光の国の恋物語





57









(何て言ったら・・・・・)
 悠羽は部屋に戻る洸聖についてきた。
自分の部屋ではサランが待っていることは分かっていたが、莉洸の言葉に少なからず衝撃を受けているらしい洸聖を1人には出
来なかったのだ。
そして、洸聖も悠羽が付いてくることを当たり前のように受け止めていて、時折その姿を確認するように振り返って見つめる。
そのたびに悠羽は笑い掛けた。
 「・・・・・洸聖様」
 洸聖の部屋に着いた悠羽は、待ちきれないように口を開いた。
 「今の莉洸様のお言葉・・・・・どう考えていらっしゃるのですか?」
 「・・・・・」
悠羽からすれば、稀羅の莉洸への好意はあからさまな感じがした。たとえ始まりがどうであろうと、稀羅は莉洸を本当に愛してい
るのだろう。
それは蓁羅にいても、光華国へ戻る旅中でも強く感じていた。
 ただ・・・・・莉洸はどうだろうか。
稀羅に脅されて結婚のことを言い出したようには見えないが、愛情ゆえ・・・・・と、いう感じもない気がする。
(あれは・・・・・どちらかといえば使命感に近い感じがする・・・・・)
 悠羽が色々と考えている間に洸聖も混乱する自分の心の中をじっと見つめていたらしい。
しばらく空の一点を見つめていた洸聖は、やがて溜め息混じりに口を開いた。
 「私は・・・・・幼い頃から身体の弱かった莉洸を、大切に守ってきたつもりだ」
 「・・・・・」
 「莉洸は素直で、明るくて、とても優しく育ってくれた」
 「はい」
(それは、私にも分かる)
王宮の中で莉洸は皆に愛されて育ったということは、その性格にも笑顔にも十分に表れていた。
物怖じしないで、自分の兄の許婚である悠羽にも懐いてくれて、悠羽にとっても真実の弟同様に大切な存在になっていた。
 「あのような手段で莉洸を自分の国に攫っていき、その上正式に婚儀を挙げたいなどと言ってきても・・・・・それが真実愛情から
だとはとても信じられぬのだ」
 「洸聖様・・・・・」
 「悠羽・・・・・私はどうしたらよい?莉洸の幸せを思えば、この結婚は絶対に反対すべきだと思う。だが・・・・・莉洸は私達が反
対したとしても、あの男についていくだろう」
 「・・・・・それで、良いのではないですか?」
 「・・・・・悠羽?」
 「洸聖様が迷われるのは当然だと思います。それは稀羅王とて覚悟の上でしょう」
 「・・・・・」
 「兄のあなたが、先が不安な結婚に反対するのは当然です。許せないのに言葉だけ許可を与えても、莉洸様の心には深い後
悔だけが残るはず」
 多分・・・・・今頃、自分のしたことを一番後悔しているのは稀羅かもしれない。
どんな目的があったのか、それに、他に方法はなかったのか。最終的にその手段を選んだのは自分だろうが、稀羅は今頃塗り返
せない過去というものを痛感しているに違いない。
 「反対しましょう!」
 「悠羽」
 「私も、今のままでは莉洸様があの国に嫁ぐのは賛成出来ません。裕福だとか、貧しいとか、そんな問題の前に、相手が信頼
出来る人か、莉洸様を任せられる相手かが問題だと思います」
 「・・・・・」
 「反対出来るのは婚儀を挙げる前にしか出来ませんよ、洸聖様。やり方を間違えたあの方を、2人で苛めましょう?」
最後は少し茶化すように口調を軽くした。
真面目だからこそ前に進むことも後退することも出来ない洸聖に、新しい道を指し示してやりたかった。
どちらにせよ、選ぶのは洸聖だ。
 「私は部屋に戻ります。後はご自分でゆっくりと考えられてください」
 軽く頭を下げた悠羽は、そのまま部屋を出ようとする。
すると、その腕を突然掴まれたかと思うと、悠羽の身体は一転して洸聖の腕の中に納まってしまった。
 「こ、洸聖様?」
 「しばらく、このままで・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・頼む」
その言葉が、洸聖にとってどれだけ勇気を振り絞らなければ出せない言葉なのか分かるような気がして、悠羽は黙ったままその背
に腕を回した。
 「お側にいます」
 「・・・・・」
 「あなたはお一人ではありません」
弱みを見せてくれる洸聖を、悠羽は愛しいと思った。



 「・・・・・」
 莉洸の部屋に行くと言って以来、悠羽は今だに部屋に戻ってはこない。
サランは椅子に腰掛けたまま、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
(結婚・・・・・されるのか・・・・・)
蓁羅に攫われてしまった莉洸がどうしてそんな心境になったのかは分からないが、命を懸けて蓁羅まで行ったはずのサランは気が
抜けた思いがした。
あの旅の中で、洸莱に自分の性別のことまで話したというのに・・・・・。
(莉洸様を責めることは出来ないけれど・・・・・)

 トントン

 その時、扉が叩かれた。
悠羽ならば声を掛けながら開けるはずだ。
サランはなぜか訪れた相手が誰だか分かるような気がして一瞬躊躇したが、扉の向こうの気配は消える様子はない。
サランはゆっくりと目を伏せた後、立ち上がって扉を開いた。
 「休んでいたか?」
 「・・・・・いいえ」
 洸莱はサランを気遣うように見つめ、少し躊躇ってから口を開いた。
 「少し、話してもいいか?」
 「・・・・・はい、悠羽様はまだお戻りになられてませんが」
 「悠羽殿は兄上とご一緒だ」
 「洸聖様と?」
 「ああ」
 「・・・・・そうですか」
あの2人は表だけでも許婚という関係で、2人が一緒にいるのは何の不思議もない。
分かっていたはずのことだが、サランはどうしても素直に2人の関係を祝福することは出来なかった。今のサランは、1人取り残され
てしまったようで・・・・・とても寂しかった。
 「どうぞ」
 サランはそのまま洸莱を部屋の中に招き入れると、部屋に常備している冷たい茶を注ぐ。
洸莱は先程までサランが腰掛けていた椅子に腰を下ろし、その様子をじっと見つめていた。
 「莉洸様は・・・・・どう言われたのですか?」
兄弟で莉洸の部屋に行くと言っていた、その説得は効果があったのだろうか。
 「・・・・・結婚するの一点張りだ」
 「・・・・・本当に?」
自国の、それも一番心を許せるはずの自室にいてもまだそう言うとは、莉洸が蓁羅へ嫁ぐと言ったのは逃げる手段としての詭弁
ではなかったのかとサランも驚いた。
 「兄上達は反対したし、もちろん俺も反対した」
 「それは・・・・・そうでしょうね」
誰がどう見ても、光華国の王族と蓁羅の王では格が違う。
それに、莉洸は王子だ。光華国は他にも3人の王子がいるが、蓁羅は他に王族がいないと聞く。ならば、絶対的に稀羅は子を
作らなければならないはずだ。
いずれ必ず子を産む女を迎え入れ、莉洸は形だけの王妃となってしまう・・・・・そんなことを光華国の王が、そして兄弟達が許せ
るはずもないだろう。
 「父上も兄達も困っている状態だ」
 「・・・・・ご本人の意思もありますし、難しいお話ですね」
 茶を差し出し、自分も向かいの椅子に座ると、サランは静かに言葉を続けた。
 「答えは、一両日中に出るようなものでもないでしょう。それまで蓁羅の王もご滞在なさるのでしょうか?」
 「さあ。多分、国に戻る時は、莉洸も連れて行くだろうな・・・・・そんな目をしていた」
 「・・・・・蓁羅の王は莉洸様を愛されておいでなのでしょうか」
 「・・・・・そうは、思う。でも、許せないという皆の気持ちも分かるし・・・・・俺もさっきは反対したが、正直にいえばどちらの味方を
していいのか分からない。どちらが莉洸にとって幸せなのか・・・・・」
 「・・・・・洸莱様は莉洸様をとても愛しておいでなのですね」
 「サラン?」
少し突き放したような言い方になってしまったサランを、洸莱は怪訝そうに見つめた。