光の国の恋物語
56
小さな、扉を叩く音がした。
洸英はすっと立ち上がると自ら扉を開ける。そこには、影である和季が静かに立っていた。
「・・・・・」
洸英は何も言わずに和季の腕を引いて部屋の中に入れると、そのまま扉を閉めて・・・・・次の瞬間、その見掛けよりもずっと細い
身体を強く抱きしめた。
「無事で・・・・・っ」
「王・・・・・」
自分の子供の為に、和季を送り出さなければならない時、さすがの洸英も一瞬躊躇ったことは誰にも言えない。
ただ、それほどに洸英にとっては和季の存在は小さくはなかった。
「和季・・・・・」
何時も自分の命を懸けて洸英を守ってくれる和季。今回和季が蓁羅へと向かったのも、洸英の子供である莉洸が攫われたとい
うのが大きな理由だろう。
光華国自体というよりも、洸英に忠誠を誓っている和季。その思いを利用したような気がして、洸英は和季が帰国してその顔を
見るまで心配でならなかった。
「王」
そのまま黙って抱きしめていると、和季が少しだけ困ったような声でその名を呼んだ。
「お話を」
「・・・・・」
つれない愛人だが、洸英も莉洸のことが気にならないわけではない。
名残惜しげにその身体を開放すると、頭からすっぽりとマントを羽織った何時もの姿に戻った和季に聞いた。
「稀羅王の真意は」
「多分、彼の王のお心は真実でしょう」
「・・・・・まこと、莉洸を愛しいと思っていると?」
「まだ若く、これまでの経緯を考えれば素直に求愛が出来ないのでしょうが、莉洸様に対しての愛情は間違いがないと思われま
す」
「・・・・・」
洸英は眉を顰めた。
和季がこれほどまでにはっきりと言い切るのだ、多分稀羅の莉洸への思いは真実か・・・・・それに近いものがあるのだろう。
しかし、父親とすれば、むざむざと苦労することが分かっている国に息子を生かせることに簡単には承諾が出来ない。
(そう・・・・・莉洸は王子だ)
男同士での結婚が少数だとはいえ現実にあることは理解している。
現に、今洸英が一番愛しいと思っている相手は女の身体ではない。
ただ、莉洸が花嫁になるとは・・・・・やはり想像が出来なかった。
「歳が離れ過ぎている」
「王の先日のお相手は、27歳も若かった」
「あれは遊びだ」
「それでも、歳は関係ないと思われませんでしたか?」
「・・・・・抱く側と抱かれる側では違う」
せめて莉洸が男の花嫁を娶るというのならば分かるが・・・・・そこまで考えた時、洸英は和季の気配が少し遠ざかったことに気が
ついた。
「和季?」
既に部屋の扉の側に立っていた和季は、見えることが出来る唯一の青い目を洸英に向けて言った。
「王、あなたは抱く側と抱かれる側では違うと申されたが・・・・・」
「和季っ」
「ならば男の身で男に抱かれようとしている莉洸様のお気持ちは、あなた様にはお分かりにならないでしょう」
「お・・・・・っ」
「失礼いたします」
静かに、和季は部屋を出て行った。
一瞬のことに身体を動かすことが出来なかった洸英は、しばらくしてようやく和季が怒っていたのではということに思い当たった。
「和季・・・・・」
声を荒げるわけでもなく、罵る言葉を言うわけでもなく、静かにその場を辞した和季。
しかし、洸英は、莉洸の為とはいえ和季を傷付けることを言った自分を激しく後悔していた。
莉洸の部屋から出た洸竣は、溜め息を漏らしながら自室に帰ってきた。
基本的に身体の快楽に関しては許容が広く、それが男同士だとしても気にしない洸竣だったが、やはりそれが遊び慣れている自
分ではなく可愛い弟となると・・・・・それも正式な婚姻となると話は変わってしまう。
(意外と頑固者だからな)
今話した様子では、莉洸の気持ちに揺れは感じなかった。説得するのならば、かなり外堀を埋めてしまうしかないだろう。
「さて・・・・・どうしたものか」
トントン
その時、扉が叩かれた。
洸竣は顔を上げ、直ぐに扉を開く。
そしてそこに立っている小柄な姿を目にすると、今までの眉間の皺を消してにっこりと笑い掛けた。
「お帰り、黎」
「は、はい」
既に旅支度から服を着替えていた黎は、洸竣に向かって深く頭を下げた。
「帰国の挨拶が遅れまして、申し訳ありません」
「いや、無事の帰還、嬉しいよ」
「ぼ、僕は、洸竣様に仕える身なのに、随分と王宮を空けてしまって・・・・・っ」
「それも全て我が弟の為だ、感謝する、黎」
「洸竣様・・・・・」
洸竣は入口に立ちすくんだままの黎の肩を抱くと、そのままごく自然に部屋の中に招き入れた。
「少し痩せてしまったか?」
「いいえ、王宮にいる時よりも食べていたくらいです」
「そうか?」
確かに、ここを出立する前はもっと細くて小さかった感じがするが、今は適度な筋肉がうっすらとついてしなやかな身体になったよう
な気がする。
今回の旅は黎にとってはいい経験だったようだ。
「僕、国から出るのが初めてで、それも重大な任務を頂いたというのに、悠羽様や洸莱様ばかり危険な目に・・・・・」
「黎・・・・・」
まだ帰って来たばかりで、それも稀羅という存在も一緒だということで、今回の旅の詳しいことは聞いていない。
ただ、悠羽からはとても助かったと聞いていたので、洸竣はその言葉を黎に教えてやることにした。
「悠羽殿は随分助かったそうだ。よくやった、黎」
「でも・・・・・」
「お前達は無事莉洸を連れ帰ってくれたし、なによりおまえ自身も傷を負わなかった。それが一番の功労だ」
「・・・・・」
黎はじっと洸竣を見上げて、やがて少しだけ笑みを見せた。
「少しでもお役に立てたのならば・・・・・嬉しいです」
人に褒められることに慣れていないようなその態度に、洸竣は思わずその小さな身体を抱きしめた。
「こ、洸竣様っ?」
「お帰り、黎・・・・・そなたの無事な姿を見れて嬉しいよ」
「・・・・・っ」
黎の手が、洸竣の身体を抱き返すことはなかった。
しかし、その指先が自分の服の裾を掴んでいたことに、敏い洸竣は気付いていながら黙っていた。
(今頃説得をされているだろうな・・・・・)
豪奢な客間の寝台に横たわった稀羅は、今頃莉洸が父王や兄達に説得されているだろうと思っていた。
それならばそれで構わないと思う。莉洸の気持ちがどんな風に変化をしたとしても、稀羅が莉洸を自国に連れて行くのは決まって
いるからだ。
とにかく、莉洸の為にだけ、形だけでも光華国に結婚の申し込みをしにきた。それが結果的にどうであれ自分の気持ちは変わら
ない。
「・・・・・」
稀羅は視線を移して部屋の中を見回す。
自分の国、蓁羅ではとても考えられないような贅沢な造りだ。
(ここで、生まれ育ったのか・・・・・)
ごく普通にこんな生活を送っていた莉洸が、蓁羅で暮らしていけるかと僅かながら思うこともある。
稀羅としても、出来るだけのことはしてやりたいが・・・・・。
(光華の施しを受けるというのは・・・・・気が進まぬな)
口では光華国から援助を引き出すと言ったものの、稀羅の気持ちとしては他国の・・・・・それも光華国にだけは情けを受けたくな
いというのが本当の気持ちだ。
(それでも、莉洸にとって良いようにしなければ・・・・・)
今の稀羅にとって一番に考えるのは莉洸のことだ。
その為ならば、自分の矜持などは・・・・・捨てても構わなかった。
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