光の国の恋物語





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 光華国の王である洸英の了承を得た稀羅は、一国も早く蓁羅に帰国することを主張した。
このままズルズルと滞在を伸ばして洸英の気持ちが変わったり、何より莉洸に里心がついてしまうことを恐れた。
莉洸もその覚悟はしていたのか、稀羅の提案に異議を唱えることなく了承し、二日後、2人は慌しく光華国を出立することになっ
た。
 「父上・・・・・」
 稀羅が強く望んだので、光華国内には早々に莉洸の結婚が告知された。
兄弟の中でも光の王子として国民に愛されてきた莉洸の結婚には、皆最初は心から喜んだが、その相手が蓁羅の稀羅王と分
かった途端、誰もが驚愕と共に悲痛な表情になってしまった。
蓁羅がどういった国か、政治に携わる人間でさえ分からないのだ、一般の国民は噂だけを信じるしかない。
 血を見るのが好きな好戦的な国。
話し合いよりも武力で決着を着ける国。
生きたまま動物を喰らい、花を踏み潰し、全ての美しいものを破壊していく国・・・・・。
それらを全て正しいとは思ってはいないだろうが、謎が多いだけに悪い噂しか信じないのは仕方が無いだろう。
 「莉洸様」
 「莉洸王子・・・・・」
 今回の莉洸の旅立ちは、王宮にいる者達がこぞったように見送りに出ていた。
どの顔も祝おうとする喜びの表情は欠片も無く、まるで戦地に赴く愛しい相手を見送るような悲しみの表情だった。
皆・・・・・莉洸は何らかの人質として、蓁羅に向かうと思っているに違いがなかった。
 「みんな、また会えるから」
 莉洸も、皆の気持ちは痛いほど分かっていた。
もしも、莉洸が見送る立場だったとしても、あれほど恐れられている蓁羅に望んで行く人間がいるなどと、とても信じられないだろ
う。
(でも僕は見てきた・・・・・)
実際に、莉洸は蓁羅の国の民と触れ合った。
死の軍団といわれる軍人達とも会った。
彼らは皆、噂とはまるで違う、生命力に溢れた人達だった。
 ・・・・・今、莉洸がどんなに強く蓁羅の人間の良さを説明しても、皆は本気には取らないだろう。
自分の選択が間違いではないと皆に分かってもらうには、これからの自分を見てもらうしかないと思っていた。
 それでも、皆に悲しい顔をさせたまま旅立つのは辛い・・・・・そう思って俯いてしまった莉洸に、一歩足を踏み出して声を掛けた
のは悠羽だった。
 「莉洸様」
 「・・・・・」
 「遠くに行かれるんではないですよね。隣国なんですから、何時でも会えます」
 「悠羽様・・・・・」
 「今度は、門前払いなど無いですよね、稀羅王」
 「・・・・・」
(凄い・・・・・悠羽様はこの人にもきっぱりと言い切るんだ・・・・・)
強くて優しい兄の許婚の存在を、これほど頼もしいと思ったことはなかった。
稀羅も、見送りの中で唯一自分の目をきちんと見て話す悠羽に、しっかりと頷きながら口を開いた。
 「未来の義姉上は何時でも歓迎する」
 「あ、義姉上?」
 「そうです、悠羽様。兄様との婚儀の際は必ず戻ってまいります」
 「莉洸様・・・・・」
悠羽は少し困ったような表情で莉洸を見つめた。



 何時までもこうしていても埒が明かない。
ここにいる誰もが莉洸を離そうとはしていないのだ。
(それも当然だろうが・・・・・)
実情を知らない周りの目など稀羅は気にしないが、莉洸はとても心苦しく、辛い立場だろう。
莉洸の気持ちを考えて睨む事はしないが、気持ちがいい空気でもないので早く立ち去ってしまいたかった。
それでも。

 「今度は、門前払いなど無いですよね、稀羅王」

そう言って真っ直ぐ自分を見てくる悠羽の存在は、莉洸だけではなく自分にとっても貴重な存在なのかもしれない。
稀羅は悠羽に対しては自然な笑みを向けることが出来た。
 「では、莉洸」
 キリの無い別れの挨拶を交わしている莉洸に声を掛けると、一瞬だけ寂しそうな顔になった莉洸は・・・・・直ぐに皆に笑顔を向
けた。
 「では、行って参ります」
 「莉洸」
 「莉洸」
兄弟達がその名を呼ぶ。
 「・・・・・よく、考えるのだぞ、莉洸」
厳しい声で、洸英が言う。
 「父様・・・・・あっ」
彼らに見せ付けるように莉洸を抱き寄せた稀羅は、そのまま自分の愛馬の背に莉洸を乗せ、自分もその後ろに乗った。
肌の弱い莉洸の全身を柔らかな布で包んでやったが・・・・・それには、もう莉洸の姿をこの光華国の人間には見せないという思
いも含んでいた。
 「それでは、光華の王よ、100日後の婚儀を楽しみにしている」
 「・・・・・」
 「さよならっ、みんな!」
 それ以上、待つ事はしなかった。
稀羅は馬の腹を蹴り、そのまま王宮の正門から堂々と出て行く。
(もう誰にも邪魔をさせない)
 100日。
洸英との約束の期限は決まっているが、もちろんそれまでに稀羅は莉洸の心も身体もしっかりと自分の物にするつもりだった。
まだ蓁羅に慣れるまではその身体を抱く事は我慢しなければならないだろうが、それでも100日は掛からないだろう。
それまでにはしっかりと莉洸との結びつきを強くして、100日後、堂々と盛大な婚儀を挙げるつもりだ。
悔しがるあの大国の王族達が居並ぶ中、自分の物になった莉洸に熱い口付けをしてやろうと思った。
 「莉洸、覚悟は良いな?」
 「・・・・・はい」
 馬上で確かめるように声を掛けると、莉洸は覚悟を決めてしっかりと頷く。
その意味は稀羅の意図するものとは違うだろうが、その思いを強引に自分の方へと振り向かせる自信が稀羅には十分にあった。



 去っていく黒馬の集団の姿が見えなくなるまで見送り・・・・・その砂埃がすっかり収まってしまった頃。
ようやく見送っていた者達は1人2人と自分の持ち場へと戻っていった。
誰の胸にも言いようの無い不安と悲しみが渦巻いていたが、もう遠く去って行ってしまった莉洸をもう一度呼び止める事は出来な
いし、何より当人が蓁羅へ行くことを望んだのだ。
 「・・・・・」
 「洸聖様」
 「・・・・・悠羽」
 洸聖は隣に立つ悠羽を見つめた。
 「私達も戻りましょうか」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・そうだな」
洸聖は悠羽の肩を抱いた。
悠羽は逃げようとはせずに、大人しく洸聖の歩みに合わせて隣を歩いた。
 「・・・・・莉洸は、幸せになるんだろうか」
ポツリと、そんな言葉が漏れた。それは悠羽に答えを求めたわけではなく、心の中にある不安と疑問が混ざり合った無意識の言
葉だったが・・・・・。
 「大丈夫です」
 「・・・・・」
 「ちゃんと、自分で幸せになろうとしてくれるはずです。洸聖様、莉洸様は子供ではないんですよ?こんなにも重大なことを1人
できちんと決めることが出来る、とても勇気がある方です」
 「悠羽・・・・・」
 「私達は、莉洸様の幸せのお手伝いが出来る様、何時でも準備をして待っていましょう」
 「・・・・・」
 素直に、頷くことは出来なかった。
頷けば、洸聖はあの2人を認めたことになってしまうからだ。
それでも、自分を支えてくれる存在があるという心強さに、洸聖は内心安堵の溜め息をつくことが出来た。