光の国の恋物語





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 光華国王洸英と、皇太子洸聖、そして第二王子洸竣の3人は固い表情のまま王宮の門前に立っていた。
3日前、国境に到着したという知らせが届き、今日の早朝、間もなく王宮の側の町に入るという連絡があった。
どんなにゆっくりとした馬の歩みでも、もう間もなくこの王宮の前に到着するだろう。
 「・・・・・絶対に許さない」
 「兄上」
 「莉洸をあのような野蛮な国に渡せるかっ、それも、花嫁としてだぞ!」
 「それは、俺も反対です。今までこの国の将来を健気に考えていた莉洸が、あの蓁羅に嫁ぐなど考えられない」
 「きっと、我が国の民の命を引き換えに蓁羅の王が脅して取った言質だろう。莉洸が戻りさえすれば・・・・・もう蓁羅になどやるつ
もりは無い!」



 領土の半分を望むという、荒唐無稽な書状から日を置かずして、再び蓁羅からの早馬にて送られてきた書状。
それは光華国の第三王子、莉洸を蓁羅の王稀羅の花嫁として貰い受けたいとの信じられない話だった。
確かにこの光華国内でも同性同士で結婚している者はいる。
洸聖の許婚悠羽は、知る人間は少ないが男であったし、洸竣が興味を惹かれているのも黎という少年だった。
今の2人に、頭から同性との結婚を反対することは出来ない。しかし、その相手が問題だった。とてもあんな乱暴な手段をとる稀
羅に嫁がせることは出来ない。
 それは、父である洸英も同じ思いだった。
昔から身体が弱かった莉洸を大切に育てたつもりの洸英は、むざむざ不幸になるだろう国に行かせることは出来なかった。
 しかし、3人は相談して、稀羅の来国を認めることにした。用件は面白くは無いが、莉洸が国に帰れる絶好の機会なのだ。
国境を越えれば、何らかの理由をつけて稀羅を拘束し、莉洸と離れさせる。
その為にも、光華国の王と王子達はこうして稀羅達の到着をイライラしながら待ちわびていた。



 「あっ!」
 どの位この場で立っていたか・・・・・洸聖の目に砂埃が見えた。
 「あれかっ」
 「兄上」
 「とにかく宮の中に招き入れてしまうまでは手を出すな」
 「はい」
次第に見えてきた人影。馬の数も1頭や2頭ではなかった。
 「悠羽っ?」
先頭の馬に乗っていたのは、蓁羅の国に密偵として乗り込んだ悠羽だった。
莉洸同様、どうしているかと心配していただけに、無事なその姿を見た洸聖は深い安堵の溜め息を付いた。
悠羽自身、この光華国にやってきてまだ間もないと言っていいほどだったが、既に洸聖にとっては親兄弟に匹敵するほど身近に感
じる存在になっている。
太陽のように明るい悠羽の笑顔を見るとホッとするし、力が湧いてくる気がするのだ。
 「洸聖様!」
 「悠羽、よく無事で・・・・・っ」
 軽々と馬から飛び降りた悠羽は、そのまま洸聖の身体に抱きつきかけ・・・・・直ぐにあっと気付いたように膝を折った。
 「此度はせっかくの使命も全う出来ず、こうして戻ってくることになってしまいました」
 「頭を上げよ、悠羽。そなた達が無事であったことを嬉しく思う」
 「私達のことは心配はありません。ただ、莉洸様が・・・・・」
良く見れば、戻ってきたと言う高揚感は悠羽の顔には無く、どこか途惑ったような、途方に暮れたような表情で洸聖を見上げてい
た。
何事もはっきりとした自分の意思を持っている悠羽にしては珍しい態度だ。
しかし、その態度を見た洸聖は、再び蓁羅からの書状の内容を思い出して眉を顰めた。
 「既に書状を届いている。結婚の申し込みをしに来国するなどとたわけたことを・・・・・!」
 「稀羅王は本気です。そして、莉洸様も・・・・・」
 そう言いながら、悠羽は後ろを振り返った。
そこには一足遅れて黎と一緒に馬に乗った洸莱、そしてサラン、もう1人見たことが無い人物がいる。
そして、その更に後ろから・・・・・。
 「・・・・・」
黒馬の一団がゆっくりと現れた。



 以前訪れた時と空気が一変しているのを稀羅は感じていた。
無理も無い、以前は一応だが国賓として来国したのに対し、今回はまるで敵国の襲来といってもいいような立場だからだ。
大切な王子を連れ去った野蛮な国の恐ろしい王・・・・・きっと自分はそう評価されているだろうが、稀羅は少しも気にすることは
無かった。
 「・・・・・久し振りの里帰りだな。やはり祖国は良いものか?」
 「・・・・・」
 「どうした、疲れたか?」
 「・・・・・いえ、大丈夫です」
 自分の身体の前に乗せている莉洸の目は、じっと父や兄達の方を見つめている。
突然連れ去って30日以上は経ったか・・・・・懐かしい、恋しいと思っても仕方が無いだろうが、稀羅としては莉洸の意識が他に
向けられるだけで面白くは無かった。

 莉洸から結婚の承諾を受けて直ぐ、光華国には使いを出した。どちらにせよ、1回は訪ねて行かなければならないとは思ってい
たのだ。
同時に、何時の間にか蓁羅に入り込んでいた悠羽達の処遇も考えねばならず、先ずは入国時の防波堤として利用することにし
た。
莉洸がいるのだから大丈夫だと思ったが、そこに未来の皇太子妃と第四王子までいるとなると、幾ら敵国の王が乗り込んできた
としても、早々に手を出すことは出来ないだろう。
 あらかじめ通達があったせいかもしれないが、予想以上に国境の門は簡単に通過出来た。
(今からが本番だがな)
これから、光華国の王、そして皇太子と対決する。
彼らの反応は想像に難くないが、覚悟して再びこの地を踏んだのだ。
 「王子」
 「・・・・・」
 「私はそなたを離さぬ。そなたも、同じだと思っていても良いな?」
 「・・・・・」
 「莉洸」
 「はい」
手綱をしっかりと握り締めたまま、莉洸はコクッと頷く。
稀羅は唇の端を上げると、そのまま後ろから小さな身体を強く抱き締めた。



(ようやく・・・・・帰ってきた・・・・・)
 国から出たことが無い莉洸にとって、今回のことは随分長い・・・・・そして初めての旅となった。
だが、ようやく戻ったというのに、自分は直ぐに稀羅と共に蓁羅に戻らなければならない。
そう・・・・・もはや蓁羅は莉洸にとっての第二の故郷になる場所だった。
 「莉洸!!」
 やがて、王宮の前で揃っていた父と兄達が手を伸ばして名前を叫んだ。
莉洸は一瞬泣きそうなほどに顔を歪めたが、直ぐ側にいる稀羅の存在を背に感じると泣くことも許されないような気がした。
莉洸の身体が逃げないことを確信したのか、先ず稀羅が馬から降り、続いて莉洸の腰を持って下に下ろしてくれた。親しい者同
士のような些細な仕草を、周りの人間はずっと凝視している。
 「稀羅王、手を・・・・・」
 「構わぬ。私にとってそなたは大事な妃となる者。人に知らしめることが恥だとは思わぬ」
 「・・・・・」
 稀羅は莉洸の肩を抱きしめたまま、目の前に立つ光華国の王、莉洸の父洸英に向かって堂々と言った。
 「先日は暇乞いもせずに失礼した」
 「・・・・・貴殿の腕にあるのは、わが息子莉洸のように見えるが」
 「さよう、光華国の光の王子であると同時に、我が妃になる莉洸だ。今回はぜひ結婚の許しを得る為に参った」
 「私が許すとでも?」
 「王子の希望でもある」
 「・・・・・莉洸」
父が名を呼んだ。
愛おしそうに、大切そうに、大好きな父に名前を呼んでもらうだけで胸が熱くなってしまう。後はあの大きな手で頭を撫でてもらった
ら・・・・・。
しかし、莉洸はそのまま父に駆け寄ることが出来なかった。
 「莉洸」
 「・・・・」
 「さあ、私と共に父王に挨拶を」
 「・・・・・はい」
今の莉洸の手は稀羅に繋がっている。
莉洸はじっと父洸英を見つめていたが、やがて片膝を着いて深々と頭を下げた。
 「父上、どうか・・・・・どうか、私と稀羅王との結婚を認めては下さいませんか」
 「莉洸っ!」
兄洸聖の叫びが耳に痛く届くが、莉洸は下げた頭を上げることはなかった。