光の国の恋物語
63
思いつめたような顔をした黎を見送った悠羽は、しばらく黙ったまま窓の外を見つめていた。
まだ日が高く、柔らかな日差しが部屋の中にまで差し込んできている。この部屋は、洸聖が悠羽の・・・・・というより、次期皇太
子妃になる姫の為に用意した居心地のいい部屋だった。
さすがに装飾や家具は本人の意思をと思ってか、最小限のものでしかなかったが、悠羽にとってはそれだけでも十分に贅沢で、
それ以上は不要と断ったくらいだ。
「悠羽様」
そんな、一番いい場所に座ったまましばらく動かなかった悠羽に、サランが静かに声を掛けた。
「どうされましたか?」
「・・・・・サラン」
「はい」
「私は・・・・・迷っている」
それは、何事にもはっきりとした自分の意思を向ける悠羽にはとても珍しいことだった。
しかし、サランは慌てて次を問うことは無く、悠羽の口が開くのをじっと待っている。それは幼い頃から一緒に育った幼馴染だからこ
その呼吸だった。
「・・・・・やはり、洸聖様の妻に、男の私がなるのはおかしいのではないかと思っている」
「それは」
「確かに、対外的には私は王女で、洸聖様も納得されて下さっている。でも・・・・・」
悠羽は、洸英の言葉が耳から離れなかった。
「男の身で、稀羅王に抱かれるという立場になるのだ。莉洸、そなた、その覚悟があるか?」
「それに、いずれ稀羅王にも世継ぎが必要になられる。子を産めないそなたは、稀羅王が自分以外の女を抱くことも認めなけ
ればならない。それに耐えられるか?」
洸英は、敵国にも近い蓁羅へと自ら向かう莉洸に、苦言ともつかない言葉を言ったのだと分かっている。
ただ、その言葉はそのまま悠羽の身にも当てはまっているのだ。
(私だとて、莉洸様と同じ立場。幾ら洸聖様の妃となったとしても、お世継ぎのことを考えれば・・・・・いずれ妾妃のことも考えな
ければ・・・・・)
始めからそれは覚悟していたつもりだった。
そもそも、この大国に王女として嫁ぐことからして始めは嫌で嫌でたまらなかった。だが、断れば奏禿のような弱小な国がどうなるか
と言外に脅され、ある強い決心をして光華国に来ることを決意した。
それは、どんなに虐げられても、奏禿の為に援助を約束してもらうこと。
祖国の為に、どんなに辛いことも耐えられると思っていた。
「悠羽様」
「人間とは不思議だな、サラン。男の妃など、傀儡の何者でもないと思っていたが、私は・・・・・洸聖様を愛しいと思い始めてい
る。無理矢理に私を征服した人だというのに・・・・・愚かで、弱い方だと、守って差し上げたいと思っている」
ただ、それには自分の性別が問題だった。
同性同士でも身体を重ねる事は出来ることを知ったが、どう足掻いても洸聖の御子を生む事は出来ないのだ。
「私は、国に帰った方がいいだろうか」
「・・・・・悠羽様は正式な洸聖様の許婚です。堂々となされていたらいいと思いますが」
「うん・・・・・でも、私は、多分耐えられないと思うんだ」
「耐えられない?」
「子を生す為とはいえ、誰かをその腕に抱く洸聖様を・・・・・多分、笑っては見られないと思う」
これほどはっきりとした悠羽の気持ちを聞いて、サランもどうしていいのか分からなかった。
サラン個人としては、悠羽と奏禿に帰国するのは全く問題はない。むしろ、サランとしては懐かしく優しいあの場所に戻ることを嬉
しく思う以外にはなかった。
しかし、そうすればきっと・・・・・悠羽は後悔するとも分かっていた。
自分でも言う通り、悠羽は既に洸聖を自分の身の内に取り込んでいる。情の厚い悠羽だ、一度その気持ちをはっきりと自覚し
てしまえば、何をおいても相手の心や立場を優先するだろう。
(子を生すとか生さぬとか・・・・・お2人には関係ないと思うが・・・・・)
半分だけ女の身体を持っているはずの自分でも、子を産む事は出来ないと言われたのだ。男とか女とか、サランの中ではそれ
ほど大きな意味は無かった。
誰かの為に存在すること。
誰かと共に生きること。
サランにとってそれは悠羽だったが、悠羽は既に手を伸ばすべき相手がいるのだ。
「サラン・・・・・」
「・・・・・」
「サラン、どうすればいい?」
「悠羽様・・・・・」
自分を頼って、こんなに弱々しい姿を見せてくれる悠羽が愛おしかった。
(たとえ洸聖様でも、悠羽様のこんなお姿は見られないはずだ)
将来は、分からない。しかし、今は確実に悠羽の一番傍にいるのは自分だった。
「本当に、帰ってもよろしいのですか?」
「サ、ラン?」
「それでも、悠羽様は後悔されませんか?」
莉洸と稀羅のことで、改めて突きつけられた同性同士の結婚に迷っている悠羽に、サランは自分だけは悠羽の味方なのだと教
えるように優しく笑い掛けた。
「私は、悠羽様のご決断に従います」
「・・・・・」
「悠羽様の望まれることが、私にとっても望みなのですよ」
「サラン・・・・・」
サランはそっと悠羽の手に自分の手を重ねると、元気付けるように強く握り締めた。
「洸竣様のお気持ちは信じていて、黎は自分の気持ちを見直したらどうだろうか?案外、それで何かが分かるかもしれないぞ」
悠羽の言葉を何度も頭の中で繰り返しながら、黎は長い廊下を歩いていた。
(確かに、洸竣様は僕に優しくしてくださるけど・・・・・)
それは可哀想な子供を哀れに思った上での優しさだと思っていた。
「それが違うというのかな・・・・・」
「黎」
「・・・・・」
「黎?」
「あ、はい」
怪訝そうな声に、黎は慌てて顔を上げた。
そこには向かいから歩いてくる洸莱の姿があった。
「どうした?何かあったのか?」
「い、いいえ」
とても自分より2歳も年下だとは思えない洸莱の深い響きの声に、黎は慌てて首を横に振った。とても洸竣の弟である洸莱に言
えることではないのだ。
「洸莱様はどちらに?」
「少し、弓を引こうと思ったんだが・・・・・兄上は?」
この場合の兄上とは洸竣のことだろう。
黎は少し頬が強張るのを意識しながらも言った。
「洸竣様は街に下りられました」
「・・・・・またか」
何度も同じことがあったのか、洸莱は呆れたように呟く。この光景だけを見れば、洸莱の方が洸竣よりもよほど兄らしく見えた。
「仕方ない、兄上も落ち込まれていたようだからな」
「洸莱様は?」
「え?」
「洸莱様は動揺されなかったのですか?莉洸様が蓁羅に行かれたこと・・・・・」
莉洸が蓁羅に連れ去られた時、一緒に旅をした洸莱はかなり莉洸を心配していた様子だった。
しかし、先程蓁羅へと旅立つ2人を見送る時、上の兄王子達とは違い、随分冷静だったように見える。その心境の変化はどこか
ら来たのか、黎は不思議に感じていたのだ。
「・・・・・莉洸の気持ちが固かったから」
「固い?」
「稀羅殿と蓁羅を良くしていくのだという気持ちが感じられたから、俺が莉洸の為だと思うことは俺自身の傲慢だと思った」
「・・・・・」
「それに、俺にも莉洸以上に気になることがあるから」
「それは・・・・・」
洸莱は笑った。
とても16歳とは思えないほどの大人びた笑みに、黎は思わず目を奪われてしまった。
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