光の国の恋物語
68
「悠羽が何を迷い、何を憂いているか、それを解決するのは悠羽自身だ。そなたが動くのは、悠羽が出した答えを受けてからだ
・・・・・違うか、洸聖」
「奏禿に行く事は私が許さない。よいな、これは国王としての私の命令だ」
父の言葉の意味が分からないわけではなかった。
たとえ洸聖が無理に悠羽を連れ戻したとしても、燻った火種は完全に消え去ることは無く、次にはもっと深刻な事態となって襲っ
てくるだろうということも頭では分かっていた。
しかし、洸聖の日常には既に悠羽の存在が馴染んでいて、いつ戻ってくるかも分からない悠羽をずっとただ待っているだけというの
も苦痛で仕方が無かった。
少し政務をしている時間が空くと、つい悠羽のことを考えてしまう自分がいる。
この虚無感を、どうしても埋められない自分が・・・・・いた。
そして、二日前。
洸聖は気分転換にと遠駆けに出掛け・・・・・そのまま、奏禿まで馬を走らせてしまった。
もちろん父に話をしたわけでもなく、兄弟達にさえ言ってはいない。
こんな風に自分の感情の赴くまま動いてしまうのは初めてかもしれず、始めは自分自身の行動に途惑っていた洸聖も、次第に
楽しくなってしまった。
考えれば、どこぞの姫君を略奪しに行くわけではない。自分の許婚を、伴侶となる相手を迎えに行くのだ。
自分の側に立つのは悠羽以外にはいない、そう思うからこその行動だった。
ほとんど馬を休めることも無いまま、二日掛けて奏禿までやってきた。
供もおらず、簡易な服装のまま国境の門の前に立った洸聖を、最初は光華国の王子と分かる者はいなかった。
国境の役人から王宮へと連絡が行き、以前光華国に使者として訪れたことがある大臣が身元を確認しに来て初めて、洸聖は
光華国の皇太子と認識されたのだ。
煌びやかな服を纏わず、供もいなければ、自分がただの男としか見てもらえないということを思い知った洸聖は、もっと自分自身
を磨かねばならないと強く心に誓うことになり。
それから王宮へと招かれ、簡素ながら落ち着く客間に通されて・・・・・。
「洸聖様っ?」
待たされた時間など全く気にならなかった。
大きく扉を開けて飛び込んできた悠羽の驚いた顔を見て、洸聖は自分が来訪したことは間違いではなかったと確信した。
「どうしてここにっ?」
「そなたを迎えに来てしまった」
どんな言葉を言ったらいいのかまるで考えていなかったが、その場に一番相応しいであろう言葉は自然と口から突いて出てきた。
(本当に・・・・・いる)
洸聖が訪ねて来ていると知らされても、悠羽は頭のどこかで何かの間違いだろうと思っていた。
しかし、もしもそうだったら・・・・・自然と足は早くなり、行儀が悪いことも気付かずに声を掛けないで扉を開けてしまった。
「洸聖様っ!」
見慣れた客間に、涼やかな容貌の洸聖が悠然と立っていた。
服装はなぜかとても簡素ではあったが、その生地は見るからに上等なものだと分かるし、腰に携えている剣も高価なものだ。
着ている物など関係なく、その存在自体が高貴な人間というものもいるのだと、洸聖を見るとよく分かるような気がした。
「どうしてここに?」
「そなたを迎えに来てしまった」
「わ、私を?」
「それに、いずれは奏禿の王と王妃に、そなたを貰い受ける挨拶をせねばならないと思っていたしな。突然思い立ったので手土
産も無く失礼したが・・・・・」
「そ、そんなことは、全然!」
(まさか、洸聖様がいらしてくれるなんて・・・・・)
少しも考えていなかったといえば嘘になる。
心のどこかで、洸聖が来てくれたら・・・・・勝手に出てきた自分の行動を顧みれば有りえないとは分かっていても、もしかしたらと、
勝手に望んでしまっていた。
しかし、それがいざ現実となるとどうしていいのか分からなくなる。
悠羽は呆然と部屋の入口に立ち尽くしていたが、そんな悠羽の肩をポンと後ろから叩く者がいた。
「・・・・・父上!」
「・・・・・」
立っていたのは奏禿の王であり、悠羽の父でもある悠珪(ゆうけい)だった。
「あ、あの」
「・・・・・」
悠珪は何か言い掛けた悠羽に軽く頷くと、その身体をそっと横にして部屋の中に入っていく。
そして、軽く両手を胸の前で組んで洸聖に向かって頭を下げた。
「ようこそ奏禿にいらっしゃった」
「・・・・・突然、申し訳ありません」
「いいえ、私も一度、あなたとお会いしたかった」
父の言葉に、悠羽は心配そうに洸聖を見つめる。
その自分の心境が既に洸聖側へと向いてしまっていることに、悠羽はまだ気付くことが出来なかった。
(悠羽の父・・・・・奏禿の王、悠珪殿か)
歳は、自分の父よりも若いはずで、実際すっきりとした容貌はとても20歳になる大きな息子が2人いるとは思えないほどに若く
見えた。
しかし、やはり一国を背負っている王らしく、その眼差しはとても厳しく鋭い。
多分、洸聖のことを悠羽の伴侶として相応しいかどうか、きっと厳しく値踏みしているのだろうと思った。
それでもこうして年少の洸聖に礼を尽くして挨拶してくれるのは、洸聖が大国の皇太子・・・・・いずれはあの光華国の王となる
者だからだ。
自分個人の評価に絶対的に付いてくる背景を、以前は重く煩わしいと思うこともあったが、今の洸聖は違っていた。
悠羽との将来を考えるようになってから、自分自身の自覚と責任をきちんと受け止めようと思い始めたのだ。
「今日は、悠羽殿を迎えに参りました」
「・・・・・悠羽を?」
「それと、王と王妃に直接言わなければと思いました」
「お座りください、洸聖殿。立ったままする話ではないでしょう」
「確かに」
そう言って、洸聖はおもむろにその場に片膝をついた。
「洸聖様っ?」
悠羽は慌てたように叫び、悠珪も思わず眉を潜めたが、洸聖は構わずにこう言った。
「奏禿の大切な姫君を、ぜひ私の花嫁に迎えたいのです」
「洸聖様・・・・・」
「お許し願いませんでしょうか」
結婚の申し込み。元々許婚同士なのでこんな形式は要らないものかもしれないが、洸聖は自分の口で悠羽が必要なのだとそ
の両親に告げたかった。ただの政略的なものではなく、自分自身が悠羽を欲していると分かってほしかった。
「・・・・・」
そんな洸聖を黙って見下ろしていた悠珪は、厳しい表情は崩さないまま洸聖に問い掛けた。
「悠羽が普通の姫とは違うことは・・・・・ご存知か?」
言外に、悠羽が男であるという悠珪に、洸聖はしっかりと頷いて見せた。
「存じています」
「・・・・・光華国皇太子の御子は産めないのですよ」
「はい」
「それでも良いと?」
「私が悠羽を欲しいと思っているのは、御子を産ませる為ではない。私自身が一生の伴侶として悠羽を望んでいるのです」
「・・・・・」
「幸い、私には3人の弟がいる。次期光華国の世継ぎはその者達の子供でも構わないのです」
以前の自分ならばとても言えない言葉だった。
自分以外の人間の血・・・・・それがたとえ兄弟の子だとしても、洸聖はきっと自身が納得しなかったと思う。
それが、悠羽の存在一つで変わってしまった。悠羽が御子を産めるのならばそれこそ言うことはないが、たとえ御子を生すことが出
来なくても、悠羽自身に何人分もの価値があるということを今の洸聖は良く知っている。
次の世のことは、自分と悠羽が2人でゆっくり考えればいい。
今大事なことは・・・・・。
「私には悠羽が必要なのです。王、どうか、私に悠羽を頂けませんか」
洸聖は頭を下げた。
何かを欲して、こんなにも必死になったのは初めてかもしれないが、洸聖はそんな自分を誇らしく思いこそすれ、少しもみっともな
いとは思わなかった。
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