光の国の恋物語
65
慌しく悠羽の部屋に駆け込んだ洸聖は、全く眠った様子もない綺麗な寝台に目を向けながら叫んだ。
「本当に宮の中に悠羽はおらぬのか!」
「は、はいっ」
悠羽付きの召使は、半泣きになりながらその場に跪いて言った。
「昨夜、お休みになられる前のお茶を運んだ時も、悠羽様は何時もとお変わりになりませんでしたっ」
「・・・・・っ!」
(どこに行ったのだ!悠羽!)
朝、何時ものように身支度を整えていた洸聖は、廊下に慌しい気配を感じた。
幾つもの足音が行ったりきたりしているそれに洸聖が訝しげに眉を潜めた時、激しくドアが叩かれて悠羽付きの召使が転がり込
んできた。
そして、聞かされたのだ、王宮内のどこにも悠羽の姿が無いという事に。
確かに悠羽は王宮内だけには限らずに、サランだけを連れて色んな場所へと出掛けるが、それがこんなに朝早くから、それも誰に
も何も告げずに出掛けた事など今までになかった。
召使がこんなに動転しているのは、やはり莉洸のことがあったせいだろう。まさか悠羽までと、言葉にしないまでも恐怖を感じてい
る・・・・・洸聖はそれを感じ取って直ぐに部屋を飛び出した。
一見して、何者かに無理矢理連れ出されたとは思えないほどに部屋の中は綺麗に整っていた。
元々、悠羽自身が持ってきた荷物は本当に袋1つ2つで、ここにあるものはほとんど洸聖が自分の花嫁となる相手の為に揃えて
いたものだ。
「・・・・・」
洸聖は部屋の中を歩き回った。
一つでも手掛かりが落ちていないかと、塵一つでも見逃さないように鋭い視線を走らせる。
そして・・・・・。
「!」
洸聖の視線は、悠羽の寝台の枕元に少しだけ覗いている紙を捉えた。
バッとそれを手に取ると、それはどうやら一枚の折りたたんだ紙だった。
「父上!」
洸聖が紙を握り締めたまま部屋の中に飛び込んできた時、洸英は既に悠羽がいなくなったという報告は受けていた。
そして、洸聖の顔を見た時、洸英は悠羽の居所が分かったことを悟った。
「悠羽が!」
「どこに?」
「・・・・・奏禿にっ」
握り締めてクシャクシャになった紙を手渡され、洸英は素早くそれに目を走らせた。
その手紙は、勝手に王宮を出てしまうことへの謝罪から始まり。
次に、大国光華国の皇太子妃になることへの不安を。
続いて、少し、故郷に戻って考えたいということを書いて終わっていた。
「奏禿に参りますっ」
「洸聖」
「悠羽は既に私の妻です。正式には婚儀を挙げてはおりませんが、それは誰もが認めていること。よろしいですね?」
いずれは、奏禿に挨拶に行かねばならなかったのだ。
それが少しだけ早まったということ・・・・・洸聖は意識してそう思うようにしていたが、しばらく悠羽の手紙を読んでいた洸英は顔を
上げて言った。
「ならぬ」
「父上っ?」
まさか反対されるとは思わなかった洸聖は、まるで噛み付くような鋭い視線を洸英に向けた。
品行方正な洸聖の今までに無い激情にも動じず、洸英はきつく言い放った。
「奏禿に行くのは許さぬ」
「どうしてですか!」
「・・・・・今、そなたが奏禿に悠羽を迎えに行ったとしても、悠羽の心は迷いから解き放たれることはない。力だけでは人の心は
動かせないのだ、洸聖」
「・・・・・っ!」
「悠羽が何を迷い、何を憂いているか、それを解決するのは悠羽自身だ。そなたが動くのは、悠羽が出した答えを受けてからだ
・・・・・違うか、洸聖」
洸英が洸聖の花嫁に小国奏禿の王女悠羽を選んだのには理由があった。
それはいずれ・・・・・2人が本当に信頼し合った時に伝えようと思っているが、その理由は洸英の利己主義の上で成り立ったとい
う事は間違いはない。
それでも、2人が愛し合えれば・・・・・そう思っていたが、人の心とは計算通りにはいかないようだ。
「私は、認めない!」
「洸聖、落ち着け」
「悠羽がいなければ、私は・・・・・っ!」
「洸聖、お前はそれでも光華国の皇太子か!」
「・・・・・っ」
「奏禿に行く事は私が許さない。よいな、これは国王としての私の命令だ」
きっぱりと言い切った洸英を青褪めて見つめていた洸聖は・・・・・やがて唇を噛み締めたまま部屋から出て行く。
多分、洸聖は動かないだろう。意識的に皇太子という言葉を出したのも、洸聖をこの国に縛り付けておく為の呪文だ。
「・・・・・」
洸英は深い溜め息をついた。
5日後ー
悠羽とサランが彼らの祖国奏禿に帰国したという事は、たちまちの内に王宮内に広まっていった。
洸英が、悠羽の国の事情からと説明して、この突然の帰国のことを皆に納得させたが、莉洸に引き続き、この国の新しい太陽に
なるかもしれない悠羽の不在に、皆は一様に落胆し、その早期帰国を願った。
「・・・・・」
そして、ここにも1人、2人の不在に心をざわめかせている人物がいた。
「・・・・・」
洸莱は、自分に何も告げずに悠羽と帰国したサランの気持ちを考えた。
せめて自分には理由を・・・・・いや、一言何か言ってくれれば、こんな風に考えることも無かったかも知れないが・・・・・洸莱は弓を
構えたものの、一向に落ち着かない気持ちのままでは駄目だと腕を下ろした。
「洸莱様」
「・・・・・」
そんな洸莱の背中に、小さな声が掛かった。
小さな、子供のような声に、洸莱はゆっくりと振り返る。
「どうした、黎」
「あ、あの、悠羽様とサランさんはどうして・・・・・」
「この国を出たか?」
「は、はい」
「・・・・・」
(黎も、かなりあの2人に懐いていたからな)
だが、人の事は言えないと洸莱は思った。
黎があの2人に懐いていた以上に、自分も・・・・・この身の内に2人の存在を受け入れていたからだ。
「洸莱様、僕・・・・・奏禿にお2人を訪ねて行っては駄目でしょうか?」
黎は思い切って洸莱に聞いてみた。
それは、悠羽とサランが奏禿に帰国したと聞いた瞬間から考えていたことだ。
「え?」
「ここでじっと待っているのは耐えられないのです。王宮内の皆さんは僕にとても良くしてくださるし、洸竣様も・・・・・気遣ってくだ
さっているのはよく分かるんですが・・・・・」
街中で京と会って以来、洸竣の気持ちがどうしても分からないままだった。
いや、あの夜、洸竣は黎の部屋にまで訪ねてきてくれたのだが、面と向かって洸竣と何を話したらいいのか分からなかった黎は、そ
のまま眠った振りをして洸竣と会わなかったのだ。
その翌朝の、悠羽とサランの不在だ。
自分の味方がいなくなった様な気がして(恐れ多いことだが)黎はじっとしていられなかった。
「・・・・・止めておいた方がいいだろうな」
「な、なぜです?」
「悠羽殿のお気持ちは、多分・・・・・黎や俺が行ったとしても変わられないだろう」
悠羽の心が望んでいるのはただ1人、洸聖であると洸莱は分かっていた。
「俺達が出来る事はないと、思う」
![]()
![]()
![]()