光の国の恋物語





59









 翌日の朝食には全員が揃ってテーブルについた。
上座の方へ向けた悠羽の目には、何時もにこやかなはずの洸英の厳しい顔がある。
(どうされたんだろう・・・・・何時も余裕がある方なのに)
どんな危機に直面しても・・・・・たとえば莉洸が連れ去られてしまった時でも、王としての毅然とした態度は崩さなかった洸英のこ
の変化が少し気になる。
 「・・・・・」
 その対面には、一応他国の王である稀羅が座っていた。
孤立無援の中だというのに、その態度に卑屈さは微塵も感じられない。
その右隣には莉洸が座っていて、家族と稀羅の顔を心配そうに交互に見つめていた。
(こんな様子を見ていれば、好き合っている者同士を周りが引き離そうとしているように見えるな)
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 莉洸が連れ去られる以前の和やかな食事風景が嘘のように、ただ黙々と食器を動かす音だけが響いた。
(・・・・・息が詰まる)
元々、堅苦しいことの嫌いな悠羽だ。
そして、自分だけが言いたいことが言える立場だということも分かっていた。
 「洸英様」
 悠羽は食事の手を止めると、上座の洸英に視線を向けた。
 「何だい?」
さすがに悠羽に対しては不機嫌なそぶりを見せないようにする洸英に、悠羽は言葉を選ばず核心を口にした。
 「洸英様は蓁羅の王と莉洸様のご結婚をお許しになられるのですか?」
 「悠羽」
 「・・・・・」
隣に座っていた洸聖が訝しげにその名を呼んだが、悠羽は構わずに続けた。
 「お認めにならないのならば、はっきりと理由を告げられた方が良いと思います。時間を掛ければ解決するなんて、私にはとても
そうは思えません」
 「・・・・・確かに」
 最初に、同意したのは稀羅だった。
精悍な容貌に苦笑のような笑みを浮かべた稀羅は、自分の方を振り返った悠羽を見つめた。
 「第一王子の許婚殿は、なかなかはっきりと物をおっしゃる方だ」
 「ごめんなさい、あなたには失礼なことを言ってしまいました」
わざわざ相手国にまでやってきて結婚の申し込みをした王が、あからさまに断られると言い切ってしまったのだ、悠羽はさすがに直
ぐに稀羅に謝罪した。
しかし、稀羅自身もこの時間だけを掛ける『待ち』の状態を好ましいとは思っていないらしく、悠羽の言葉に続けるように洸英に告
げた。
 「大切なご子息を、裕福とは言い難い我が蓁羅に嫁がせる不安は重々承知している。だが、私はこのまま莉洸王子を我が国
に連れ帰るつもりだ。出来れば承諾して見送って欲しい」
 「稀、稀羅王」
 「そなたも、そう承知しているな?莉洸」



(名前・・・・・呼んでくれた)
 これまで、常に『王子』か、敬称付きで『莉洸王子』としか呼ばなかった稀羅。
こんな家族の居並ぶ場所で、唐突にその名を呼ばれるとは思わなかった。
 「莉洸」
 呆然と稀羅を見つめていた莉洸は、父洸英の言葉にハッと我に返る。
そして、父を真っ直ぐに見つめながらゆっくりと口を開いた。
 「父様、僕の気持ちは昨夜お話した通りです。どうか、この婚姻を認めてください」
 「・・・・・」
朝日が差し込む朝食の席でこんな話になるとは思わなかったが、莉洸は悠羽が口火を切ってくれたことに内心感謝をしていた。
悠羽が言わなければ、まだこれからしばらく、説得という時間が掛かってしまうのに違いが無いのだ。
王である稀羅は長い間自国を不在には出来ないし、かといって莉洸1人残されて家族を説得する事は正直自信が無い。
いずれ分かってくれることかもしれないが、それまでにかなりの時間を要してしまうだろう。
(僕の気持ちはもう決まっているのだから・・・・・)
 「父様」
 「・・・・・分かった」
 「父上っ?」
 「王っ?」
 驚いたように声を上げる兄達と、給仕の為に控えていた召使の声が響く。
しかし、莉洸は父だけをじっと見つめた。
 「そなたは素直で愛らしいが、頑固なのは兄弟一だからな」
 「父上!」
 「稀羅王、あなたと莉洸の婚姻を認めよう」
 「!」
はっきりと言い切った父の言葉に、莉洸は大きく目を見開いた。



 「・・・・・っ」
 もう一度父の名を叫ぼうとした洸聖は、テーブルの上で握り締めていた自分の拳が何かに包まれるのを感じで視線を向けた。
その柔らかく温かいものの正体は悠羽の手だった。
 「悠羽・・・・・」
 「洸聖様・・・・・ごめんなさい」
 自分の言葉がこの結果を引き出してしまったことを自覚しているのか、悠羽はそう謝ってきた。
常の洸聖ならばこの手を振り払い、稀羅に詰め寄るくらいの怒りを感じているのに、こうして温かな手で包まれていると怒りの言
葉よりも熱い涙が出そうになった。
 洸聖自身、昨夜の莉洸の話を聞いて、止める事はもうほとんど不可能だろうという事は分かっていた。
ただ、兄としてはどうしても苦労するだろうこの婚姻に頷けなかった。
自分よりも年上の、莉洸よりもはるかに年上の男が、同じ男である弟の莉洸を組み敷くことを想像したくなかった。
そして、最初から最後まで、自分の意のままに事を進めていく稀羅自身が気に食わなかった。
 ・・・・・それでも、莉洸の決意は固い。
父が言ったように、兄弟達の中で一番言動が幼く、そして優しく柔らかな心を持っている莉洸は、実は洸聖よりもはるかに頑固で
あるのだ。
 「光華の王」
 「されど、条件が一つ」
 「・・・・・」
 続く父の言葉に、洸聖も息をのんだ。
 「婚儀は100日後。その間、莉洸が自ら光華へ帰りたいと願ったり、そなたが莉洸を泣かすような不始末を犯せば、莉洸がど
うそなたを弁護しようとも、泣いても・・・・・戦を起こしてでも連れ帰る」
 「父様・・・・・」
 「父上・・・・・」
100日は長い。
その間の心変わりを願っているのか、洸英は静かに莉洸に言い聞かせた。
 「莉洸、言葉を翻す事は恥ずべきことではない。これからの100日間、じっくりと考えるのだ」
 「父上」
 「婚儀を挙げるという事は、そなたは蓁羅の王妃となる。稀羅王の妻だ、その意味が分かっているか?」
 「い・・・・・み?」
 「男の身で、稀羅王に抱かれるという立場になるのだ。莉洸、そなた、その覚悟があるか?」
 「ぼ、僕は・・・・・」
 「それに、いずれ稀羅王にも世継ぎが必要になられる。子を産めないそなたは、稀羅王が自分以外の女を抱くことも認めなけ
ればならない。それに耐えられるか?」
 言い過ぎだとは洸聖は思わなかった。
今洸英が懸念している事は洸聖も心配していることでもあるし、それはほとんど現実に起こることだろう。
(父上は正当なことを言われている。莉洸、これはお前の為に良いことなんだ)
 洸英の厳しい言葉に莉洸は顔を青褪めている。
それでも直ぐに待ってとも、嫌だとも言わなかった。
そして・・・・・。
 「承知した」
 震える莉洸の代わりにそう言ったのは稀羅だ。
赤い瞳が、禍々しく輝いているように見えた。
 「光華の王が大事なご子息を心配される事はよく分かる。その条件、確かに呑ませていただこう」
 「稀羅王・・・・・」
稀羅は、隣に座る莉洸を見つめた。
 「それに、今の光華の王の言葉を受ければ、我と莉洸は婚約中ということでいいということ。されば、莉洸を我が蓁羅へ共に連
れて行くのも異存はないということでよろしいな」