階のそこは、高さにして洸莱の身長の3倍以上・・・・・もしかしたら4倍近くはあるかもしれない。
 「どうする?」
石で出来ている外壁は、足を掛ければ上れない事もないだろうが、それでも頼る綱か何かが必要だ。
まずは、あらかじめ準備した綱をあのバルコニーに括り付けなければならないのだが・・・・・。
 「私が行く」
 「悠羽殿」
 「この中で木登りの経験があるとすれば私くらいだろう。幸い、ほら、この木々があのバルコニーの側に枝を伸ばしている。これを
上って行けば何とかなるはずだから」
そう言い切った悠羽は、肩から綱を引っ掛けると、そのまま身近の木に足を掛けた。



 観賞用としては全く役に立たない木だが、葉が無いだけに登るのは容易かった。
悠羽は躊躇無く手足を運び、そのままどんどん上に上っていく。
 「・・・・・っ」
一つの木の枝が少なくなればその隣の木に移り、またそれが頼りなくなれば次にと、まるで動物のように身軽に上っていく悠羽は、
それ程時間を掛けることなく、手を伸ばせばバルコニーに届くほどの高さまで上った。
(莉洸様は・・・・・)
中から姿が見えないように出来るだけ木の陰に隠れるようにして部屋の中を覗いて見るが、どうも人影は見当たらない。
(今の内に・・・・・っ)
 本当はこのまま部屋の中に侵入してしまいたかったが、もしも誰かに見付かった場合のことを考えると、退路は確保しておいた
方がいいだろう。
それには廊下に飛び出して、慣れない王宮内を逃げ回るよりも、このバルコニーから綱一本で降りて逃げた方がいいだろう。
 「・・・・・」
悠羽は思い切り身体と手を伸ばし、なんとかバルコニーの手摺に縄を掛けると、解けないようにと何重にも結んでいった。
 「よし」
これを試すのには、実際に自分が使った方が間違いはない。



 「!」
 悠羽が木の枝から綱に乗り移ったのを見た洸莱は思わず叫びそうになった。
(全く躊躇いが無いなんて・・・・・)
度胸がいいというよりは無鉄砲な感じさえしてしまうが、悠羽はそのまま反動で上手く石壁の凹凸に足を引っ掛け、後はあらかじ
め縄につけていた幾つかの結び目を利用してそのまま下に下りてきた。
 「・・・・・っと」
 無事に地面に着いた悠羽が、少しも疲労を見せないまま振り向いた。
 「部屋の中には誰もいないようだ。どうする?中に潜んでいてもいいだろうか」
 「莉洸様には何人か召使いが付けられているはずです。部屋の中にも入ってくるでしょうから、見付かる可能性が高くなってしま
うかもしれません」
 「じゃあ、莉洸様が1人になる時を待った方がいいということか」
 「その後のことも考えなければなりませんし」
 「その後?」
 「上手く莉洸様とお会いして連れ出すことが出来るとしても、あの方にこの綱を伝って下まで下りることが出来るかどうか」
 「あ・・・・・」
 「無理は禁物です、悠羽様。ここまで上手くいったからといって、これから先も上手くいくとは限りません。ここは敵地の本拠地で
あることをお忘れなく」
 「分かった」
悠羽と共に洸莱も頷いた。
ここまで問題もなくやって来れて、もしかしたらこのまま莉洸を連れて逃げられるかもしれない・・・・・そう思っていた自分が確かにい
た。
しかし、確かに和季の言う通り、全てが上手くいくとは限らない。頭の中に間取りがあるとはいえ、慣れないこの蓁羅の、そしてこ
の王宮の中では、明らかに自分達の方が不利なのだ。
 「じゃあ、また私が木の上で見張りを・・・・・」
 「いや、今度は俺が」
 全て悠羽に頼ってばかりはいられない。
悠羽は男でありながら兄の大切な伴侶だ。莉洸と同じように、自分は悠羽も守らなければならないと思った。
 「でも、洸莱様」
 「木登りは確かにしたことは無いが、腕力は全く無いわけではない。和季、悠羽様を」
 「はい」
昼間王宮に来たことで、もしかしたら召使いの誰かが顔を覚えているといけない。
洸莱は頭からすっぽりとフード付きのマントを着直すと、皮の手袋をしっかりとつけてそのままロープを握った。
 「・・・・・っ」
(重い・・・・・っ)
 思いがけず自分の体重の重さを実感してしまったが、思ったよりは手も動く。
洸莱は慎重に石壁に足を引っ掛け、綱をしっかり握り締めて上に上っていった。
そして、もう少しでバルコニーに手が届くといった時、
 「王子、顔色が優れないようだが」
 「だ、大丈夫ですから」
 「!」
聞き慣れた莉洸の声と、昼間間近で聞いた稀羅の低い声がした。
(部屋に戻ってきたのか・・・・・っ)
洸莱はそのまま物音がしないようにとじっと動きを止める。
その気配に下の悠羽と和季も何かを悟ったのか、息を潜めてそのまま身動ぎを止めた。