光の国の恋物語





50









 莉洸は洸莱と再会してからずっと動揺していた。
もちろん、自分を追って見知らぬ国蓁羅の、それも王宮にまで来てくれたことは嬉しい。
ただ、危険な目に会うかもしれないという心配も大きく膨らんでいた。
(居場所を教えてしまったけれど・・・・・まさか来るなんてこと・・・・・)
自分がいる部屋の外はもちろん、王宮のいたる所に衛兵はいる。誰もが体格のよい、一見して武術、体術に優れていると分か
る者達ばかりだ。
幾ら太刀筋がいいと褒められている洸莱でも、あまりにも実力が違うように思えた。
(とにかく、僕が何とか王宮の外に出られたら・・・・・)
 部屋でじっとしているのも落ち着かなくて、衛兵に頼み込んで食堂に行くことを許してもらった。
冷たい水で喉を潤し、ほっと溜め息をついた時、
 「王子」
 「・・・・・っ」
物思いに沈んでいた莉洸は、直ぐ側に気配を感じてハッと顔を上げた。
 「稀羅王・・・・・」
 「もう深夜といっていい時間だ。どうした、眠れぬのか?」
 「あ、い、いえ・・・・・」
(もうそんな時間・・・・・)
夕食を食べてから部屋に閉じこもってずっと考え込んでいたので、今がどのくらいの時間なのか全く気がついていなかった。
慌てて外を見てみれば、窓からは薄ぼんやりとした月明かりが差し込んでいる。
 「少し、目が冴えてしまったものですから・・・・・ご心配をお掛けしました、もう休みますので」
 昼間のことを・・・・・洸莱のことを悟られてはならないと、莉洸は何とか稀羅にそう言って少しだけ笑みを向けた。
しかし、その態度はどうやら稀羅にとっては不審なものだったらしく、眉を潜めて莉洸の顔を覗き込んできた。
 「あ、あのっ、本当に平気ですから!」
とにかくあまり一緒にいたくないと早足で部屋に戻ると、なぜかその後を稀羅はついてきた。
(ど、どうして一緒に来ちゃうの・・・・・っ)
 莉洸を見張っている衛兵も、稀羅が直ぐ側にいるので自分達は少し離れている。
ますます足を早める莉洸に、稀羅は続けて言った。
 「王子」
 「本当に、何でもありませんから!」
自分が言えば言うほど、何かがあると見えてしまうようで、莉洸は早く部屋に戻りたかった。



 午後、あの不思議な2人の商人に会わせた後から、莉洸の様子が少し変わったのには稀羅も直ぐに気付いた。
ただ、それがどちらの商人と会ったからかまでは分からない。
(まさか・・・・・光華の人間・・・・・か?)
国境では他国の、それも光華国の人間の出入りには特に気をつけるように言っていた。
商人でも、旅人でも、光華国の入国は許さないようになっているはずだ。
しかし、それが幾つかある国境全てで徹底されているかどうかは稀羅にもはっきり言えず、可能性としては光華国の人間が他国
民になりすまして入国をしている可能性はあった。
 「王子」
 「本当に、何でもありませんから!」
 言えば言うほど、態度がおかしい。
しかし、何がという確信がないまま、稀羅は自分の隣の部屋・・・・・王である自分の隣の王妃の部屋の前まで、莉洸についてき
てしまった。
 「あの、ここで」
 莉洸は後ろ手に扉を開けた。中は灯りがついたままだ。
 「お休みなさいませ」
するりと中に入って一礼した莉洸がそのまま扉を閉めようとするのを、稀羅は反射的に止めて強引に大きく開いた。
 「稀羅王っ」
 「王子、顔色が優れないようだが」
 「だ、大丈夫ですから」
莉洸よりも先に部屋の中に入ると、稀羅は改めてその顔をじっと見つめる。
少し赤みを帯びていた莉洸の顔は、たちまち白いほどに青褪めてきた。
 「王子、そなた・・・・・っ!」
 その時、稀羅の視界の端に、不自然に動く木が映った。
 「何者だ!!」
叫ぶと同時に莉洸の身体を庇うように抱きしめ、稀羅はそのまま腰の剣を抜いた。

 
ガサッ  ドンッ

不自然な物音と、数人の気配が窓の外で聞こえる。明らかにこの部屋に何者かが侵入しようとしていたようだ。
 「衛兵!」
 「王っ?」
 稀羅が大声で呼ぶと、外に控えていた2人の衛兵が部屋の中に駆け込んできた。
 「侵入者だ!即刻全ての門を閉めて捕らえよ!!」
 「はっ!」
直ぐに部屋を飛び出した衛兵に視線も向けず、稀羅は莉洸を振り返って・・・・・その身体をギュッと抱きしめた。
 「そなたに怪我が無くて良かった・・・・・」
 「稀、稀羅王」
 早口にそう言った稀羅は、まずは窓の外に行った。
広くは無いバルコニーの細い柱には何重にも縄が括り付けられており、稀羅は舌打ちを打ってその縄を剣で切り落とすと、そこか
ら厳しい目で庭を見下ろした。
しかし、灯りが乏しく、鬱蒼とした草が生えたままの庭に、誰が何人潜んでいるかなどは全く分からない。
 「・・・・・っ」
 住居など寝られればいいと思っていて、あまり手入れなどに力を入れなかった自分自身に腹が立ってしまうが、今更過ぎたこと
を考えても仕方が無い。
稀羅は踵をかえすと、呆然と立ち竦んだままの莉洸の身体をもう一度抱きしめ、今までに無く気遣うような口調で言った。
 「侵入者は直ぐに捕らえる。そなたは安心して休んでいなさい」



 慌しく部屋の外に出て行く稀羅の後ろ姿を呆然と見送った莉洸は、やがてペタンとその場に腰を落としてしまった。
 「僕を・・・・・庇った・・・・・?」
侵入者がいると分かった時、稀羅が一番最初にしたのは莉洸を庇うことだった。
まさか自分をそんなふうに守ってくれるとは思わなかった。
驚いて、そして、途惑ってしまった。もしかしたら稀羅は、莉洸が思っている以上に莉洸のことを大切に扱ってくれているのかもしれ
ない。それがたとえ人質だからとしても・・・・・。
 「・・・・・あ」
 それと同時に、莉洸は侵入者の方へ意識が行った。
もしかしたらそれは洸莱達だったかもしれないと思い当たったのだ。
 「・・・・・っ!」
慌てて立ち上がった莉洸は、急いで庭に向かった。
何時も見張りに立っていた衛兵達も、今の騒ぎで外に飛び出したのか姿は見当たらず、莉洸は比較的簡単に庭に出ることが出
来た。
庭のそこかしこから怒声が響き、松明の火灯りが揺れて見える。
(どこ、どこにっ?)
 大きな名前で名前を呼ぶことも出来なかった。
ただ、あれが本当に洸莱達ならば、何とか捕まらずに無事に逃げて欲しかった。
 「王子っ!ここは危険ですゆえ、中に!」
 1人で立っていた莉洸に声を掛けたのは、莉洸が身体を張って助けた軍隊長だった。
 「あ、あの、侵入者って」
 「今追い詰めております。直ぐに捕らえますので、どうか王子は・・・・・っ」
そこまで軍隊長が言った時、大きな声が響いた。
 「捕らえたぞ!!」
 「捕らえたかっ!」
 「つ、捕まった?」
ざわめきがどんどん大きくなっていき、灯りも一つに纏まってくる。
間もなくその灯りは莉洸の方へと移動してくると、その先頭にいた稀羅が莉洸の姿を見て僅かに目を見張り、やがて皮肉気に口
元を歪めて言った。
 「油断ならないな、王子」
 その言葉で、莉洸は侵入者の正体を確信した。
 「稀、稀羅王、私はっ」
 「そなたの大切なお仲間は、傷を付けずに丁重に迎えさせてもらった」
 「!」
そう言いながら振り向いた稀羅の視線を慌てて追い掛けた莉洸は、
 「洸莱!悠羽様っ?」
縄で手を後ろで縛られ、服も髪も乱れて汚れた姿の一同を見て、莉洸は絶望的な声を上げてしまった。