光の国の恋物語
52
「り、莉洸様、今のお話は・・・・・」
一番最初に声を発したのは悠羽だった。
隣にいる洸莱は信じられないと目を見張ったまま莉洸を見つめるだけで声も出ないようなのだ。
(いったい、何時の間にそんな話に・・・・・?)
最初に思ったことは、稀羅に自分達の命をたてに脅されているのではないかということだった。心優しい莉洸は、悠羽達の命を助
ける条件としてその話を受けたのではないかと思ったのだ。
しかし、悠羽自身、男の身で他国の王子と結婚しようとしている(莉洸はまだ悠羽を女だと思っているが)から分かるというわけで
はないが、莉洸の顔には絶望したような表情は見えなかった。
確かに緊張しているのか強張った顔で、笑みも浮かんでいない状態だったが、その瞳には強い何らかの意志があった。
けして絶望して服従しているのではない・・・・・悠羽にはそう感じ取れたのだ。
「莉洸様、今おっしゃったこと・・・・・」
「・・・・・本気です」
莉洸は今だ稀羅に抱きしめられたまま、視線だけを悠羽達の方へ向けた。
「確かに、僕自身も・・・・・今の自分の言葉に驚いているくらいだけど・・・・・」
「王子」
心細い表現に、稀羅の腕の力が強くなった。
「方法は、正しかったとはいえません。僕にとっても、光華国にとっても、今回のことは少し乱暴で・・・・・途惑うことも多かったけ
れど、稀羅王は僕をとても気遣って下さっているし、僕も、この国の民の為に、何かをしたいと思ったんです」
「莉洸様・・・・・」
幼い頃から身体が弱く、兄達のように国政に関わっていない莉洸は、だからこそ知識だけでも国の役に立ちたいとかなり勉強熱
心だということを聞いた。
その献身の思いを光華国の民だけではなく、自分を連れ去ってきた稀羅の国、この蓁羅の民にへも同様に与えようとしているの
だろうか。
それは、愛情とはいえないような気がした。
民を思う気持ちと、稀羅の花嫁になることは全く別ではないかと思う。
「莉洸様、それは・・・・・」
「悠羽様なら分かってくださいますよね?」
「・・・・・」
「お国の為に光華国にいらっしゃったのに、あなたはもう光華の事を考えて下さっているでしょう?愛情というものは後からでも生
まれるのではないでしょうか」
悠羽に向かって言いながら、莉洸は自分自身に言い聞かせていた。
今の自分の心の中に、稀羅への愛情があるかと聞かれれば直ぐに頷くことは出来なかった。莉洸にとって稀羅は、今だ怖いと感
じる存在であることには間違いがないのだ。
ただ、この目で見てきた蓁羅の民の現状を、自分が出来るのならば何とかしたいと思った。
その為に尽力している稀羅の手助けが出来るならと。
(結婚という形が正しいかどうかは分からないけど・・・・・)
男である自分に稀羅の妃が務まるかどうかは分からない。
今は莉洸のことを欲してくれている稀羅でも、将来は自分の血を引く後継者を欲しいと思うようになるかもしれない。
しかし、それならばそれで構わないと思った。
元々、結婚とは男女の間で行われるもので、中には少数の同性が伴侶というものもいるだろうが、王族に限ってはほとんどないよ
うな気がする。
どう頑張っても跡継ぎを産めない同性の伴侶を持てば、いずれ子を生すことが出来る相手を欲するだろう。
少し、胸が痛いが、その間の僅かな時間でも、自分に何か出来るかもしれない。
「悠羽様、ここまで来て下さったこと、とても感謝しています。でも、僕は大丈夫。とても大切にして頂いてますから」
「・・・・・本当に?」
「本当に」
悠羽ならば、自分の心の真意に気付いて、黙って頷いてくれるはずだ。
「・・・・・」
悠羽は複雑な顔をして莉洸を見つめている。
しかし、嘘だとも、駄目だとも言わなかった。
「莉洸・・・・・俺は賛成出来ない」
「洸莱・・・・・」
「この国では莉洸は幸せになれない」
莉洸と悠羽の会話を聞いていても、洸莱にとって莉洸が望んで稀羅の花嫁になるとはとても思えなかった。
それに、今はかなり良くなったとはいえ、元々身体が丈夫ではない莉洸がこの地で暮らしていくのはかなり無理がある気がする。
気候も、食べ物も、光華国とは比にならないほど悪い。
そして男の王妃というのも、莉洸にとってはかなり重い足枷になる気がした。
(悠羽殿とは違うんだ・・・・・)
王女として、光華国にやってきた悠羽。
自分はこの旅の中で悠羽が男だと知ったが、既に身体を重ねたはずの兄洸聖は当然その性別も了承しているのだろう。
対外的にも王女として知られている悠羽とは違い、光華の4兄弟として名の知れ渡っている莉洸は男として嫁ぐことになってしま
うのだ、どんな好奇の目で見られるか。
「洸莱、僕は」
「稀羅王、兄を返して頂きたい。無理にこの地に連れ去った上結婚などと・・・・・兄を馬鹿にされているのか」
「馬鹿になどしておらぬ」
ようやく、莉洸の身体を解放した稀羅は、それでも莉洸の腰を抱きしめたまま洸莱を見据えた。
「どうしても欲しくて奪ったくらいだ。離しはせぬ」
「・・・・・」
「莉洸、そなたの言葉・・・・・信じてよいな?」
洸莱の面前で2人が視線を交わす。
甘い雰囲気ではないが、それでも真摯な空気がそこにはあった。
「・・・・・はい」
「よし」
莉洸の言質を取った稀羅は、再び洸莱を振り返った。
「莉洸が我が花嫁になれば、そなたは私とも義兄弟となる。大切な兄弟をこの手で傷付けることはないとここに誓おう」
「稀羅王、お待ちください、俺は・・・・・」
「そして、光華国ももう1つの我が故郷となる。故郷に刃を向ける者などいないだろう」
攻め入ることは無いと言っている稀羅を、洸莱はじっと睨んだ。
莉洸の言葉は予想外で、稀羅は珍しく浮かれてしまった。
欲しいと思った相手から腕の中に飛び込んでくるというのだ、ここで受け止めなければと思った。
莉洸が結婚を決意してくれたのならば、この王宮の中に悠羽や洸莱が忍び込んでも何の問題もない。義兄弟が遊びに来ただけ
だと言えば済むことだった。
(婚儀は出来るだけ早く行わなければな)
その時は各国の王族も呼んで盛大に披露目をしなければ・・・・・そう思っていた稀羅に、腕の中の莉洸がオズオズと切り出した。
「稀羅王、一度僕を光華に帰して頂けませんか?」
「何?」
せっかくの良い気分が一瞬で冷えてしまい、稀羅の声音は低くなった。
「たった今、我が花嫁になると誓った口でそのようなことを言うのか?」
「国を出た時の・・・・・あの状況を考えれば、一度父上や兄達にきちんと話をしておきたいのです。僕自身が望んで蓁羅に行く
ということを」
「・・・・・」
見た目とは裏腹にかなり頑固な莉洸は、多分・・・・・きっと、一度決めたことを覆すことはないだろう。
「必ずこの地に戻ってまいりますから」
「・・・・・」
「稀羅王」
なぜか、莉洸の言葉は信じられた。
「・・・・・分かった、私も同行する」
「え?」
「そなたの父、光華の王に、きちんとそなたを貰い受ける許可を取らないとな」
「で、でも、きっと・・・・・」
稀羅との結婚などとんでもないと、父や兄達が反対するのは目に見えた。
もしかしたら、稀羅に対して剣を向けることがあるかもしれない。
「僕が説得して、ちゃんと戻りますからっ」
「古から、結婚の申し込みは男の側から行くと決まっている。光華の花と言われているそなたとの結婚を請うのだ、多少の反論
も覚悟の上」
「稀羅王・・・・・」
莉洸の言葉が自分への愛情からだと思うほどに自惚れてはいないが、これは神が与えてくれた最大の好機なのだと思う。
素直な子供の莉洸を、自分の手の中に抱き込むのは容易いかもしれない。だが、出来ればこんな自分に対しても慈悲の心を
持って対してくれる莉洸が、皆から祝福してもらえるようにしてやりたい。
(勝手なことばかりだな・・・・・)
強引に連れ去り、弟達の命をたてにするようにして欲しい言葉を言わせたくせに、莉洸の心からの愛情までも欲してしまう自分
が浅ましいと思う。
それでも稀羅はどんな仕打ちを受けたとしても、光華国をもう一度訪れなければ前に進むことが出来ないと覚悟していた。
![]()
![]()
![]()