光の国の恋物語
58
「全ての方々に愛されて育った方ですから、きっと蓁羅の王も莉洸様を可愛がって下さるのではないですか」
サランの赤い唇から零れる言葉の数々に、洸莱は奇妙な違和感を感じていた。
確かにサランは主人である悠羽のことを第一に考えていたが、それでも他の人間も気遣うということも十分出来る相手だとも思っ
ているからだ。
(何を追い詰められている?)
「サラン」
「・・・・・お許しください、言葉が過ぎました」
しかし、洸莱がその理由を訊ねる前に、サランは強引に会話を断ち切った。
「少し、休みたいのですが」
「・・・・・分かった、大事にされよ」
「ありがとうございます」
部屋を出ると、扉は直ぐに閉められた。さすがに鍵を掛ける音はしなかったが、洸莱はもうこれ以上関わるなと拒絶されたような気
がする。
(サランが大事に思っているのが悠羽殿ということは分かっているが・・・・・)
どうして自分の胸が痛むのか、人との関係に慣れない洸莱にはまだよく分からなかった。
そろそろ休まなければならないと、稀羅は寝台の上に横たわった。
自分の王宮とは雲泥の差の快適な寝心地。横たわるだけで眠りに誘われてしまいそうだ。
「・・・・・」
稀羅は目を閉じた。
莉洸がどうしても自分で父王や兄達に結婚のことを伝えたいと言ったし、自分としても一度は会わなければとも思ったが、本当は
帰らない方が良かったのではないかとも思い始めていた。
豊かで住みよいこの国から、莉洸は再び蓁羅へと戻る気になるだろうか。
(もしかすれば・・・・・再び連れ去ってしまう形になるやもしれんな)
出来ればそんなことはしたくないが、稀羅としてもこのまま莉洸を置いて帰国するなど考えられなかった。
当初は莉洸の存在に関して難色を示していた臣下達の中からも、素直で穏やかな莉洸に好感を持つ者も多く現れてきた。
何より自らの命を張って、自分達の仲間を助けたということも大きかったらしい。
「今更手放せるか・・・・・」
・・・・・・・・・・トントン
どのくらい目を閉じていたか。
多分、眠ってはいなかったのでそれほど時間は経っていないはずだが、静まり返った部屋の中に響く音に、稀羅は寝台から起き上
がった。
「・・・・・」
まさかこんな所で暗殺をされるとは思わないが、用心に越したことはない。
稀羅は側に置いていた剣を後ろ手に持ったまま、いきなり扉を大きく開いた。
「あっ」
「王子っ?」
そこにいたのは莉洸だった。
既に夜着に着替え、その上から温かそうな長い上着を羽織った姿だった。
「・・・・・どうした」
あまりにも意外だった為、稀羅の声は自然と硬いものになってしまう。莉洸はそれを聞いて直ぐに頭を下げて言った。
「申し訳ありません、慣れない場所では眠りにくいかと思いまして、お酒を・・・・・」
「・・・・・」
見れば、莉洸はその胸に酒のビンを持っていた。
稀羅は身体をずらすと、そのまま莉洸に中に入るようにと促し、莉洸が入って来る間に剣を置いた。
「・・・・・あの、お休みになられていたのですか?」
莉洸は寝台の乱れに直ぐに気付いたらしく、申し訳ありませんと侘びを言う。
謝ってばかりの莉洸に、稀羅は苦笑を零した。
「いや、ただ横になっていただけで起きていた。気を遣わせてしまったな」
「そんなこと・・・・・」
「そなたさえ良ければ、少し話をされていくか」
遠い異国の地で一人寝は寂しい。
そんな稀羅の気持ちが分かったのか、莉洸は素直に頷くと近くのテーブルに酒を置いた。
「飲まれますか?」
「寝る前に、少しいただこう」
莉洸が何の為にここまで訪ねてきたのか、稀羅はその理由を知りたいと思った。本当なら今頃は、父王や兄弟達に甘えている
だろうと思っていたくらいだ。
何か意図があってとは思わないが、それでもその行動の意味が気になる。
「王や兄上達とは話されたか」
「・・・・・はい」
俯いてしまった莉洸の様子を見れば、相当に引き止められたのだろうということはよく分かった。
それも当たり前だろうと稀羅は自嘲したが、莉洸はきっぱりと稀羅に告げた。
「父も、兄達も、ちゃんと説明をすれば分かってくださる方ばかりです。どうか、もう少しお時間をいただけないでしょうか」
「・・・・・説得するというのか?」
「分かってもらうまで話したいのです」
話すだけで分かってもらおうなどと思うのは甘いと思うが、そうまでしようと思う莉洸の行動は正直・・・・・嬉しいと感じた。
ここは蓁羅ではなく、莉洸は嫌だと思えば、幾らでも家族の腕の中に逃げ込むことが出来る。それをせずにこうして自分の目のに
立ってくれていることが嬉しかった。
「・・・・・では、王や兄上達の説得は王子に任せようか」
「はい」
稀羅が分かってくれたのが嬉しいのか、莉洸の顔がパッと明るく輝いた。
「きっと、大丈夫ですっ」
「・・・・・」
「僕があなたと結婚すれば、父や兄達はあなたにとっても家族となります。せっかく新しい家族となるのに、いがみ合ったまま、誤
解し合ったままでいたくないんです」
「家族・・・・・それは思い付かなかったな」
柔軟な莉洸の思考に、稀羅は思わずそう呟いた。
稀羅の言葉を受けて、莉洸は少し躊躇ってしまったが、直ぐに顔を上げると稀羅を真っ直ぐに見つめながら言った。
「衣月様から、稀羅様のご家族は亡くなられているとお聞きしました」
「衣月が?」
稀羅は驚いていたようだが、怒ってはいない様子だった。
「はい。あの、王のこと、少しだけでも知っておきたくて・・・・・」
「衣月は、他に何と?」
「王は、厳しいけれども、とても情に厚い方だと。蓁羅を少しでも良くしていこうと、寝る間も惜しんで動いていらっしゃるとお聞き
しました」
「・・・・・それは、少し良く言い過ぎだな」
「いいえ、蓁羅の民は、皆あなたのことを慕っていました。王宮に詰めていらっしゃる方々も、あなたと共に国を良くしようと思って
おられる方ばかりです。・・・・・僕は、この光華国の為に何もしてこなかった人間ですから、皆さんがとても眩しくて・・・・・羨ましいと
思いました」
「王子」
「だから、蓁羅の為に、僕も精一杯働きたいと思っています」
「・・・・・」
少しでも、自分の気持ちを分かって欲しいと思った。
始まりは確かに強引で間違っていたかもしれないが、莉洸に何かをしたいと強烈に思わせたのは蓁羅の人々の逞しさだ。
どんなに貧しくとも少しも俯かず、胸を張って生きている人々の為に、莉洸は稀羅を手助けしていきたいと思っていた。
(結婚というのは少し変だとは思うけど、父様達に蓁羅への援助をお願いするには縁戚関係になるのが一番だとも思うし。きっと
稀羅王も、本気で僕を妻にとは思ってらっしゃらないだろうし)
「・・・・・そうだな、我らで蓁羅をもっと住みよい国にしていこう」
「はい」
相槌を打ってもらった莉洸は嬉しそうに顔を綻ばせる。
すると、その顔を見ていた稀羅が、ふっと笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
(え・・・・・?)
「・・・・・っ」
突然唇を奪われ、莉洸は呆然と目の前の稀羅を見つめる。
すると、稀羅は何を驚くのかというように悠然と口を開いた。
「我が花嫁の裸身を抱くのにはまだ時間が必要なようだからな。このくらいの味見は許していただこう」
「・・・・・あ、あの・・・・・」
(花嫁っていうのは・・・・・本当にそういう意味だってこと?)
自分の認識の甘さに、莉洸はただ言葉もなく稀羅を見つめるしか出来なかった。
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