光の国の恋物語
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しばらくは親子2人にしようと、サランはそっと部屋から出た。
王宮で仕えている者達だけではなく、国民も皆暗黙の了解をしている王族の秘密。対外的には王女ということになっている悠羽
が、実は王子だという事は誰もが知っていることだった。
明るく社交的な悠羽はどんな相手でも気軽に話しかけ、幼い頃は子供達と一緒に水遊びまでしていたくらいだ。
魚釣りも、泳ぎも、木登りも出来る悠羽は、王族と国民を繋ぐ大切な存在だった。男でも女でも、そんなことは関係なく皆悠羽
を愛していた。
だからこそ、大国光華国に輿入れすることが決まった時、誰もが悠羽の秘密がばれてしまうことを恐れるよりも、愛する存在が
いなくなってしまうことへの寂しさしか感じなかった。
きっと、光華国の人間も、悠羽を知れば敬愛するようになることを皆分かっていたからだ。
尊敬することに大切なのは容姿だけではなく、その人となりだということを奏禿の人間は良く知っていた。
サランも王宮に引き取られた時からその秘密を知っていたが、あまりにも周りが自然にその事実を受け入れているので不思議だ
とも思わなかった。
それよりも、部外者の自分にまでこんな大切な秘密を教えてくれたことがとても嬉しかったことを覚えていた。
(私にとってもここは故郷になっているんだな)
じんわりと胸が温かくなったまま、自分の部屋に戻りかけたサランだったが、
「サラン」
不意に後ろから声を掛けられてサランは立ち止まった。
振り向かなくてもその声の主は良く知っている。
「悠仙様」
「少し、いいか?」
召使いにまで断りを入れるのは血筋だろうか・・・・・サランは微笑ましい思いで、口元に僅かな笑みを浮かべた。
「どうされました?」
「光華国の皇太子のことなんだが」
「・・・・・洸聖様の?」
「どんな男なのか、悠羽ははっきりと教えてくれないんだ。サランから見てその皇太子はどんな男だった?悠羽の伴侶として相応
しいか?いや、悠羽が男だってことも知っているのかどうか・・・・・」
昔から悠羽の後ろばかりを付いて来ていた悠仙。幼い頃は悠羽の方が大きいくらいで、どんな遊びも悠仙よりも器用にこなして
いたと思う。
だが、成長するにつれ、何時しか悠仙の身長は悠羽を追い越し、体格も遥かに逞しくなった。
悠羽はそれを弟のくせに生意気だと口では言うものの、その実うれしそうに目を細めていたことをサランは直ぐ側で見てきた。
悠仙が悠羽を大切に思っていると同じように、悠羽も悠仙を思っているのだ。
その熱量に微妙な差はあるようだが。
「・・・・・立派な方だと思いますよ」
差し障りのない言葉でそう言うサランに、悠仙は眉を顰めた。
「違う、悠羽の夫としてだ」
「悠仙様、それは・・・・・」
「私が口を出すのは違うとは分かっているっ。でも、もしも悠羽が奏禿の為に我慢しているならば・・・・・もう、あちらの国に戻すつ
もりはないんだ!」
「・・・・・お2人のことは私には分かりませんが、多分、よい伴侶となられると思います」
「男同士でもか?」
「光華国では同性婚は認められています。王族の方々は後継者を繋ぐ為にも今まで同性婚をされた方はいらっしゃらないよう
ですが、洸聖様には他にも3人の弟君がいらっしゃるので問題はないでしょう」
「・・・・・そうか」
「でも、そんなにご心配して頂いて、悠羽様もきっとお喜びになられますよ」
それはそれで複雑な気持ちなのか、悠仙は少しふてくされた表情をした。
そんな様は今だに悠羽や自分を追い掛けてきていた幼い頃の悠仙とまるで一緒で、サランは知らずに小さく笑っていた。
「あちらの王子とは?」
「え?」
いきなり核心をつかれ、悠羽は思わず声に詰まっていた。
実母と言えども、ずっと王族と召使という一線を守り続けていた小夏が、こんなにあからさまに洸聖とのことを聞いてくるとは思わな
かったのだ。
悠羽にとっては母とは、あくまでも王妃だった。
「あなたが王子だということは・・・・・」
「着いた早々ばれてしまった」
「まあ・・・・・」
「だけど、そのことで洸聖様から蔑みを受けた覚えはないよ。少し頭の固い方だけど、国を栄えさせるという強い信念は持ってい
らっしゃるし、お話をさせて頂いてもとても勉強になる」
「それならば、なぜ戻ってこられたのです?」
「そ、それは・・・・・」
「・・・・・やはり、男同士の営みは・・・・・困難でしたか?」
「!」
一瞬で、悠羽の顔は真っ赤になってしまった。
いくら言葉を選んでくれているとはいえ、小夏が言っているのは身体の関係のことだと直ぐに分かったからだ。
(ま、まさか、小夏からそんなこと聞いてくるなんて思わなかった・・・・・)
ある意味、一番避けられそうな話題を、あえて一番最初に言ってくる。それは、もしかしたら一生母とは名乗れない小夏の、愛
情ゆえかもしれないと思った。
だが、なかなか答えられない悠羽の顔を見ただけで、小夏は悠羽がすでに洸聖と何らかの関係を持ったのだと悟ったらしい。
深い溜め息をつくと、、困惑したような目を向けてきた。
「それは問題が無いようですが・・・・・それならば、どうしてですか?」
「・・・・・」
「悠羽様」
「・・・・・私の決心が揺らいだからだ」
「決心?」
「光華国へ向かう時、私はどんなに辛いことがあっても奏禿の為に絶対に我慢出来ると思っていた。でも・・・・・実際に洸聖様
と言葉を交わして、あの方の背に背負う大きなものに気づかされた時、私は・・・・・どうしてもあの方を支えたいと思ってしまったん
だ」
それが、男としての矜持を捨てるという意味でも、悠羽は一向に構わなかった。大事なものは矜持の他にもたくさんあることをよく
知っていたからだ。
しかし、そう思うようになってくると同時に、次は洸聖の立場を考えるようになってしまった。
自分は、洸聖と共に国を守っていく覚悟はある。
この先辛いことがあるだろう洸聖を支えたいとも思っている。
しかし、洸聖の子を・・・・・次期光華国の王を与えることだけは出来ないのだ。
「男の私が子を生す事が出来ないのは分かっている。でも、御子の誕生の為に、洸聖様の妾妃を認めることが、どうしてもっ」
(どうしても、それだけは出来ないっ)
それならば、いっそ許婚ということも解消した方がいいかもしれない・・・・・そう思ってしまうほどに、すでに悠羽は洸聖のことを深く
想うようになっていた。
「・・・・・悠羽様、私はあなたの考えを正しいとも間違っているとも言えません」
「・・・・・うん、分かっている」
「ですが、子を生すことだけが、お互いを結びつけるものではないということは知っていて頂きたいと思っています」
(あ・・・・・父上と母上のことを?)
悠羽と悠仙が生まれるまでの、王と、王妃と、小夏の葛藤を、多分言外に教えてくれているのだろうと思った。
子が生まれなくても深く愛し合っていた王と王妃のことを一番間近で見てきた小夏だからこそ、こんなにも重みがある言葉として
伝えてくれているのだろう。
「私は、お会いしたいですわ」
「・・・・・え?」
「悠羽様が、そんな風に愛しいと思う方に」
「小夏・・・・・」
なぜか、泣きそうな気分になってしまった。
人前では滅多に涙を流さない悠羽だが、今の小夏の言葉は本当に母から言われた大切な言葉に思えたのだ。
(2人も母上がいるなんて、私はなんという幸せものだろう・・・・・)
「小夏」
「はい」
「私は、光華国に帰る」
「・・・・・はい」
「私の祖国は、もう2つになっていたんだということ・・・・・今頃分かった」
「ご自分でお気付きになられただけよろしいですわ」
「・・・・・そうだな」
悠羽と小夏が顔を見合わせて笑った時、いきなり慌しい足音が聞こえたかと思うと、了承を得ないまま召使が扉を開けて中に
飛び込んできた。
「何ですか、はしたない」
「小夏、怒りっぽいと老けてしまうよ。どうした?」
眉を潜めた小夏を宥めながら悠羽が問うと、召使は慌てたようにこう告げた。
「ただ今、光華国皇太子、洸聖様がお見えになられました!」
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