光の国の恋物語
54
このままでは話も出来ないという洸英の言葉に、一同は王宮の中に入ることになった。
黒馬を従えた蓁羅の一行はかなりの威圧感を醸し出しているが、その中に色白の華奢な莉洸がいるということが洸聖は我慢が
出来なかった。
出来るだけ冷静に、慎重にと自分に言い聞かせるが、どうしても感情がその端々から湧き上がってきてしまう。
(どうして莉洸が、あんな男に・・・・・!)
稀羅は34歳だと聞く。莉洸よりも15歳も年上だ。
大人の男であるといっていい稀羅が、なぜ男の莉洸を娶る気になったのか・・・・・どう考えても、光華国の力が関係あるとしか思
えない。
莉洸と婚儀を挙げ、その夫となれば、光華国とは縁続きとなる。
その上で、ゆっくりと光華国の中に入り込んでくるのではないかと洸聖は思っていた。
「・・・・・莉洸、身体の調子はどうだ?」
広間に行く廊下の途中で、洸聖は弟を振り返って聞いた。
稀羅の直ぐ隣を歩いていた莉洸は洸聖に視線を向けると、少し強張った笑顔で兄に言った。
「はい、大丈夫です、兄様」
「食事はどうした?ちゃんと眠れていたのか?」
「兄様ったら・・・・・僕は子供ではないですよ」
「・・・・・分かっている」
(分かっているが・・・・・お前のその顔を見れば、どうしても口を出したくなってしまう)
少し、痩せて、色白だった肌がますます青みがかった白い色になったような気がした。
気候もかなり厳しく、食料も乏しく、なにより攫われて行ったのだ、心が休まる時も無かっただろう。
そう思うと、更に稀羅への憎しみが大きくなり、洸聖は睨むような視線を稀羅に向けた。
すると・・・・・。
「兄上はかなり心配性のようだ」
笑みを含んだ声で言われ、洸聖はギュッと拳を握り締めた。
「きさ・・・・・貴殿に兄と呼ばれる筋合いは無い」
「莉洸と婚儀を挙げれば、私にとっても兄になる」
「・・・・・9歳も年下の私を兄と呼ぶのか」
「言葉だけなら幾らでも」
「・・・・・っ」
腹立たしくて仕方が無い。
こんな男を弟と呼ぶことなど出来ないと、洸聖は決意を込めて前方を睨みつけた。
連れてきた20人ほどの臣下達は別室で待たせることになり、稀羅は衣月だけを供にして広間にやってきた。
衣月は刀傷は完治したわけではないが、今回の光華国行きには頑強に同行を主張した。
稀羅としても一番信用している衣月が傍にいるのは安心出来るし、莉洸もどこか衣月には気を許している感じもする。
(ここが・・・・・勝負だな)
堂々と真正面から光華国に乗り込むのはこれで二度目だ。
一度は莉洸を攫う為に。
そして、今回はその莉洸を完全に自分のものにする為に。
「・・・・・」
「・・・・・」
前回もまるで観察されるような視線を感じていたが、今回は更に強い敵意をヒシヒシと身体に感じる。今の自分は蓁羅の王と
いう立場よりも、大切な莉洸を攫った略奪者という立場なのだろう。
それも面白いと、稀羅は唇をつり上げた。
広間に案内されると、そこには稀羅が思っていたほどには人間はいなかった。
王と3人の息子、そして悠羽と、今回蓁羅に同行していた3人の召使い達。他には大臣も1人としていなかった。
それだけ、今回の話は人には知られてはならない話だからだろう。
「蓁羅の王よ、貴殿はまこと、我が息子莉洸を・・・・・娶るおつもりか」
さすがに大国光華国の王洸英は、落ち着いた口調で稀羅に問い掛けた。
「はい」
「・・・・・男、だが」
「存じております」
「稀羅王」
「それでも、欲しいと思ったのです」
初めは、光華国の象徴である莉洸をこの手にしたいと思った。
だが、莉洸の人となりを知れば知るほど、王子としての莉洸よりも、莉洸自身が欲しくなった。その綺麗な心も身体も、全て自
分のものにしたいと思ってしまったのだ。
稀羅はその場に片膝を着くと、目の前に立つ洸英に深々と頭を下げて言った。
「光華の王よ、どうか貴殿の第三王子、莉洸を我が花嫁に頂きたい。どうか、この私の願いを聞き届けては下さらないか」
「・・・・・」
これ程真摯に誰かに頭を下げるなど初めてかもしれない。
これまでは誰かに頭を下げるなど負けと同然の屈辱だと思っていたが、今回に限っては・・・・・頭を下げることで許しを得られるな
ら、こんなことは何とも思わなかった。
「・・・・・頭を上げよ」
「・・・・・」
「頭を下げたくらいで、大切な息子を男に嫁にやれると思うか?」
「・・・・・」
「莉洸、そなた、稀羅王に何か言われたか?国のことを心配しているのならばそれは無用だ。我が国はどの国からも干渉を受
けることは無い。それほど、弱い国ではないぞ?」
「・・・・・」
(余計なことを)
莉洸の心を動揺させるような洸英の言葉に、稀羅は内心舌打ちを打った。
「父様・・・・・」
父が自分を気遣ってくれているのがよく分かる・
いや、父だけではない、兄達も、洸莱も悠羽も、ここにいる全員が莉洸の気持ちを慮ってくれていた。
嬉しくて泣きそうになってしまうが、ここで涙など流せば兄はきっと稀羅に剣を向けてしまう程に憤ってしまうかもしれない。
「稀羅王のおっしゃられることに、僕も・・・・・同意しています」
確かに最初は無理矢理に連れ去られた。
稀羅が怖くて、未知の国蓁羅が怖くて、莉洸は光華国に帰ることばかりを考えていた。
しかし、蓁羅の国の内情を知るごとに、違った思いに胸を痛めるようにもなった。
光華国とはまるで違う厳しい生活をしている蓁羅の民を、何とか少しでも助けたい・・・・・そう思うようになったのだ。
その一番早く結果が出る方法が、稀羅との結婚を承諾するということなのだが、もしかしたら自分のこんな考えは間違っているか
もしれないとも思う。
(それでも、何も知らなかった頃には戻れないんだ)
大好きな家族に守られて幸せに生きる・・・・・その自分の未来を捨てることを莉洸は決意していた。
「どうか、結婚のお許しを・・・・・」
「莉洸」
溜め息混じりの父の言葉は聞こえない振りをした。
(どうしたものか・・・・・)
洸英は頑固に自分の意思を伝える莉洸に何と言っていいのか困惑していた。
どうやら稀羅に無理矢理言わされているような感じではないが、かといって直ぐに承諾するには今までの稀羅のやり方は乱暴過ぎ
た。
対外的には表立ってはいないものの、稀羅が光華国に対して刃を向けたらしいという噂は近隣の国々では噂になっているのだ。
(このまま何も無かったということには出来るはずがない・・・・・)
洸英はチラッと一同の後ろに控えている和季に視線を向けた。
多分、この中では一番冷静にことの成り行きを見ていたはずの自分の影。先ず彼に話を聞こうと思った。
そんな洸英の気持ちが分かったのか、和季の青い目が僅かに細まった。
「・・・・・皆、長旅で疲れたであろう。今日はもうゆっくりするといい。話はまた時間を置いてしよう・・・・・異存はないか、稀羅王
よ」
「分かりました。それでは時間を改めまして」
「誰か!」
稀羅の返答を聞いて、洸英が案内の召使いを呼ぶ。
現れた召使いの後を当然のように莉洸の肩を抱いて付いて行こうとした稀羅に、洸英は苦々しく言った。
「莉洸は自室に戻りなさい」
「・・・・・王」
「案じないで貰いたい。莉洸が離れた瞬間に貴殿に刃を向けるような真似はせぬ」
「・・・・・仕方ないでしょう」
「・・・・・」
「莉洸、また後で」
もっとごねるかもしれないと思っていたが、稀羅の手は案外にあっさりと莉洸の肩から外れた。
「あなたを信じますよ、王」
「・・・・・」
その言葉で自分を牽制したのだと分かった洸英は、一筋縄ではいかぬ自分より年少の王をじっと見つめた。
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