光の国の恋物語





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 奏禿の王である父の前に跪いて、自分との結婚の許しを請う洸聖。
悠羽は呆然とその姿を見つめてしまった。
(あの洸聖様が・・・・・人前で膝を折られるなんて・・・・・)
誰よりも誇り高い洸聖が、たかが自分の為にそこまでしてくれることがとても信じられなくて、それ以上に嬉しくてたまらなかった。
 「洸聖様・・・・・」
 「悠羽、そなたも私との結婚を望んでいるだろう?」
 「・・・・・」
(そういうところは、相変わらず自信家なのに・・・・・)
それでも、その目はまるで祈るように悠羽を見つめている。
悠羽は、笑いそうになった。嬉しくて、愛しくて、涙が零れそうなほどに・・・・・おかしかった。
 「・・・・・悠羽?」
(私は、これ以上何を望もうとしていたんだろう)
 あの気高い大国の皇太子がここまで自分を追って来てくれ、こうして跪いて自分を求めてくれているのだ、これ以上求めるもの
などあるはずが無い。
きっと、この先後継者を巡っては問題も出てくるだろうが、今度は悠羽も洸聖と光華国のことを考えて答えることが出来る。
御子を生す為に洸聖が誰かをその腕に抱くということがあっても、俯かずに顔を上げていることが出来る。
 悠羽は一度小さな溜め息を漏らすと、そのまま洸聖の少し後ろに同じように跪いた。
 「父上、私達の結婚をお認めください」
 「悠羽・・・・・」
 「悠羽!」
王妃が途惑ったようにその名を呼び、悠仙がきつい眼差しを向けてきた。
 「悠羽はその男の花嫁になると言うのかっ?悠羽、お前は・・・・・!」
 「悠仙、いいんだ」
 「悠羽!」
 「たとえ定められた許婚とはいえ、私はひと時洸聖様の人となりをお側で見てきた。洸聖様はあの大国光華国を更に発展させ
ようと前向きに考えていらっしゃる立派な方だ。私は、この方と共に光華をもっと良い国にしていきたいと思っている」
 「・・・・・奏禿のことは・・・・・どうでもいいと?」
 「悠仙・・・・・」
自分よりも遥かに立派に成長し、次期奏禿の王としても日々成長している義弟。
だが、今自分を見つめる悠仙の顔は、幼い頃の泣き顔と少しも変わっていない。
悠羽は不意に立ち上がると、そのまま手を伸ばして自分よりも背が高く立派な体格の義弟を抱きしめた。
 「私が奏禿のことを忘れるものか!」
 「悠・・・・・」
 「たとえ、洸聖様の伴侶として光華で暮らすことになっても、我が故郷は奏禿に違いが無い!この二国を発展させる為に、私は
全力で努める・・・・・っ」
 当初は、奏禿を守る為に、光華国へ人質として向かうつもりだった。
しかし、今では大切にしたい国が増えたというだけだ。目標が二倍になれば、それだけ頑張ろうという気が起こる。
一生懸命・・・・・悠羽にはそれしか出来ないが。
 「悠羽」
 「・・・・・父上」
 悠仙を抱きしめている悠羽の手に、もっと大きな手が重なった。
 「お前には、生まれた瞬間から重い荷を背負わせてしまった」
 「そんなことっ」
 「そんなお前が望むのなら、私はたとえ相手が農民でも、罪人でも、否というつもりは無い。・・・・・親が勝手に決めてしまった今
回の話は、お前が不幸せになるのであれば何としても断るつもりだったが、どうやらそれは杞憂であったようだ。悠羽、運命の相手
と出会えたと・・・・・そう思っていいのだな?」
 「はい」
 「洸聖様」
悠羽のきっぱりとした肯定の言葉を聞くと、悠珪は自分も跪いて洸聖と同じ目線になると深く頭を下げた。
 「どうか末永く、悠羽を愛おしんで下さるよう・・・・・深く、お願い致します」



 一大決心をして申し込んだ結婚。
しかし、今回も悠羽に助けられた形になった。
それでも、洸聖は失うことなど考えられない相手が自分の腕の中に留まったことにほっとして、そんなどうでも良い矜持は捨て去っ
てしまう。

 奏禿の王宮内は悠羽の結婚話に沸き立った。
正式な婚儀はまた後日になってしまうが、大切な自分達の王女(実は王子)が、望み望まれて結婚することが喜ばしかった。
 その日の夕食はささやかながら祝いの雰囲気があって、洸聖は気恥ずかしいながらも嬉しく思った。
どんなに反対をされようとも悠羽は連れ帰るつもりだったが、悠羽の意思をはっきり聞くことが出来、その上奏禿の王や王妃から
も祝福されて、洸聖は柄にも無く幸せな気分に浸っていた。
 しかし、たった一つ、気になることが無いとはいえない。
それは、まるで睨むように自分を見ていた2つの瞳・・・・・。
(あれは、どういう意味だ?)
洸聖はその理由を知らなければならないと思った。



 「湯浴みの支度を見てきます」
 夕食が済み、洸聖を客間に案内した悠羽は、そのままそう言って部屋から出て行った。
光華国ではそういった雑務は全て召使がやるが、奏禿ではまるでそれが当たり前かのように自分自身が動いている。
人に傅かれ、世話をされることに慣れている洸聖にとっては、それは思い掛けなく自分の行動を顧みてしまうものだった。

 トントン

 悠羽が出て行って間もなく、扉を叩く音がした。
 「悠羽、早か・・・・・」
 「夜分に失礼する」
そこに立っていたのは悠羽ではなく、その弟にして奏禿の皇太子、悠仙だった。
 「・・・・・何か?」
 「少し時間を頂きたい」
 「・・・・・」
(やはり何か思うことがあるのか)
悠羽とは似ていない堂々とした体躯に、男らしい容貌。目線も洸聖とほぼ同じくらいだろうか。
この、目の前の人物が、やがて自分の義弟になるのかと思うと不思議に感じながら、洸聖は少し身体をずらして悠仙を部屋の
中に招き入れた。
 「回りくどく話しても仕方が無い。率直に聞く、あなたは本当に悠羽を愛しておられるのか?」
 「・・・・・」
 「光華国の皇太子ならば、その結婚相手も引く手数多だっただろう。なぜ我が奏禿のような小国の王族が許婚として選ばれた
のかは私は分からないが、誰が見ても不釣合いだということは間違いが無い」
 「・・・・・」
 悠仙が言うまでも無く、洸聖自身も当初はそう思っていた。
どうせ戦略的な結婚をするのならば、なぜもっと価値のある国の姫にしなかったのだろうかと。
 「それに、悠羽は美姫とは言えぬ容姿だ」
 「・・・・・」
(それも言うか)
 本人も自分の容姿のことは言っていたが、弟までもそれを口にしたので洸聖は少し苦笑を零してしまった。
その笑みを悪い意味に取ったのか、悠仙が剣呑な視線を向けてきた。
 「悠羽の容姿を笑うのかっ?確かに、美人ではないが、悠羽は愛嬌がある顔立ちだし、そばかすだって可愛らしい!あの柔らか
い髪だって、鳥の羽のように手触りがいいんだ!」
 「・・・・・知っている」
 「なにっ?」
 「悠仙殿が言われるように、悠羽の可愛らしさは分かっているつもりだ」
 「・・・・・っ」
 「何より、悠羽の美徳は容姿の美醜などでは図りきれないものだ。それも、私は悠羽によって気付かされた」
 人によって価値観が違うというのは当たり前だろうが、悠羽はそんなものでは語りきれないほどに深い人間だった。
今考えれば、あれほど傲慢な態度を取っていた自分をよく選んでくれたと思う。
 「・・・・・悠羽は、私が幸せにすると決めていた」
ぐっと拳を握り締めた悠仙は、洸聖を睨み付ける視線を逸らさないまま言葉を搾り出した。
 「立派な男子だというのに、親達の勝手な都合で女として生きなければならなかった悠羽のことを、一番傍で見てきたのは私な
んだ」
 「悠仙殿」
 「悠羽のことは私が一番・・・・・」
悠仙の言葉の中に兄弟以上の熱を感じ、洸聖は改めて気を引き締めた。
目の前にいるのは悠羽を挟んで立つ男・・・・・そう考えた方がいいのかもしれない。